お揃いの脚で歩きたいから

第一部 歯車、廻る。

 時代が進み、人体の機械化がもはやファッションとして受け入れられた未来───


 私は相茶さんのような明るい人が苦手だった。

 嫌いという訳ではないけれど、どう接して良いのか分からず気まずい空気が流れてしまう。今も彼女に申し訳ないことをしているなと思う。

 私は明るい方ではなく友達も少ない。

 そんな私を見かねて、友達になろうと話しかけてきてくれているのに、気の利いたことも言えずに時間が過ぎる事ばかりで一向に会話が進展することはなかった。

 それでも、相茶さんは私なんかにかまってくれる。

 私が校庭で一人お昼ご飯を食べていると、隣に座ってきてくれた。私がオドオドとし始めたのがツボだったようで、さらに気に入られてしまった。

「黒川って面白いね」

「そう⋯⋯あ、ありがとう⋯⋯」


 私たちの関係に、一つの転機が訪れたのは、私が放課後に、右足のメンテナンスをしているところに相茶さんが話しかけてくれた時だった。。


「黒川、あたしと同じで右足が機械脚なんだね、なんか嬉しいかも!ほら見て?」

 そう言って隣に座った彼女は、自分の右脚の緑のラインをなぞり上げた。その仕草が何故だかとてつもなく綺麗に見えて、目が離せなくなってしまった。

「⋯⋯すごく良いわね」

「でしょ?良い趣味してんねぇ」


 後から考えれば、あれは一目惚れだったのだと思う。


 私は機械弄りが好きで、初めて親にねだって買ってもらった物は、少し古い型であるローゼンシュタールン製の右脚部パーツだった。以降、お小遣いをどうにかやりくりし、チューニングするのが私の唯一の趣味となっていた。

「そういえばさ、黒川の右脚のパーツめっちゃ良くない?」

「でしょう?ここの製品はドイツが東西に分かれていたときに製造されたと言われているの。鉄の質感と手触りは職人の技の素晴らしさが表れているわ。施された意匠は18世紀ドイツのものね。歩く時のバランスも良いし、私が特に好きなのが、中央のラインなの。それでね⋯⋯」

 相茶さんがニヤニヤしていた。好きなことになると途端にペラペラと、一気に喋りすぎてしまう悪い癖が出てしまった。

「黒川っておしゃべりなんだ。意外な一面はっけーん」

 私の話を楽しそうに聞いてくれていたようだった。それが嬉しかった。

「私ばかり喋ってごめんなさい、退屈だったでしょう?」

「ううん、好きなもののこと喋ってる時の顔、すっごく可愛い」

「えっ⋯⋯」

 彼女がぐっと顔を近づけてきた。

「実はさ、ずっと前から気になってたんだよね。黒川のこと」

 いつの間にか隣に座っていて、私の手と相茶さんの手が重なった。

 左腕のバイタルモニターで計測すると、彼女の心拍数が少しばかり上昇していた。さらに体温も上がっている。わ、私にドキドキしているとか?

 何にしろ悪い気はしなかった。

 クラスの人気者で、整った顔に、誰とでも分け隔てなく話しかけるような明るさ、長いまつ毛にすらっとした綺麗な脚の相茶さん。

 もしそんな人と付き合えたら、学校生活も、それ以外の日常ももっと楽しくなりそうだ。

 私の趣味にも興味を示してくれて、そんな人に今まで出会った事なんてなくて、それが嬉しくてさらに親密になれたら、なんて思ってしまった。

「なら、その、連絡先を交換しましょう。相茶さんのこと、もっと知りたいわ」

 私にとっては連絡先を聞くことは、とんでもない一大イベントなのである。

 こんなチャンスは訪れないかもしれないと思うと勇気が出た。

 勢い任せも、たまには悪くないわね⋯⋯

「いいよー!じゃあこっちおいで!」

 そう、何故そこまで大ごとに捉えているのかというと、我が女子校では、連絡先の交換は抱擁によって行われるからである。

 リボン型デバイスとの兼ね合いとはいえまだなれない。

 だが、初めての交換相手があの相茶さんという、滅多にない幸運が目の前にあるなら、もう少し頑張ってみようと思えたのであった。


 彼女と体が密着する。


「黒川いい匂いするね」

 あー良かった昨日お風呂入ってて⋯⋯

「相茶さんも、とてもいい柑橘系のフレーバーだと思う」

 もっと気の利いたことが言えたら良かったけれど、それでも彼女は喜んでくれていた。このハグが相茶さんと仲良くなるきっかけとなった。

 放課後に二人で出かけるようにもなったし、生まれて初めてゲームセンターにも連れて行ってもらったり、流行りのカフェに連れて行ってくれたり、洋服を選んでもらったり、休日には水族館に「デート」と言う名目で出かけたりもした。私はどんどんと相茶さんに惹かれて行った。


「あの、私と一緒にパーツ屋に行ってくれないかしら」


 ついに自分から彼女を誘おうと思った。

 休日に二人で出かけたいだけだろうと言われてしまえばそれまでだが、私にとって初めての、趣味に理解のある家族以外の大切な人となった相茶さんを、学園の中で自分だけが知っている秘密の場所へと連れてゆくことは、大きな前進だった。

「うん、いいよー。あ、あとさぁ、せっかくだし制服デートしようよ。やってみたかったんだ」

 彼女の笑顔に、私の心は完全にときめいていた。


 そして約束の日。


 待ち合わせ場所である学校の最寄り駅で相茶さんと合流し、電車に揺られ無人駅へと辿り着いた。

 なぜか相茶さんの鞄には、アニマトロニクス猫もいる。

「こいつはマル。かわいいでしょ」

「えぇ、それに、綺麗なオッドアイね、よしよし」

 駅舎を抜けると田んぼが広がっていて、畦道をずっと進んでいくと古ぼけた商店があった。

 二人並んで中へと入ってゆく。静かだった隣の相茶さんが口を開いた。

「あたしさ、黒川と同じ脚にしようと思うんだ」

 驚く私のことなんてお構いなしだ。

「これからずっとそばにいたいから、ペアルックにしたいんだよね」

 今絶対ににやけてる。

「いいの、私となんかで」

「いいよ。だって一目惚れだったし」

「⋯⋯そう、なのね」

 今度は私の体温と心拍数が上がっている。

「この先も、お揃いの脚で歩きたいからさ。ね、黒川」


 同意の代わりに、その手を取った。



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