第二節 戦士と大天狗
「いた!救護班早くこっちへ!」
多量な出血により生死の境をさまよい、なんとか生き残ったが、彼女はBfアーマーを装着し、飛ぶことすらしなくなった。
空を憎みながらオペレーター室に引き篭もるようになってしまった。
体は日常生活を送れるまでにはなんとか回復したが、心という無限の翼は羽ばたくだけの力を完全に失ってしまった。快活な性格は鳴りを潜め、暗く嫌味の多い者となったという。
ニンゲンらは、ハルピュイアを狙って襲撃するという「バードストライク」作戦を実行し、ついに劣勢に立たされることとなってしまった。
流浪の民から避難民に格下げという訳だ。
その劣勢を覆そうと「間界の婚姻」に活路を見いだそうとした。そして今回、花嫁に選ばれたのがシムーンだったというだけの話だ。
評議員からの一言で決まった。戦えすらできなくなったあの子が可哀想であるし余裕もない状況を鑑みた決定だったというが、ただの厄介払いだった。
結界の中に大きな黒い翼が現れた。
「ふう、やっと転送が終わったか。待ちくたびれちまったぜ」
赤い天狗の仮面を付けた人物が立ち上がる。
「お待ちしておりました。花婿様」
「おんやぁ?聞かされたのは嫁をもらえるという話だったんだが」
「えぇ、勿論ですとも。愛想が悪いですがこちらに居るシムーンがそうでございますよ!」
「⋯⋯」
私は不機嫌ですというオーラを全身から放っている。
「取り付く島もないってのはまさに、だな」
そんな調子で最低の顔合わせは盛り上がることなく終わった。互いにBfアーマー認識装置兼、結婚指輪を送り合った。
「さあさあ、反抗作戦まではかなりの時を要しますので、船内と船上街をご覧になっていてくださいごゆるりとお過ごしください⋯⋯シムーン、アンタが世話してやんな!」
「ちょ、ちょっと待ってよ母さん、嘘でしょ私がにご機嫌取りなんてさせないで⋯⋯」
彼女の言葉はドアの閉まる音に遮られた。仕方ないので案内することにした。
「すまんね、ここのことは何も知らねぇんだ。俺様がこれから生きる天地について聞かせてくれ」
この世界はアトラントという。
船自体がハルピュイアの国土であり、国そのものである。
元々十隻もあったが今やこの艦が最後の希望となった。幸いなことに旗艦であった「ヘクス・ガルーダ」は三万人ほどが収容できる大型艦のため、彼女らの種族は何とか生き延びている。
再び、空を取り戻すために。
「シムーンさん、アンタの身の上、転送される間に聞いちまったよ。もう傷は治っているのか?」
「⋯⋯えぇ、貴女の嫁は傷物じゃないですよ」
そんなつもりで聞いたんじゃないんだがな。
体の傷は飯を食ってよく寝れば癒えるが、心はそうはいかない。彼女の瞳は、絶望と諦念で黒く濁っている。翼をもがれ、敵に哀れみをかけられた。同胞からも、負けた者として扱われる。
その環境が、シムーンを腐らせたのである。
「案内は済みましたから、帰っても宜しいですか」
「シムーン、アンタもう一度、空に上がりたいと思うかい」
空気がヒリつく。彼女には聞いてはならぬ問いであったが、しかし、仮にも婦妻となるのなら、この問いは避けられぬことだった。
「貴女は神様だからお分かりにならないでしょうけど、一度でも落ちた者は、簡単に上には戻れないんですよ。生ぬるい同情なんてしないでくださいッ⋯⋯!」
私は、負けたんです。そしてあろう事か敵に憐れみをかけられ、挙句の果てに死に損なった」
「私は無価値なんですよ、だから嫌々着飾っているんです。そのくらい分かるでしょう」
自分の言葉で自らを痛めつけることで、自罰しているんだろう。シムーンのいた部隊は、彼女を残し全滅しているからだ。罪の意識のせいだろう。
一瞥もくれず彼女は歩き出した。
「先に行くなって、眠るのは同じ場所だろう?」
「はぁ⋯⋯忘れてた⋯⋯」
その後、会話もなく、初夜は最低の形で終わった。
シムーンは頑なに天狗を拒否し続けた。
私はこのままでいい。このまま地べたを這いずり回っているのがお似合いなんですよ」
「⋯⋯アンタの心は、そうは言ってねぇと思うぜ?」
