一番下から見上げる世界

無職無能の素人

第1話 奴隷未満

「カイン、終わったら最後にトイレを掃除しておけ。臭いから中に入るなよ」

「………」

「口も聞けないのか、じゃあ飯もいらないな」

「わるかった。いそいでやる」

「ふん!もう今日の分はねぇぞ」


今日も食事なしか。

孤児院から町の宿屋に押し付けられ、ゴミの様に扱われる日々。

食事は残飯を盗み食い、外で藁に包まって寝る。当然賃金は無い。

奴隷以下だ。金を出して買ったわけじゃないから野垂れ死ぬまで使えればいいんだろう。ここに居ても何にもならないのは分かってる。だけどこれ以外の生き方が分からない。

最初から孤児院にいた。生まれた場所は知らない。ずっとこうやって行きてきた。


孤児院でも笑ってる奴らは居た。金は無くても楽しみを見つけていた。友達を作って遊んでいた。

俺と違って仕事をせずに遊んでいるのに、孤児院の大人に可愛がられ、裕福で優しそうな人たちに連れられていった。

俺と違って仕事をせずに何かを学び、大人に欲しがられて働いてるいるやつもいる。

なんでそうなるのか分からない。俺はちゃんと仕事をやっているのに。俺だって文字や数字を習ったのに、俺は何をやっても上手く出来ない。


どうしてお前たちはそんな風にやれるんだ?俺より楽をして、俺より待遇が良くて、俺より賢くなっている。

分かることは、俺が駄目だと言うことだけだ。俺はお前たちの様にやれない。

憎しみだけが募る。全ての人が嫌いだ、人の群れが嫌いだ、上手くやれない自分が嫌いだ。



床を磨き終わり、トイレの掃除に向う。もう宿の主人はとっくに寝ている。俺だけが無償で働くのだ。

いつも通り糞壺を取り替えようとした時、中で何かが動いていた。ただの虫かと思ったが木蓋を載せたら中から押し上げてきた。

スライムだ、何でも食べる事だけが特徴の低俗な魔物。クソも食べるが別に綺麗にしてくれるわけでもない。ただ食い荒らして、栄養が貯まったら分裂するだけ。

まるで俺みたいだ。違いは分裂しない事くらいかもな。

俺はお前が羨ましいよ、俺もいっそ何も考えなければいいのに、誰かと比べることがなければいいのに。


糞の中で蠢くスライムを羨ましく思うなんてどうしようもないな。まぁいいか、何もかも今更だ。

俺如きがお前を殺すなんておかしいよな、俺はお前より下だ。

宿の近くの空き地に行き、人目につかない場所を手で掘り返した。少し迷ったが糞壺をそのまま埋めて蓋をした。壺と蓋が無いと匂いですぐにばれる。

「お前はここで生きろ、俺が生きている間は餌を運んでやる」


壺は洗って置いていたら盗まれた事にした。

殴られて飯を抜かれたがいつものことだ。

残飯を食べて1日中働いて夜中に糞壺を運ぶ。

糞は決められた場所に捨てる事になっている、病気の原因になるんだと。

無視して糞壺を埋めた空き地まで運んだ。少し掘り返して木蓋を開けると中のスライムが分裂していた。

「俺はなんにもならないのにお前は変わるんだな。羨ましいよ」

糞を足してやった。


翌日、スライムは4匹になっていた。

このままじゃすぐに溢れちまうな。そこらで小さな石を拾って投げつけたら破裂した。1匹減ったので満足して帰った。


その翌日、今度は6匹になった。また石を投げて減らした。

毎日毎日糞を運び、数を増やさないようにスライムを生かし続けた。

投げる石も見つからなくなった頃、突然変化が起きた。


スライムを間引きした瞬間、急に体に力が漲る感触があった。

気のせいじゃない、明らかに体が動かしやすい。頭もすっきりして目が覚めたようだ。

これは孤児院で聞いたレベルアップじゃないか?あの小さなスライムを殺し続けて経験値が溜まっていたんだろう。あんなスライムでも価値があったのだ。



レベルアップをした俺にも価値がある。はずだ。

他の奴らの様に上手くやれなくてもいい、馴染みたくはないし馴染めるとも思えない。俺はあいつらとは別の生物なんだ。





「お前らは自由に生きろ、俺もそうする」

スライム達に別れを告げた。言葉など通じるはずもない糞に集るスライムだ。それでも何か大事な存在だった。孤児院の連中よりも、宿の主人よりも価値があった。

スライムを倒してレベルアップなんて聞いたことがないが、数が多かったんだろうか?

宿に戻り、寝入っている主人を殴りつけた。声が出せなくなるまで殴った後に部屋を漁り、金と服と食料を奪って逃げた。

俺から奪い続けただろう、俺を殴り続けただろう、それを返してもらっただけだ。俺を殺さなかったから俺も殺さない。



ついでに金を奪ってきたが、自分で使ったことはない。僅かな金でも俺が任せられることはなかった。

ただあいつが大事にしていたから奪っただけだ。気分は晴れなかったがまぁいい。


夜中に町を抜けてあてもなく歩いた。先も見えない、行きたい先もない、それでも道は無限に広がっている様に思えた。




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