第4話 初陣
昨日見た巨大なトカゲの化け物がブスブスと煙を立ち昇らせながら絶命し、目の前に横たわっている。これで三匹目。
「いい調子だ、ゲイル!この大きさなら君の火炎砲で始末出来る。だが親玉はそう簡単に行かないだろう。いつもの必勝戦術通りに行うから、気を引き締めるように」
早朝に軽く腹ごしらえをしてから各々武器を装備し、村を出て森に入って数時間、ここまで順当にスタンが言う所の子分格のドーナを倒して来た。昨日の内に自分の超常能力の発動方を復習し、何度か繰り返す事で完全にマスターしたから、効果はバッチリだ。俺の能力は様々なバリエーションの火炎攻撃。生前のゲイルさんが相当に鍛錬を積んだらしく、通常の能力者の約五倍以上の火力を発揮出来る。これと同等の力の兵器を国王軍が保持しているが、個人の力でここまで出来るのは俺だけだそうだ。
昨日のドーナとの初対面では不慣れなせいもあり、四発放っても致命傷を与える事が出来なかったが、今日はほぼ一撃必殺の形でここまで敵を蹴散らして来た。ただ、体力が落ちるとその威力も下降するので、雑魚相手に必要以上に無駄撃ちするのは賢明ではない。
気が付けばかなり森の奥まで入って来ていた。
「マルル、奴の気配は感じるか?」
スタンが先頭を歩くマルルに尋ねると
「いえ。今の所強力な危機感は感じません。情報通りにこのまま奥にある泉に向かった方が良いと思います」
と緊張感を持った声で返しながら歩を進めた。
「どんどん行こうよ!日が暮れる前にとっとと仕留めて終わらせちゃおう!」
とサンディが血気盛んに振る舞うと、マルルがチラと後ろを見ながら
「サンディ、またゲイルさんと一緒に討伐が出来るからって、そんなに浮かれていたら足元すくわれますよ」
とたしなめた。
「う、ウルサイなぁ、もう!浮かれてなんかないよ!」
このサンディという娘、元気一杯なのはいいが、どうも感情が表に出やすいタイプの様だ。それにしても、この娘が俺に気があるみたいな事を矢鱈とマルルが指摘しているが、俺はそれに対してどう反応すれば良いのか?
そんな事を思いながら、俺達は再びマルルを先頭に森の中を進み出した。何故一番華奢な彼女を先に立たせるのか?マルルの超常能力は危機回避力と治癒。自らの身に迫る危険な要素をいち早く察知する事が出来る。今この森の中で彼女にとって一番の身の危険に相当するのはドーナの襲撃だから、その存在が近くなれば他の三人に素早くその潜伏場所を教えられる。つまりドーナ発見のレーダー的役割を果たしている事になるのだ。このおかげで今までドーナの奇襲を受けた事は殆ど無いという。
と、マルルが急に歩みを止めた。すぐ後ろに続いていたサンディが小声で囁く。
「居たの?」
「約30メートル先」正面の生い茂る木々を真っ直ぐに見つめながら「私達の気配を察している様です。少しずつ近付いて来ます。明らかに私達を狙っています」
「よし、じゃあ、やっちゃおう!」
スタンが後ろから剣を引き抜こうとしていたサンディの肩に手を掛け
「ここでは周囲の木々が邪魔になって動きが制限される。さっき通った途中に低木層の場所があったから、そこまで敵を誘導する」
「あそこまでは数十メートルはあるぞ」
と俺が言うと、スタンは小柄なマルルを素早く背負い
「ゲイル、済まないが、しんがりを務めてくれ。火炎砲の威力は相手を怯ませる程度にな。下手に強く撃つと、逆にドーナが警戒して追撃を諦めるかも知れない」
「火力を最大にすれば仕留められそうな気もするのだが…」
まだ自分の能力を完全に把握した訳ではないが、思い切り力を込めれば凄い威力の炎を出せそうな気がした。だがスタンは
「奴の身体能力を見極める前に強引な攻めに出るのは逆に危険だ。それで失敗して命を落とした事例を、俺は何度も見ている」
と言って忠告を込めて俺を戒めた。
「5メートル先まで来ています!」
マルルが低く鋭い声で状況を伝えた。
「よし、走れ、サンディ!ゲイル、頼んだぞ!」
マルルを背負ったスタンとサンディが駆け出すとほぼ同時だった。
ガバァッ!
