第2話 人として

夜中に街道を歩き続け、日が昇ったら道から外れて眠った。

水は補給できたが食料は残り少ない。そもそも最初からほぼ腐っている。

最初は美味くて堪らず食いすぎたことを後悔したが、今思えばさっさと食って正解だった。

しなびてふにゃふにゃになった野菜を齧りながら考えた。これからどうやって生きるか。


人の中で生きるのは無理だ。

森や山に食べ物があるのは知っているが、どうやって手に入れるか知らない。

その前に宿に沢山いた冒険者をやってみようと思う。

あいつらは頭の悪い荒くれだらけなのに金を持ってうまい物を食っていた。魔物を狩って冒険者ギルドに持っていけば金になるらしい。俺もそうしたい。

多分この道を歩いていたら町に着くだろう。そこで俺も冒険者になる。




昼間は寝て夜に歩き続ける。逆転している事に大きな意味はない、ただ昼間はたまに人とすれ違うのが嫌なだけだ。

あいつらは俺を嫌な目で見る。汚れか?髪か?服装か?なんとでも思え、俺はお前らに混ざる気はない。お前らの評価なんて知るか。


3日ほど歩いて町が見えた。柵で囲まれていて入口らしき場所も柵で覆われていた。

日が登るまで待って中に入った。門番はこちらを睨んでいたが何も要求しなかった。


町に入ったらすぐそばに冒険者ギルドがあった。剣を◯で囲った分かりやすい看板だ。馬鹿にも分かるようになっているんだろ、便利だな。




以前いた宿より小さな建物、中に入るとおっさんが1人暇そうに座っているだけだった。

「冒険者になりたい」

「そうか、じゃあ今から冒険者だ。魔物狩ってきたら金をやるよ」

「どうやって分かるんだ?」

「あー、頭もってこい。他の所でもいいが間違ったら嫌だろ?頭なら確実だ。あそこに俺が書いた地図があるから魔物がよくいる場所を確認しとけ、ここを出た正面が地図の上だ」

「わかった」

「わかるのかよ」

なんていいやつだ。こんなに人と話したのは久しぶりだ。


「お前なんも持ってないな。袋とナイフくらいは持っておけ。ここで売ってるぞ」

「これで足りるか」

奪ってきた金を見せた。おっさんは幾つかの銀貨を抜いてナイフと袋を渡してきた。

余分に取られたのかもしれんが、欲しいものは手に入ったしいい。

「銀貨で飯を食えるか?」

「あぁ?盗んだ金か?まぁ1枚あれば10回くらいだ」

「わかった」

「おう、いや待て、ちょっと能力を測っていけ」

「この道具の中に入れ、それで分かる。本当は金がいるが今回はいらん」

大きな道具だ、中に入っても何をされているか分からなかったが、能力が分かると言うならなんでもいいか。しばらく待つとガラスに文字が浮き上がった。

「出たぞ、なんだこりゃ?子供みたいだな」


――――――

種族:人

年齢:16

位階:1

職業:見習いLv1

体力:10/10

魔力:0/0

身体:1

技術:1

知能:1

精神:2

――――――


こんな物があるのか。やっぱり俺も人なんだな。

他人の物を見たことは無いがこれはとても低い数字なんだろう。レベルが上る前は0だったのか?

魔物を倒していれば上がるはず。



町を出る前に店で飯を食った。初めての経験だ。

店の人間は先に金を払った俺に笑顔を見せてまともな飯を運んできた。

うまい、人生で一番うまい。これが金の力か、今俺はあの時の冒険者の様に振る舞えているのか。

気分がよかったので銀貨を1枚くれてやったら大喜びしていた。こんな物がそんなに嬉しいのか。俺は金の価値を知った。金さえあれば俺もまともな人として扱われる。

奪った金を使って初めて、俺は人として扱われた。





町を出て魔物が出るという森に来た。

魔物を沢山狩りたい、その為にはまず見つけないといけない。

だが魔物の探し方なんて知らない。ひたすら歩き回った。

この辺りには大鼠の角兎が出るらしい。こっちを見つけたら襲ってくるはずなので、歩き回っていればそのうち見つかるだろう。


歩いている途中にスライムを見つけた。森に棲む清潔なスライムは薄い青色の透き通った美しい体をしていた。

ただの知らないスライムだ。だが俺に切っ掛けをくれたのはスライム、こいつにも栄養と力を得られるかも知れない切っ掛けをあげよう。そうすればスライム以下の人間では無くなる気がする。まずはスライムと対等になりたい。スライムは金で態度を変えたりしないからしっかり対応しないとな。

今は運ぶ方法が無いので居場所を覚えておく。魔物を倒したらここまで持ってこよう。




更に歩き続けてようやく大鼠を見つけた。というか襲ってきた。

大きさは膝くらい高さしかないが、牙を使って人を襲ってくる。何が憎くて人を襲うのか、ただ本能に従っているだけなのか、魔物に生まれて魔物らしく生きる態を羨ましく思えた。


飛びかかってきた所を蹴り入れるが怯みすらしない、簡単に嚙み付かれてしまった。

噛みつきながら頭を振って傷口を抉ってくる。

迷いがない、身を惜しむこともない、小さな身体を使った純粋な闘争心に、痛みを忘れて魅入ってしまった。

素晴らしい、ここでこの魔物に食われるのも悪くない。そんな想いが湧き出す中、不意にスライムの事を思い出した。



そうだった。スライムに礼をしないといけないんだった。

足に噛みつく大鼠にそっとナイフを差し込んだ。




大鼠を始末した。足の怪我の具合は自分では分からないが、片足が無事なので移動はできそうだ。

スライムにこれを食わせてやろう、魔物である大鼠の新鮮なやつだ。力を増す可能性がある。それが俺の最後の仕事だ。


時間をかけてスライムのいた所まで運んだ。よかった、まだいてくれた。

最後の力を振り絞って眼の前に大鼠を置いてやった。ほら、丸ごといってくれ。


スライムが覆い被さって食べ始めた。俺はスライムにお世話をしたのだ。

スライムのお陰で人として生きる事が出来た、勝手だがその恩返しも出来た。

ありがとう、そして生きてくれ。

スライムが少しずつ溶かして食べているのが分かる。スライムに生まれてスライムとして生きる。羨ましい、俺には出来なかった事だ。


俺もスライムとして生まれていればスライムらしく生きれたのだろうか?

大鼠として生まれていたら身を捨てて戦うことが出来たんだろうか?

羨ましい。目の前の魔物たちが、まともに生きる人間たちが。

この足ではもう町には戻れない。戻ったとして何をすればいいんだ?どこに行けばいい?誰に言えばいい?何が必要だ?俺には盗んだ金しかない。

何も分からない。だからもう終わりだ。じゃあな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る