第6話 自由の象徴

宿屋の主人に治療院の場所を聞いてやってきた。

普通の家よりは少し大きい建物だったが、中にはいると狭い部屋に男が1人座っているだけだった。廊下の奥に小さな部屋が沢山あるのが見える。

「怪我をした、治してくれ」

「見せてください。ふむ、これくらいなら私が手当しましょう」

「待ってくれ、俺はじいさんに会いたい。少し前に話をしたんだ、腕と足を治してくれた」


男は怪訝な表情を浮かべたが、ここで待てと伝えて奥に行った。

俺が怪しいか?あ、服を着替えるのを忘れていた。俺の血とトカゲの血が混ざってべっとりと付いたままだった。仕方ないな。



「ふむ、先程の方だな。もう怪我をしたのかね?」

「じいさん!怪我をしたら治療院に行けといっただろ?金を持ってきたから治してくれ」

「それは…まずは治しましょう。ハリラ・ソルセラ・セイ・ヒール」

じいさんが出てきて早速治してくれた。やはり凄い、魔法をかけられた瞬間に痛みはなくなり、気がついたら治っている。


「じいさん、あんたは凄いやつだ。俺はあんたのような奴を知らない。今度は金を受け取ってくれ。金を持ってきたんだ」

銀貨を詰めてきた袋を押し付けた。またじいさんが受け取らないかも知れないからな。

「これは多すぎる。1枚だけいただきましょう」

「受け取ってくれ、俺はあんたの様な凄いやつを知らない。あんたの様になりたい。金を渡すからもっと見せてくれ」

じいさんがじっと俺を観察する。血塗れの汚い服にぼさぼさの頭、教養の無い無様な自分が恥ずかしい。


「この金はどうしたのかね?」

「俺は冒険者だ、森の魔猪と山の大きなトカゲを狩ってきて稼いだ」

「ほう、それなら十分に凄い冒険者と言えるのでは?」

「俺は立派な人間になりたい、冒険者は出来そうだけからやっただけなんだ」

「ふぅむ」

やっぱり駄目なのか?俺なんかでは相手にされないかも知れない。

「わかりました。では受取ましょう。ただし、これから3日1度はここに来て手伝いをしなさい」






よくわからないが頷いた。手伝う時はじいさんをよく観察しよう。

古着を買って町を出た。もっと沢山買って稼いでおくのだ。山のトカゲは強いから森に行くことにした。

魔猪の姿で走るのは気持ちいい。一度トカゲにも変化したが地を這うのは辛かった。


森に着いて人の姿に戻ると途端に鼻が鈍くなる。魔猪の姿だと魔物が逃げるし、大鼠は瀕死だ。スライムじゃ動き難いし仕方ない。


森を歩き回り、何とか大鼠を3体仕留めた。だけど鼠は安いんだ、肉の売れる魔猪が出ないかな。

そうだ、魔猪は鼠を食ってたんだ。この鼠で誘き寄せよう。


鼠の体にナイフを入れて血を撒き、3体纏めて目立つ所に置いた。自身はスライムに変化して大鼠の体の間に入り込んだ。近づいたらトカゲに変化して噛みつく計画だ。



隠れていた鼠が冷たくなり寒くなってきた頃、ようやく獲物が近づいてきた。

しかしこれは魔猪ではない、子鬼だ。

小さく、醜く、貧弱だがすぐに数が増える。家畜を狙って徒党を組み、時には人の子も攫う。人間にもっとも嫌われた有名な魔物だ。

こんなのがかかるなんてついてない。鼠を見て大喜びしている間抜けだ。近づいた所でトカゲに変化して難無く討伐した。


こんなのを持って帰ってもしかたないだろう。そのまま大鼠の横に積んで魔猪を待った。この後はそれほど待たずに魔猪が釣れた。





魔猪の後ろ足を掴み、逆さ向けで背中に担いで帰った。大鼠とゴブリンは諦めた。

「ほらよ、銀貨25枚だ。お前みたいなのがこんなに稼ぐとはなぁ」

銀貨25枚は大金だ。1枚あれば店でまともな飯が10回食べられる。

古着が1枚、ナイフの安いのが1つ、宿賃が3日分くらいだ。


――――――

種族:人

年齢:16

位階:1

職業:見習いLv9

体力:260/270

魔力:20/20

身体:33

技術:13

知能:13

精神:14

――――――


「なんでぇあんまり変わってねぇな、壊れてたんか?」

「しらん、人には教えないものだったんじゃないのか」

おっさんは平気な顔で無視していた。




宿に戻り考える。どうして力が増えていないのか。

試しに子鬼に変化しようとして、子鬼に変化出来ないことに気づいた。

子鬼の姿を奪えなかったから力も奪えなかったのか?もうこれ以上奪えないのだろうか?

大鼠やスライムの体を捨てようと思って見ても何も出来ず、途方に暮れた。




翌日は山に向かった。

山ではトカゲとしか出会っていない。他の魔物を見つけたい。

折角力を手に入れる事ができたのにこんな所で終わりたくない。もっと強くなってもっと稼ぐんだ。大きな屋敷に住んで、沢山の人間に傅かれたい。偉いやつになりたい。

嫌だ嫌だ嫌だ、もっと力をくれ、お前らの力をくれ。



山に着いて人に変化した。今回は怪我をしていないので人の姿で動き回れる。

山では前に見れなかった岩の間の狭い所に色々な生物がいた。その中でも魔物はこちらを見つけると襲いかかってくるので分かりやすい。

うさぎ、亀、体に沢山の針がある小型の魔物達を倒した。しかしどれにも変化は出来ない。





やっぱり駄目か。俺はここまでか。いいさ、夢を見れた。後は冒険者をやっていれば金は稼げるだろう。

毎日残飯を漁り、殴られて、糞の処理をしていた俺が、冒険者で飯を食えるようになったんだ。俺にしては頑張っただろ。


諦めて座り込んだ。その時、空を翔ぶ大きな鳥がピューイと高い声で鳴いた。

お前は凄いな、どこまでも飛んでいきそうだ。こんなところで座り込んでいる自分が恥ずかしい。

見ていると鳥がこちらに向かってくる。遠くにいる時は分かり難かったが羽を広げた姿は人より大きい。

魔鳥だ、慌てて岩陰に隠れるが爪に引っ掛けられて肩を裂かれた。

魔鳥は勢いそのままに舞い上がり、旋回して機会を伺っている。


ピンチだ、ここは慣れた作戦で行こう。

今まで避けていた大鼠に変化した。変わらず体はぼろぼろだが、腹が塞がりかけている?

今は関係ない、弱った姿のままふらふらと開けた場所に出た。

戦いの途中だが、圧倒的優勢の魔鳥は余裕を見せて獲物を捕まえると考えた。

しかし魔鳥はなかなか寄ってこない、仕方ないので血塗れの腹を見せて力尽きたように転がると、我慢出来ずに降りてきて腹を啄んだ。

今だ!体をトカゲに変えて一息に頭を噛み砕いてやった。


トカゲの噛みつきは強く、魔鳥は一撃で息絶えた。

この作戦は強い、魔物の強すぎる本能が弱点となっているんだ。

改めて魔鳥の体を見る。美しい弧を描く鋭い爪、固く尖ったクチバシ、鋭い目も、立派な尾羽根も、美しく立派な魔鳥だった。

戦いは卑怯な手段で勝っただけだ。俺も自由に雄々しく飛ぶお前の様になりたい。



そう考えていると、気がついたら魔鳥に変化していた。












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