前方の繁みから巨大な異形の化け物が飛び出し、地響きを立てながら俺の前に立ち塞がった。その姿に俺は思わず目を見張った。
「コイツが親玉のドーナか…!」
それは今まで蹴散らして来たドーナの約三倍近くある、トカゲを超越した怪獣と言っても良い外見をしたモンスターだった。血液を更にドス黒くした様な不気味な体の色。ティラノサウルス並の太い脚で仁王立ちし全身を粘液で包み、凶悪さを秘めた鋭い眼光で俺を見下ろしている。そしてコイツも口から白濁の液体を常に垂らし、機関車の蒸気音の様な鳴き声なのか何なのか分からない謎の音を、避けた口から常時発していた。
観察出来たのはここまでだった。怪物の左手が振り下ろされ、それを間一髪かわした俺はその巨大な姿を仰ぎながら、すぐにスタン達を追い掛けた。そのデカさに反して動きの素早い親玉ドーナは、アッという間に俺との距離を詰めて来る。その度に威力を調整した火炎砲を発射、そしてダッシュ!これを何回も繰り返す内に、周りの木々の高さと密度が下がってきて、漸く大きい動きが出来るエリアに到達した。
そこには既に戦闘態勢に入ったスタン達が、俺を追い掛ける巨大な異形の化け物を倒すべく、剣を構えて待機していた。
「ご苦労様、ゲイル!さぁ、行くよ、親分ドーナさん ! !」
サンディが俺の横を勢い良く通過しながら、剣を引き抜きドーナに躍り掛かった。そして高々と何メートルもジャンプすると、ドーナの脳天に思い切り剣を振り下ろした。
彼女の超常能力は圧倒的な運動神経と身体力。そのグラマーな体型からは想像つかない程の素早く軽快な動きで相手を翻弄する。特にジャンプ力が並外れており、人一倍の鍛錬を積み重ねた事で、この世界では彼女に適う者はいないと言われるまでにその能力を高めた。もし彼女がオリンピックに出場したら、あらゆる個人種目で他者に絶望的なまでの大差を付けて、全ての金メダルを独占するだろう。
そんなサンディが蝶の様に舞い蜂の様に刺しながら、ヒットアンドアウェーでドーナを攻め立てる。散々突っつかれて我慢の限界に来たドーナは、秘めた攻撃能力を次々と繰り出して、自らの周りを飛び回るサンディを撃ち墜としにかかる。だがそのあらゆる攻撃も、マトリックスを思わせる彼女のハイクラスの反射神経の前に、ことごとく空振りに終わる。こうしてドーナの攻撃能力が彼女によって全て曝け出されていく。
そしてサンディのもう一つの能力、相手の動きを見て身体内の急所を見抜く、という洞察力を活かして、ドーナの周りを躍動しながらその弱点をスタンと俺に伝える。この二つが彼女の役割だ。これでスタンと俺が次の攻撃にリスクを背負わずに入る事が出来る。
生態毎に様々な力を持ち、この世界の科学力では中々その全容を把握出来ないドーナを攻略する上で、幾多のパーティーや軍の兵士がドーナの予測出来ない攻撃力の餌食になり、何人もの犠牲者を出して来た。コンピューターも存在しない世界なのだから、面妖な怪物の完全な分析なんてほぼ不可能だ。俺達のパーティーが著しい成果を挙げて来れた一因がここにある。サンディの身体能力と洞察力がなければまず不可能だったろう。
そのサンディの能力によってドーナが丸裸にされた所で、隊長のスタンが息の根を止めにかかる。
この世界に五本しか存在しない、神の力が宿っていると伝えられる聖なる大剣を自在に使いこなす事が出来るのが彼の能力で、数ある超常能力の中でもかなり希少な力らしい。
その聖剣は、普段はこの世界の五大神殿と呼ばれる建物内に管理されており、能力に加え使い手として相応しい精神の持ち主が手にした時にのみ、その力を発揮する。対戦相手の難度に合わせて切れ味が変化し、硬度の高い物から水や火といった切断不可能な物まで、この剣で真っ二つにされない物や貫き通されない物は、この世界に存在しないそうだ。更に手に取ると使い手の体力を向上させる力もあり、聖剣を振るう時のスタンはサンディには及ばないが、並の人間を大きく上回る動きが出来る。
「聖剣の使い手は生を授かった時、右手の甲に紋章が浮かぶんだ」説明してくれた際、スタンがその紋章とやらを実際に見せてくれた「両親が大喜びしてな。物心つく頃から神殿に伝わる聖典を教科書代わりにして、色々特訓させられたんだよ」
ドーナの攻撃手段がサンディの活躍によって、口から吐かれる溶解液と背面にある無数の穴から発射される毒液の飛沫である事が分かった。そして急所が右脇の下である事も暴かれた。スタンが敵の厄介な飛び道具を喰らわぬ様、慎重かつ大胆に聖剣でその急所を狙う。俺とサンディは火炎砲とフットワークで撹乱し、スタンを援護する。
ドーナの動きを見極めたスタンが一気に距離を詰める。それを踏み潰そうとするドーナの気を俺とサンディが逸らす。更に接近したスタンに対し、上体を被せる様にして食いつこうとするドーナ。チャンス!右脇下が攻撃可能範囲に入った事を確認したスタンが、聖剣の力を借りてジャンプ!剣を振りかざした両手に渾身の力を込めて、ドーナの右脇下に思い切りその刃を突き刺した。
グゥアォォォゥ! ! !
