第三節 空の王国
シムーンがゆっくりと目を覚ますと、大天狗が不安を抱えた顔で覗き込んできた。どうやら、ハルピュイアの評議委員が気を遣って婦妻の住処で寝かせたらしい。
「おはようさん、気分はどうだい」
「おはようございますっ⋯⋯うぐ⋯⋯いたた⋯⋯」
「良い良い、まだ寝てていい。肝要なのはここからだが兎に角、無事で安心したぜ」
「ありがとう、ございます⋯⋯」
適合させるのはいわゆる外科的処置であり、術後に目覚めるということ自体、関門を一つ越えたと言うことでもあった。大天狗はずっとシムーンの元にいた。
機械化義手を実際に動かすトレーニング、リハビリテーションも苛烈を極めたが、その隣に常に大天狗がいた。献身的に妻を支える姿に士気が高まる。
少しの時間だったが、婦妻の絆が生まれ始めていた。
「大天狗さん、貴女に出会ってからというものの、毎日がとても楽しいなって思えているんです。そして、未来へ思いを馳せられるようになったんです」
シムーンは、大天狗の腕に抱かれながら言う。
「こんな時に不謹慎だとは思いますが、幸せを感じます」
「私、この平安を絶対に未来へ繋いでみせますから⋯⋯」
彼女の瞳には決意があった。
「俺も早く機体を組み上げねぇとな」
「どんな機体です?」
「そりゃあ本番までのお楽しみってこった」
「はーい⋯⋯」
日に日に悪化する戦況に時間の余裕は無くなっていた。ヘクス・ガルーダは探知不能の高度から大天狗が開発した「天狗砲 シンリキ」による砲撃で何とか逃げ延びていた。
ワイバーンやドラゴンなどの他の民族も、間界の婚姻を行なっているらしく、このアトラントの優勢も変わろうとしていた。多くの犠牲を払いながら。
彼女が、自ら力を取り戻して行く様を、その労苦を婦妻の二人で分かち合い、共に一つ一つの事柄を、人生の一ページに刻み込んでいった。
「何故、私を選んだのか気になっていたんです。もっと愛想が良いハルピュイアなんていくらでも選べたのに。理由を教えてくれますか」
とある月夜の日、リハビリを終えたばかりのシムーンが酒を煽る大天狗に聞いた。
「気高さにやられちまったのかもな。それもあるが、アンタの翼が綺麗に見えたからかな。がむしゃらで、痛々しい程に純粋で、それでいて確かな決意が宿っている大翼がね」
大天狗の体躯に迫るほどの黒羽に包まれる。二人の距離がぐっと近づく。互いのアイデンティティそのもの、自らを自らたらしめる翼が触れ合う。
「嬉しい、私を選んでくれて⋯⋯」
「ありがとう。俺様と出会ってくれて」
満月の下で二人が重なった。
「これが、私の新しい翼⋯⋯」
アーマーハンガーに掛かった青いBfAが鈍く輝く。シムーンの純粋な空への憧れを表したかのようなその装甲に、彼女が触れる。一筋、涙が落ちる。
「あぁ、また私は空に帰れるのね⋯⋯」
「やったなシムーン。婚姻者として祝福させてくれ」
大天狗が抱擁する。羽の裏で熱く口づけをした。
BfA 001A─烈風。
パイロット シムーン
ヘクス・ガルーダ製の試作型BfA。
装着者に合わせ、スピードを極限まで追求し、装甲を犠牲にした高軌道型。相手を圧倒する機動性による高速戦闘を得意とする。
武装は右肩には、シールド機構を無力化する「魔工ミサイル六連装ヒッポグリフ」左肩に自動追尾ミサイル「魔工プラズマミサイル三連装キリン」を積載。
左腕部には「魔工レーザーランス陣風」右腕部「魔工重ショットガン絡繰」に、副武装は「バーストサブマシンガン」を搭載。
格闘戦によって戦闘を行う対エース機である。耐久力は考慮されていない。
まさに吹き抜ける風である。
機体のアセンブリが終わったと同時にアラートが鳴り響いた。
「フラジャイル部隊発進準備開始せよ、繰り返す!フラジャイル部隊⋯⋯!」
傷痍部隊フラジャイル。壊れ物の意味があるという別世界の言葉である。天狗が現世にいたときに異国の生き物から聞いた言葉だという。
「おいでなすったか!待ちくたびれたぜ!」
「行くよアンタ達、リベンジマッチだ⋯⋯」
「J、必ず落とす!」
士気はこれまで以上に高い。
二方向から大群が迫っていたこともありコールサイン「大天狗」が先ず単機で出撃し、フラジャイル部隊は全軍を持って残存戦力への攻撃を開始した。
「天狗さん、行く前に名前を聞かせてください⋯⋯」
シムーンは震えていた。天狗が抱きしめる。
「 」
彼女は迷いなく飛んだ。
「M、現着した。ほう、貴様が例の大天狗か⋯⋯ふっ⋯⋯成程、戦場に無為な言葉は不要か。まぁいいだろう。さぁ、異界の物怪よ、可能性を見せてみるがいい」
