第3話 パーティー

「ゲイルか ! ?本当にゲイルなのか ! ?」


 森を抜けた場所にある、こじんまりとした明らかに現代日本とは異なる建物が建ち並ぶ中世ヨーロッパ風の村。その村の入り口から数メートル先にある、映画のセットの様な古びたコンパクトな造りの居酒屋。ここが白神様に指示されたパーティーメンバーとの対面を果たす場所だ。

 木製の押し扉を開け薄暗い店内に入る。映画や漫画等で見た中世そのものを思わせる室内構造と客の服装。俺、本当に異世界に来たんだな…。そんな思いを抱いていると

「ゲイルじゃないか ! ?」

 店内の奥のテーブルに固まっていたグループ客の一人が、隅々まで響き渡る様な大声を上げた。思わずその方向に目をやると、屈強な体格の立派な剣をぶら下げた大柄の男が、信じられない物を見る様な表情で俺に目を向けていた。続けて同席していた二人の女性も椅子を鳴らして立ち上がり、計六つの驚愕に満ちた目玉が、一斉に俺に対し視線の集中砲火を浴びせた。

 だがそれも束の間

「信じられない!本当にゲイルなの!?」

「生きていられたのですね!」

 狭い店内には充分過ぎるダッシュを効かせて、アッという間にその三人が俺の前に駆け寄って来た。

「よく戻って来れたな!もう皆諦めて新しいメンバーを入れる相談をしていた所だったんだぞ」

 大柄の男が俺の両肩を荒く掴み、歓喜と驚きの混じった声で話し掛けると

「本当にもう会えないと思ってたんだよ…」

 と女性の一人の方が喜びと安堵に溢れた口調で、心の底から嬉しそうな顔をして言った。瞳の奥が潤んで声が微妙に震えている様に見えた。もう一人の女性は、無言ながら嬉しさを隠しきれないと言った感じで微笑んでいる。えーと、こ、こういう時はどう言えば…。

「心配かけて済まなかった。何とか生き延びたよ。怪我もしていない。大丈夫だ」

 混乱しながらも、俺が何とかそれに合わせた言葉を返すと

「そうかそうか!ま、取り敢えず席に着こう。ゲイルの生還祝賀会だ!給仕さん、酒のおかわりとジョッキをもう一本追加!」

 店内の隅の席に四人で座ると、酒と料理が運ばれて来た。オレンジ色の炭酸水が注がれた木製のジョッキが四つ。そして茶色のどら焼きの形をした肉が焼かれて謎の液体をかけられた状態で目の前に置かれた。

「まずは乾杯だ!今はまだ贅沢は出来ないが、腹も減っているだろう?遠慮無く食ってくれ」

 白神様の言葉通りなら、目の前の食い物と飲み物はこの世界での俺の好物になっている筈だ。口に運ぶが悪くない、というか美味い。飲み物はビールと殆ど変わらず、肉料理も鶏肉にアレンジを加えた感じで、自分の舌にピッタリだ。俺の好みがゲイルさんとやらのそれとほぼ合致している。白神様も随分と念入りにリサーチしたんだな、と思いながら頬張っていると

「ねぇ、スタン。戦力が戻ったんだから討伐を再開しようよ。やるなら早い方がいいんじゃない?」

 と先程嬉しさで声を震わせていた女性が一転して元気一杯な口調になって、ガタイの良い男性に活き活きとした感じで話し掛けた。

「まぁ、そんなに急ぐな、サンディ。ここのドーナに関する情報をもう少し仕入れてからの方がいい。また想定外の相手だったら厄介な事になるからな」

 スタンと呼ばれた男性の方が落ち着いて返し、早速今後の行動に関するプランを話し出した。するともう一人の女性が冷静に

「せっかく戦力が戻ったのですから、次のドーナも今まで通りのやり方で行けば必ず上手く討伐出来ると思います」

 と意見を述べた。それを聞いた元気な方の女性は

「そうだね。私もせっかちになっちゃった。ゲイルが戻って来てくれて少し浮かれていたみたい」

 と言って少し舌を出して、それでも嬉しさを抑えきれないといった調子で明るく笑った。それを見て

「サンディはゲイルさんへの想いで満ち溢れてますからね」

 と穏やかな口調の女性が、我が子を見る様な優しくちょっとからかい気味な顔をして言った。

「バ、バカ!何言ってんの、マルル!頼り甲斐のある相棒だから、信頼してるって言ってるだけだよ!変な事言わないでよ、もう!」

 からかわれた女性の頬が赤くなり、少しフクれた様に口を尖らせた。

 座が賑わって来た辺りで、目の前の三人に関する記憶もほぼ回復した。生前の俺の記憶にゲイルさんの記憶が新たに加えられたと考えればいい。

 俺の正面に座っている大柄で屈強な如何にも体育会系といった感じの、髪を短く刈り込んだ三十代位の年の男が、このパーティーの隊長を務めるスタンだ。元国王軍に従属していて、そこでも部下を従える役職に就いていたが、一身上の都合で退職した後、フリーの戦士に転身してこのパーティーを結成した。リーダーシップがあるのは当然として、面倒見も良くメンバーから絶対的な信頼を得ている。ドーナ討伐に対しては誰よりも強い意志を持っているが、ボス格のドーナを倒して魔石を手にした際の願い事に関しては、それ程固執していない様だった。