鼓膜を突き破る様なドーナの絶叫が辺りに響き渡った。聖剣を引っこ抜いたスタンが素早く離れ距離を取る。動きの止まったドーナの裂けた口から、粘液に混じって濁った緑の液体が滴り落ち始めた。その凶悪さを秘めた眼が徐々に輝きを失っていく。やがてスローモーションの様にその忌まわしい巨大が前のめりにゆっくりと傾き、大きな音と共に土煙と千切れた雑草を舞い上げながら大地に倒れ込んで動きを止めた。
討伐完了!と言いたい所だが、まだ終わりではない。スタンがチラッと言っていたが、魔力を秘めたドーナには驚異の回復能力があり、一旦生命活動が停止しても完全に息絶えていない可能性があるのだ。この”死んだふり”に油断した幾多のパーティーが、突如息を吹き返したドーナの不意打ちを食らい、それによって今まで多くの犠牲者を出して来た。この倒したてのドーナにも駄目押しをする必要がある。そしてその役割は俺が担う事になっている。
俺は横たわるドーナの死体に近付くと、気を込めて炎の力を最大限に溜め、それがMAXに達した所で大きな火炎をその死体に向けて包み込む様に放射した。たちまちメラメラとした赤い炎がドーナの体を焼き始め、肉の焦げる匂いと共に真っ黒な煙が天に立ち上っていった。そして数分後には巨大な黒焦げの骨格だけを残して、あの凶暴な化け物は完全にこの世から消え去っていた。
「お疲れぃ!やったじゃん!」
サンディが会心の笑みを見せながら剣を鞘に収めた。離れた安全な場所で討伐の様子を見守っていたマルルが俺達に駆け寄り、一人一人の体の傷をチェックしケアを施す。幸い今回は負傷者が出なかったので、彼女の治癒能力発動による体力的負担も少なく済みそうだ。
「大丈夫よ、こんな切り傷。ほっとけば治るって!」
一仕事を終えテンションがまだ下がっていないサンディは、マルルが傷口を治療している間もじっとしてられない様子だった。
「いけません。どんな毒素が放たれているか分かりません。細かな傷でもしっかり治さないと、大事に繋がりますよ!」
優しくもしっかりとした口調でサンディをたしなめるマルルを見ていると、まるで二人が姉妹の様に思えてくる。
「ンもう…。マルルはホントにマメだなァ…」
各々が自らの超常能力を活かし、役割分担をこなした上で確実に仕留める。スタンが試行錯誤の末にこの戦術を完成させ、国中を回ってその能力を持った者を集め、パーティーを作り上げた。ここまで全てが順調という訳ではなかったが、この必勝パターンで俺達は現存するパーティーの中で最高の成績を挙げて来た。
ゲイルさんの記憶を辿りながら、その最強のパーティーの一員として今ここに立っているという事実を、俺は生まれて初めて味わう満足感と合わせてじっくりと噛み締めていた。
「悪く…、無いかも…」
劣悪な職場で、糞みたいな上司に苛め抜かれて自らの価値を失いかけていた俺が、ここでは最強パーティーに無くてはならない存在として、確固たる地位を築いている。仲間からも熱く信頼されて慕われて…。
そもそもこのパーティーと顔を合わせた時の皆の反応!仮に元の世界で俺が行方をくらました後、職場に復帰しても全員が冷たい視線を向けるか、無関心な態度を取るだけだ。ましてや瞳を潤ませて無事を祝ってくれる人なんて、天地がひっくり返っても現れ無いだろう。あ、そして!あの糞野郎がこう喚くんだよな!
