魔法少女はヒーローになりたい

第一話 魔法少女と竜

  私の名前は柊 諸刃。

 どこにでもいる普通の女子高生だった。

 母さんが小学校1年生の時に行方不明になり、施設にいたところを、人の感情をエネルギーに変換する技術の研究者である一(にのまえ)優子さんに拾ってもらった。

 優子さんのおかげで学校にも通えるようになった。

 彼女は私のことをいつも見守り、そして導いてくれた。唯一覚えている、母さんの「いつか、困窮している誰かを守れるような人になりなさい」という言葉を指針として、自らを高めていくうちに「ヒーロー」になりたいという夢ができた。

 私を鍛えてくれたのも優子さんだった。

 眠れない夜に、魔竜という恐ろしい魔物が出てくるおとぎ話をしてくれた。そして、魔法少女というヒーローについても語ってくれた。

 物語に登場する魔法少女は、数学が得意で、将来は研究者になりたいと思っていた、とある少女の前に颯爽と現れ、恐ろしい魔竜を倒し、窮地を救ってくれた。

 でも、魔法少女の彼女は泣いていた。魔竜も、助けてあげたかったと。

 救われた少女は、魔法少女と友達になり、全てを救いたいという願いを叶えるために、ずっと一緒に居続け、無二の親友となり、平和を守っている。


 翌日の新しい学校への入学に、不安と楽しみが重なって眠れなくなっていた事もあってか、つい、そのお話を思い出していた。


「やあやあ、諸刃くんの新入学祝いにこれをあげよう。私の開発した端末のリリィフォンだ。私に連絡したければそれを使うといい」

 久しぶりにもらったプレゼントについ頬が綻ぶ。そして、力一杯抱きしめてくれた。あぁ、


 優子さん⋯⋯私は、そんないい子じゃないよ。


 海百合学園、登校一日目。


 先生に促されドアを開いて入室すると黒板に名前を書いた。この名前は覚えてもらいやすく自分としてもとても好きな名前だった。母さんが決めてくれた名前だ。

「途中からの入学でわからないことも多いと思うので、この学校のこととか、いろいろと教えてください。宜しくお願いします」

 案内されたのは、白百合さんという生徒の隣だった。活発そうな女の子だ。

「あの、私の教科書見る?」

 小さな声で助け舟を出してくれた。施設なのかでも友達付き合いの経験は少なく、そんなふうに優しくしてもらえたのが初めてでびっくりした。

「あ、ありがとう、机くっつけさせてもらうね」

 手が触れ合った瞬間に、静電気が炸裂した時のような、ばちんという音とともに強烈なビジョンが飛び込んできた。ひまちゃんという子への、ドス黒い、切実な思い。抑えきれない欲望だった。

「うおッ⋯⋯!」

 彼女はそんな自分の想いを、酷く汚いものだと感じている。想いを悟られない為に押し殺して隣に立っていることを理解した。

 私は、白百合さんのことが汚れているなんて思えなかった。

 それどころか、とても純粋で美しいとさえ思えた。自分だって、育ての親の優子さんのことを⋯⋯

 この時、私の中にある何らかの因子が目覚めたことなど理解できるはずもなかった。

「え、どうしたの⋯⋯?」

 慌てて何でもないと言うものの、なかなか誤魔化すのに苦労した。図らずも、心のうちを覗いてしまった白百合さんのことは他人のように思えなかった。

「まあいいや。さ、授業始まったよ」

 ただのクラスメイトの最も深い部分をのぞいてしまった。自分に起こった不思議な出来事に、自分と同じ女性が恋愛対象の子と会えたという喜びが合わさり、混乱したままその日は過ぎていった。


 初日にして、強烈な出会いだった。


 その一件の後も、一向に学校に馴染めずにいた私を、白百合さんは何度も助けてくれた。

 おかげで、私は学校に通うことにやっと喜びを見出せるようになった。

 彼女には感謝してもしきれない。

 一人で昼食をとっていたら一緒に食べようと誘ってくれた。先客の向日葵さんと朔夜さんは快く受け入れてくれた。その時の白百合さんはとにかく楽しそうだった。向日葵さんとじゃれついて、それを朔夜さんに嗜められる。

「私の向日葵にベタベタしないで頂戴」

「これは友達同士のスキンシップだからいいの!ね、ひまちゃん?」

「ほらほら、柊さんが困ってるでしょ。ステイステイ」

 そんな微笑ましい光景に、何故か胸がずきりと痛くなった。出会ったばかりの人なのに。私はそんな風に好意を表すことはできないからだ。


「病院」の地下にある、通称、潜水艦室。

 優子は青白い光に照らされながら、何かのベルトを製作している。

 

 「⋯⋯思ったより早い遭遇だったね、白百合のご令嬢さん」


 画面には諸刃を軍事衛星から追っている監視映像が映っている。彼女は監視者でもなく、見えざる師、姉御という魔法少女結社とも違う意図を持っていた。

 彼女は、海百合学園の組織の「魔女の宿り木」の構成員ではあるが、大いなる目的のためではなく、個人的な「願い」のために動いていたのである。

 彼女は、いわゆる「椅子の男」だった。

 諸刃の母、真剣(しんけん)と共に、人知れず、海百合の町を、人々を守っていた。放課後に集まり作戦を練り、ああでもないこうでもないと言っては、二人だけの教室で、机を寄せあい会議をした。たわいの無い時間の全てが愛おしかった。

 それは二人が「大人」になってからも続いた。

 魔竜はほとんど現れず、現れたとしても倒せるものだった。だが、始祖の竜という存在が現れた頃から魔竜たちは凶暴化して手がつけられなくなった。

 人を食い肥えた魔竜が現れ、真剣は「願い」によって持てる魔力を全て使い切り、やっと致命傷を与えることができたものの、彼女は消えてしまった。

 真剣は世界の崩壊を防ぐために自らを犠牲にしたのである。

 その時、私は決意した。このような悲劇を繰り返さないよう、人工魔法少女を生み出そうと考えたのである。その計画の要石が、諸刃であった。


「後少しだよ、真剣⋯⋯」


 呟く声が、一人寂しくこだました。


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