第4話 蜥蜴
宿の部屋で目覚めた。
足の怪我は変わらず痛い。体力が増したことで動けているが、体力の増加よりも放置している怪我の悪化のほうが早いようだ。
とても痛い。
今日も狩りに行く。冒険者ギルドのおっさんの手書き地図を見直して、昨日までと違う場所に行ってみることにした。
落書きを見て覚えただけの行き先。辿り着くかは分からないが、もう何もせずにうずくまる生き方は嫌だった。
町を出たらすぐに人目につかない場所に移動して魔猪に変化した。服は脱いで全て袋に仕舞っておいて咥えて移動する。紐を使って胴に結べばよかったと後悔した。
目的地に向かって走る。街道をしばらく行って山が見えたらそちらに向かえばいいはずだ。
ただ走っているだけなのに気持ちいい。走るのってこんなに気持ちよかったのか。孤児院でも楽しそうに笑いながら走っている奴らがいた。愚図な俺には何が楽しいのか分からず、ただそれを眺めながら掃除をしていただけだった。
力を抜いて楽に走る、リズムに乗って走る、少し高く跳ねてみたり、一歩を大きくしたり、地面を強く蹴ってみたり。
あぁ楽しい!俺は楽しみを知った!走るのは楽しい!俺はあの時のあいつらのように笑えているんだろうか?イノシシの体で、人間の時には知らなかった喜びを知った。
今の俺なら人間の身体で走っても気持ちいいかな?駄目か、あの足ではもう走れない。治るといいな。
魔猪の移動速度はとても早く、思っていたよりずっと早く山に着いた。
小さな山なのに草木が少なく岩がゴロゴロしている。魔猪では動きにくいが大鼠は瀕死だ。狭い場所を避けて魔物を探すが見つからない。
匂いはあるのだが、姿を見つけることが出来ない。おかしいな、もしかしてこの体で警戒されているのか?魔猪は大鼠を襲って食っていたしな。
仕方なく人間に戻った。足がひどく痛む。
辛いので動くのはやめた。鼠やイノシシになった経験でわかる、人間が見つけるよりずっと早く魔物たちは人間に気づいている。
足の傷からは粘液が垂れ、人間の鼻でも臭う。これならここで座っているだけで向こうから襲ってくるだろう。
警戒して待つこと数分、思った通り向こうから来てくれた。
現れたのは牙のあるトカゲ?寝そべっているが俺の体より長い。
擬態のためか土色にくすんでいるが立派な鱗をしている。一枚一枚が固く尖っていて、とてもナイフが刺さるとは思えない。
こいつも魔猪と同じだ。堂々とした支配者の風格、負けを知らない者の傲慢を感じる。こいつが居たから小さな魔物に出会わなかったのか?
少し前に出会っていたら俺など簡単に食い散らかしたのだろう。だが今の俺なら戦えるはずだ。
知らないトカゲよ、山の支配者よ、お前の全てを俺にくれ。
小さくも尖った牙を覗かせて口を半開きにしたまま、少し離れた位置で止まった。
これがあいつの間合いなんだろう。不用意に逃げても襲われるし、隙を見せても一息に襲われる。
だが俺のやることは決まっている。賢い戦い方など知らないんだ、俺の知っている戦い方をするしかない。
距離は詰めず、相手の動き出しを待った。トカゲはほんの少しずつ、1歩に数呼吸の時間をかけて進んでくる。目を逸らしたら次の瞬間には食い殺されているかもしれない緊張感。
襲いかかってくるのをじっと待った。やることは決まっている、ちょっと怖いだけだ。
じりじりと睨み合う中、ゆっくりと一歩を踏み降ろした瞬間に凄まじい速度でにじり寄って来た。
「ほら食え!」
左腕をトカゲに向かって突き出した。思った通り噛みついてくる、そのまま一歩左足を踏み込んで伸ばした腕を少し上げた。
トカゲは腕の動きに反応して飛び上がり、小さな大量の牙が腕を食い破る。激痛が走るのを無視して、右手に握ったナイフをすくい上げるように無防備な喉に突き刺した。
地を這う生き物は大抵腹の側が弱い。こいつも同じだ、こっちの鱗は柔らかい。
暴れるトカゲを押し止める為に体ごと左腕を喉奥に突っ込む。口の中を攻撃してやりたいが、既に左腕は激痛を伝える以外の機能を失っていた。
この体はもう駄目かもしれない。
体が力尽きる前に魔猪に変化した。トカゲの頭を踏みつけて刺さったナイフを食い込ませる。少ししてトカゲは動きを止めた。
強敵だった。見たことのない魔物。持って帰れば高く売れたんだろうか。
元の身体はまだ生きているが、足の傷は腐りかけ、左腕はズタズタだ。変化したら痛いだろうし嫌だな。
もう嫌だ、諦めよう、なるようになる。そんな考えに囚われている自分に気づいた。そんな自分がずっと嫌いで、あのスライムのお陰で俺は一歩進んだんじゃなかったのか。
どうすればいいのかは分からない。だが金はまだ幾らか残っている。金があればなんとかなるかもしれない。
このトカゲも持っていこう。凄く強かった、あの魔猪よりも。きっと金になるはずだ。
俺が人として頼りに出来るのは金だけだ。
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