「丁度良いや、このからくり甲冑の肩慣らし、手伝ってくれや」
部隊全員が、この戦いに心が躍っている。
だが、彼女らはそれを知らない。気がつくことができないのだ。
大天狗へは撃滅部隊の一から四番までの隊長機と機械化部隊が差し向けられた。実力差を考えれば早期の帰還が可能なはずであった。
だが死骸を食して合体駆動するシステムにより時間を稼がれてしまった。
「はっ⋯⋯はっ⋯⋯また、私は⋯⋯勝てないの⋯⋯」
圧倒的だった。やっと異獣達を退けたと思ったら、アイツがやって来た。おばあちゃんから聞いたことがある。黒い鳥、全てを破壊し塵へと変えてしまう存在。
そんなもの実在する筈がないと思っていた。でも、違った。たった一機に、またしても私以外やられてしまった。私が花嫁だからだ。
花嫁は、婚姻した相手と繋がりが生まれる。
花嫁が死ねば婚姻者も居なくなる。
彼女を捕虜にすれば、天狗を意のままに操ることすら可能になるのである。だが、Jはそのような戦いを汚す行為をすることはなかった。
「弱い。貴様ら原生生物の力は、この程度か?」
湧いてきたニンゲン達が、破壊兵器「聖剣」を私に向ける。
お母さん、ごめん。ごめんなさい、大天狗さん、さようなら。ついぞ、貴女の名前も聞くことができなかった。そういって目を瞑るが一向に振り下ろされない。
「悪い悪い、遅れちまったよ⋯⋯つい遊びすぎた、次はもっと早く来るよ」
黒い鳥が言う。何故か弱きものを守るのかを。
「そうさなぁ、俺様はアンタらみたいに、のぼせ上がり思い上がった連中にちょいとお灸を据えたくなる性分でな、助太刀させて貰ったって訳だ」
「何せこいつらは良い。根っからの武人で、しかも誉を持った「モノノフ」ときた。向こうの世にも滅多に見つからないような本物がだ」
「一番の訳は、嫁さんはエラく美人だからな。ここでびしっとカッコつけなきゃ女が廃るってもんだ。だからアンタらをぶっ潰させてもらおう⋯⋯全身全霊でな⋯⋯」
「俺様は神羽のオニマル!この鎧は純白の神鳥、ホワイトイーグル!」
「私は、烈風のシムーン!この鎧は、蒼藍の燕、ブルースワロー!そして、荒れ狂う風神の花嫁!」
「ほう、ならばこの一撃に全てを賭けよう⋯⋯」
勝負は、一瞬の内に終わった。
「「天狗神道、奥義。旋風一閃!!!!」」
「オーバードブーストストライク⋯⋯」
大天狗の放った扇からの風に乗って限界まで加速し、レーザーランスを最大出力で放射し、まさに疾風となって襲いかかった。
黒鳥の斬撃を数ミリのところで躱した。
「そこッッッ!」
体を捻り、シムーンの突き立てたレーザーランスの青い閃光が、破滅の黒い鳥の漆黒の装甲の左腹部と左腕を大きく抉り取っていった。
Jの反応速度を超えた一撃だった。
黒鳥が膝を折った。バイザーの下の表情を窺い知ることはできないが、彼女は笑っているような気がした。
「見事だ、女よ⋯⋯やはり、貴様の実力は、マシンどもの予想を超えていたか⋯⋯ふっ⋯⋯私の負けだ、誇るが、いい⋯⋯」
黒鳥が崩れ落ちた。
Jの機体を貫いた神風は、ハルピュイアの形勢を一変させる一撃となった。Jの沈黙により撃滅部隊を撃破したことで、ニンゲン達を大きく後退させた。
その後、まさに世界の命運を賭けた戦いがあり、同じように婚姻していた者達とともに、最終決戦に臨んだ。妙にアッサリと決着がついたと伝わっている。
後に、この戦いは「百鬼夜行」と呼ばれた。
機械化人間の中央管制施設である「ビックコア」の位置を突き止めた「神風の婦妻」は、超高速の一撃離脱によりメインコンピューターを破壊し、機械化人間製造工場は機能を停止した。
ついにハルピュイアは「空の王国」を取り戻したのである。
「シムーン、改めて言わせてくれ。俺様、と結婚してくれ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。私をまた空に連れて行ってくれた、私をまた生まれさせてくれた、ヒーローのオニマルさん!」
彼女のとびきりの笑顔に、俺様は一生シムーンの最愛であろうと誓った。
これは余談だが、シムーンオニマル婦妻は、時たま、現代日本にも訪れては「でーと」をしているらしい。他の神々も日本旅行に訪れているのだという。噂によると、死者も日本に転生し、J達は「AC456」というバンド活動を始めたようだ。
さぁ、君も、間界の客人達を歓迎しよう。
終
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