第二部 歯車、噛み合う
「あらいらっしゃい。珍しいわね、結(むすび)ちゃんが誰か連れてくるなんて」
この女性は骨董ジャンクパーツショップの店主の「さえおばあちゃん」という。ローゼンシュタールンの部品を扱っている珍しいお店だ。
「初めての経験ね。彼女は相茶 重(かさね)さんというの」
「へへへ、どーもどーも」
さえおばあちゃんはパーツいじりを趣味にし始めた時からの知り合いだ。
「私の、とても親しい人。友達以上のね」
「そうなんですよ、さっきそういう関係になったんです」
甘ったるくて見てらんないよ、と言いながら定位置の椅子に座った。相茶さんとの初めてのパーツ巡りをする。ここのお店は骨董脚部の部品をおばあちゃんが鋳造している。
何度も、脚部メンテナンスでお世話になった。
「あの、黒川とおんなじ足にしたいんですよね」
「なるほどねぇ⋯⋯なら脚部本体とパーツもあたしが復刻させたものを使ったらいい」
てっきりアンタには売らんと言われてしまうと思っていたので、かなりホッとした。相茶さんと手を繋いで、二人で喜びを分かち合った。
古い型だが、復刻版のため値段は思ったよりかなり安く抑えることができた。全てさえおばあちゃんのご好意である。ありがたく受け取っておこう。
「そのかわり、とにかく大切に扱うこと。いいね?」
「お任せください!」
相茶さんの元気な声に、つい笑みが溢れた。
「⋯⋯結とずっと一緒がいいからさ」
囁かれた言葉にときめきすぎてバランスを崩しかけた。
名前呼びされたのもそうだし、ずっといっしょがいいだなんて。彼女は私を何度魅了してくれるんだろうかと思うと顔が熱くなった。
「結ちゃん、注文のパーツ今完成したよ、せっかくだから付けておいき」
「お言葉に甘えるわ。ありがとう、おばあちゃん。ここのベンチ使わせてもらうね」
初めて声をかけられた日のように二人で並ぶ。
スカートを捲り、膝の部分を外す。足の中身を見られるのはかなり恥ずかしかった。
「まるで裸を見られているみたいだわ⋯⋯」
「へぇ、じゃあ、黒川の綺麗な体も今度見せてよ。二人だけでさ」
「えぇ、もちろん貴女ならいいわよ⋯⋯えっ⋯⋯それって」
「シー⋯⋯それ以上は野暮だよ?」
手元が狂って、結局おばあちゃんにメンテナンスをしてもらうことになった。
「うちの孫がやってる義体サロンに話はつけておくよ」
帰り際に、割引クーポン、しかも今どき珍しい紙でできたデジタル情報の一切ない、初回20%引きのお得な脚部の装着ができるらしい。
おばあちゃんに別れを告げ、時間があったのでカフェデートをした。こんなことをするのは生まれて初めてで、しかも「彼女」とのお出かけだってしたことがなかった。
「どうしたのそんなキョロキョロしてんの」
「いえ、その、デートいうことをしたのは生まれて初めてで、勝手がわからないというか、落ち着かないと言った方がいいと思うのだけれど⋯⋯」
相茶さんが薄く笑う。
「えー、そんなんじゃ、この先もっと「なかよく」なったらどうすんの」
太ももの内側をつーっとなぞられて、はしたない声を上げてしまった。
ばっと彼女を見ると、瞳の中には欲望の炎がゆらめいていた。私が好意を向けている人から、求めるような視線を浴びるのはこんなにも、ゾクゾクと、背筋を駆け上る危うい欲望を駆り立てるものなのだということを知った。知ってしまった。
私の心は、この人に作り変えられてしまった。永久に。
「重さん、私っ⋯⋯⋯」
「結、言わなくていいよ、分かってるから」
この後起こる出来事に、喉がごくりと動いた。されるのは自分なのに。どこまで私を連れて行ってくれるんだろう。重さんは、何をしてくれるんだろうかと期待しながら帰路に着いた。
その後二人は大学生、社会人となり、同じ苗字で生きている。お揃いの足で。
fin
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