「ドーナを倒す事が願いみたいな物だからなぁ。せいぜい美味い物をたらふく食いたいとか、そんな感じかな、ハハハ…」

 勇ましく頼りになる存在だが、服装に関して言えば、土木業従事者を思わせる様な地味でゴツいデザインをしていて、アニメやゲームの登場人物みたいなカッコ良さは感じられない。まぁ、これがこの世界の通常の戦士着らしいから、アレコレ言っても仕方ない。

 そんなスタンの隣に座って明るい雰囲気を振りまいているサンディという名の女性は、十七歳前後の見るからに活発で多少気の強そうな面持ちをした娘さんだ。ウェーブを掛けた金髪が肩まで下がっていて、色白の肌、青く大きな瞳、やや高めの小鼻、ぽってりとした唇で白人女性を思わせる顔立ちをしている。大柄ではないがボリューム感溢れる体型で、男性が下心を持って見た時にまず視線が行く箇所の肉付き具合は満点と言って良い。そんな恵まれた肢体が、ヒラヒラしたミニスカートに腹部が丸出しの丈の短いキャミソールの様な薄着を纏っているだけなのだから、最初は視線の合わせ場所に苦労した。性格もそんな大胆な服装に合わせて、細かい事は気にしない明るく爛漫そのものといった感じが滲み出ている。

「魔石を手に入れたら?ウーン、今はドーナを倒す事で頭の中一杯だから…。でも、そうだナ、いい人と巡り会って幸せになれれば、それで…」

「いい人なら目の前に居られるじゃないですか」

「ウ、ウルサイなぁ、もう!やめてよ!」

 そう言われて穏やかな顔立ちに優しい笑みを浮かべたマルルという名の女性は、サンディと対極を成す外見をしている。年齢はサンディと変わらないが、上背が5センチ程低く、背中までかかる長髪と大きく垂れ気味の瞳は共に純黒色。優しく落ち着いた顔立ちと物腰は、典型的な大和撫子を思わせる。態度はやや控え目だが体型も自己主張を抑えていて、引っ掛かるという言葉が何処にも当てはまらなそうな体はまさにスレンダーそのものと言って良い。そんな彼女も魔石に対する気持ちは他のメンバー同様、俺のそれに比べてかなり軽い様に思われた。

「願い事は手に入れた時に考えたいと思っています。ゲイルさんはどうなされるおつもりですか?」

「あ、あぁ…、俺も今は特に無いかな…」

 本当の事など間違ってもここでは言えない。

 肉料理を平らげながらメンバーの会話を聞いている内に、今の世界の状況がほぼ理解出来てきた。

 人類が攻勢を仕掛ける中、最盛期には頻繁に攻撃を加えて来たドーナだったが、最近はその回数も徐々に減少傾向にあり、森や山奥に潜む時間の方が増えてきたらしい。以前は襲撃先の村や森の中に限らず顔を合わせる機会が多く、戦闘数もそれに比例していたが、今ではこちらから連中の生息地に踏み込み討伐する形が多くなったそうだ。とは言え危険な能力を秘め、攻撃意識も依然として持ち続けているから、一刻も早く駆除すべき存在である事は間違いない。

 白神様の話にもあった様に、俺達のパーティーはドーナのラスボス的存在の討伐に半ばリーチを掛けている状態だが、それを倒しても連中が全滅するという訳ではない。元々ドーナはこの世界の広範囲に渡って生息していて、地域によってその形態や能力も微妙に変化している。ラスボスを倒せば魔石の効力が消え世界中に点在しているドーナの魔力もかなり縮小するが、最後の一頭を倒すまで油断は出来ない。

 そう言った内容の話をしてくれたスタンが

「西の方で一定数のドーナが群れを作っている地域があり、そこがもう一つの奴等の勢力拠点になっている。そこは今国王軍が討伐に当たっていて、こちらのラスボス的ドーナと合わせて両方潰せば、九割以上の駆除が完成する。残りの魔力が激減された生き残りのドーナは、他のパーティーと力を合わせてシラミ潰しに倒して行けばいい」

 と力強く語った。

 最終目標達成の前にまずはこの近辺に棲むドーナを倒す必要がある。俺が森の中で一戦を交えた事を話すと、スタンは少し考え込みながら

「そいつは能力的に見てドーナとしての強度は下の方だな。恐らくそれより強い親玉ドーナに仕える子分的存在のドーナだろう」

 と分析した。それを聞いたサンディが

「前にもいたわね。徒党を組んで生息していた奴…」

 と戦士の一面を見せ厳しい表情をして呟いた。

「ゲイルの話から推測すれば、そいつは火炎砲でかなりのダメージを受けたが、ドーナはどの個体も高い回復力を持っているから、時間が経てば元の体力を取り戻すだろう。子分的存在だとしたら、同じタイプが後数匹いる可能性もある」

 スタンは暫し考え込んでいたが

「まぁ、戦い方は今まで通りで、大きく変えるつもりはない。そのやり方でここまでやって来たのだから、無理に変更すると逆に支障が出る。皆は力を充分発揮出来るように、体調維持に努めて次の討伐に備えてくれ」

 と士気を鼓舞する様に力強く言った。その後の話し合いで討伐は翌日早朝に行う事が決まった。

 かくして転生してからのパーティーとの初対面は、熱く必勝を誓い合いお開きとなった。その晩はメンバー全員が村の宿泊施設で一夜を明かしたが、いよいよ本格的なドーナとの対戦を控えた俺は、ベッドに入っても中々武者震いが止まらなかった。

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