「テメェ、古井!只でさえ足手まといの分際で、生意気に仕事スカしてんじゃねぇよ ! !」
最初に白神様から転生の話を聞いた時は、何て事言いやがると思ったけど、満足度も人間関係も前の世界より遥かに充実している。なんか…。
「戻らなくていいかも…」
魔石をゲットしてこの世界からオサラバするという当初の目標が、ここに来て揺らぎ始めていた。
一層このまま…。
揺れ出した気持ちを抱えながら村に戻ると、何やらザワついた雰囲気が漂っていた。村人の一人がドーナに襲われ瀕死の重傷を負ったらしい。俺達が討伐に出発する前に不用意に森に入った所を子分ドーナにやられたそうだ。
「何とか止血処置は施しましたが、傷がかなり深く、このままだと明日までもつかどうか…」
村の医師が悲痛な表情で説明してくれた。出発時とは逆に列の一番後方に立っていたマルルがそれを聞いて、スッと前に進み出た。
「私の力で完治に近い状態まで戻せるかも知れません。隊長、許可を頂いても宜しいですか?」
と言ってスタンの指示を仰いだ。スタンは少し考え込んだ顔をして
「さっき能力を使ったばかりだが、体力の方は大丈夫か?」
と逆に尋ねた。
「御心配なく。行けます!」
マルルがしっかりした短い返答をすると、スタンが俺の方を向いて
「君の力を貸して彼女の治癒を助けて貰えないか?」
と協力を求めた。
俺のもう一つの超常能力、それは他者の発動する能力をバックアップし、その力を更に向上させる事が出来るというモノ。主に自分の様な攻撃型やマルルの持つ治癒能力に対し効力を発揮する。勿論ここで断る理由は無い。
俺とマルルは被害者の男性が運び込まれた村の病院の治療室へと通された。腹を大きく剔られたまだ若い男性が、横になって激しい痛みに呻きながら苦しんでいる。その傍らで家族の方だろうか、若い女性と幼い子供が泣きながら必死に声を掛けている。
「この傷の深さだと、やはりゲイルさんの力も必要です。よろしくお願いします」
そう言うとマルルは男性の横に立ち、右の掌をソッと深い傷を負っている腹部の上にかざした。俺はマルルの真後ろに立って同じく右手を出し、彼女の肩の上に添える横に置いた。
「力を発動します」
というマルルの合図に合わせ、俺が気を込めて彼女の体に力を送り込んでいると、男性の傷口にかざした彼女の掌から紫色の光が発し出し、その無惨な状態の腹部を覆う様に照らし始めた。その光に浴びている内に、男性の腹部の傷口が徐々に縮小して行った。そして数分後には完全に姿を消して、男性の体から激痛を取り去る事に成功していた。
この二人の一連の治癒行為が終わると、立ち会っていた医師が驚いた表情を隠そうともせずに
「ここまでの治癒能力を見たのは初めてです!二人とも有難う!感謝いたします。本当に!」
と言って深々と頭を下げた。その後ろでは、死の恐怖と苦しみから開放された男性とその家族が、身を寄せ合いながら喜びに浸っていた。その様子を優しい表情で見つめていたマルルだったが、部屋を出る際に少しヨロけた。それを見た俺は慌ててその細い体を支えた。
「大丈夫か?力を使い過ぎたか?」
「大丈夫です…。一晩休めば回復すると思いますので…」
軽く微笑んだマルルはスタンの元に戻ると、無事終了した旨を低いがしっかりとした口調で伝えた。それを聞いたスタンはホッとした表情をしながら
「ご苦労だったな。想定外の体力を使わせてしまったが、尊い人命も救えた事だし、今夜はしっかり休んでまた次に備えてくれ」
と、ねぎらう様な口調で言った。返事代わりに穏やかな笑みを見せたマルルにサンディが寄り添いながら
「あんまり無理しちゃ駄目だヨ!辛くなったら素直に言ってね。皆心配しちゃうからサ!」
と言って介抱する様にマルルの肩を抱いた。そして俺を見て片目を閉じると
「ゲイルもお疲れさま!今夜はちゃんと休んでネ!」
と屈託ない笑顔を見せ、マルルを支える様にしながら、二人揃って部屋からゆっくり退出していった。
その夜、宿のベッドに潜っても、俺の頭の中には今日一日の出来事が次から次へと目まぐるしく浮かび、中々寝付く事が出来なかった。そんな中、各々が部屋に戻る際にスタンが言った言葉が少し心に引っ掛かっていた。
「明日、今後のパーティーに関しての重要な話がある」
それが後になって俺に悪夢を見させる事態に繫がるとは、その時は夢にも思っていなかった。
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