天狗は、シムーンを再び羽ばたかせたいという思いに駆られていた。
天狗が呼び出されて一週間後、アラートが鳴り響いた。小規模だが異獣部隊が押し寄せてきたという連絡があり、暇だという天狗の肩慣らしに充てられることになった。
「荒療治だが、嫁さんを連れて行くかな」
オペレーター室に入ると一直線にシムーンの元へ行き有無を言わさず、いわゆるお姫様だっこ(歓楽街のべっぴんのねえちゃんと飲み明かす店で聞いた)で連れて行くことにした。
「コイツ借りてくぞ」
彼女を抱きながら艦の機首から飛び降り、そして大空へと旅立った。
「やめて!降ろしてくださいったら!」
「暴れるなっての、今手ぇ離したら死んじまうだろうが」
一気に上空に加速し太陽を背に急降下していく。この風を切って疾走する感覚はやはりシムーンの求めるものであった。この中では彼女は自由であり存分に生きていた。
シムーンはハルピュイアとしては翼が小さく、戦士になるのは不可能だと言われていた。努力だけで烈風の異名を持つまでに上り詰めたのである。
居場所は、孤独を埋めてくれたのは、生きる意味を与えてくれたのは勝利のみであった。
あの敗北はアイデンティティーの崩壊を意味していた。だからずっと自らをあのオペレート室と言う鳥籠にいることを選んだのだ。
敗北者である己は空へ登る資格はないとそう思うことで自分を守っていたのである。だが、この天狗はそんなことは知らんと、空へ連れてきたのだ。
「あぁ、心地よい風⋯⋯」
シムーンの、純粋な言葉だった。
異獣の群れの中心を突き抜け真下に回り込むと、扇を取り出した。
「一丁、ド派手にかましてやろうか、見てなシムーン。神風ってやつをよ」
翻った勢いを利用し、逆巻く扇で空を切る。
「吹き飛びなァ!」
音速を優に超えている、まさに神速の突風が異獣たちに襲い掛かる。向かってきた異形たちは絶対的な風の壁に押しつぶされることとなる。
強靭な躯体であっても意に返さぬ破壊であった。
「ギィィィ!」
躯体がひしゃげ蹂躙されていく。
「天狗神道、奥義。旋風一閃!!!!」
一個大隊全てを撃滅したその風は遠方の国の稲穂まで揺らしたという。
「さぁ、どうだったさっきの風は、おや?」
「うっ⋯⋯ぐす、ううう⋯⋯!」
「どっ、どうした!どこか痛むのか?」
「私、やっぱり空に行きたい⋯⋯もう一度飛びたいよぉ⋯⋯!」
彼女の王国は空の中にしかない。いや、空にしかありはしないのだ。シムーンは、空の戦場の中でしか生きることのできない「戦士」なのである。
「そうだろうさ。俺には最初から分かってたぜ。なぁ、シムーン、共に空へ戻ろう。この大天狗様がついてるから心配しなくていい」
「はい、ひっぐ⋯⋯ありがとう、ございますっ⋯⋯」
二人の間に、確かな絆が生まれた瞬間であった。
この世界のニ対神、その一柱、女神アイオンの加護のおかげか、大天狗もBfAの魔法を伴った技術の理解度を急速に高めていった。
本人曰く江戸の頃のカラクリがちいとばかり難しくなったもんだと思えば飲み込みやすかったという手記が残っている。
大天狗と技術者達が、Bfアーマーの技術を医療にも転用し、義手というアプローチではなく「機械化された四肢を肉体と完全に融合させる」という設計思想のもと生み出した、究極の技術である。
破損アーマーの応急修理のために使っていた「リペアツールジェル」に着想を得て、傷を塞ぎ、自己修復する細胞ように振る舞う機械素子を生み出した。
ただし、この素子(Bf素子と命名)が体に定着する過程は、融合時の痛みによる、筆舌に尽くしがたい地獄の苦しみを伴う事になる。
更には生体機械腕を使いこなせるかは本人の資質、努力、精神力、それ以上に強靭な意志がなければ成し遂げることはできない。
だが負傷兵たち、シムーンら傷痍兵たちが怯むことはなかった。
────秘匿通信、開始。
「そうだ、これこそが人の、彼女らの可能性⋯⋯」
発言、J。返答、M。
「ふん、J、やはり貴様はロマンチストの夢想家だな。買い被りすぎだと思うが」
懐疑、M、返答、B。
「良いではないですかM。私も、女神の子らがどこまでのものか見極めたい」
肯定、B、同意、R。
「そうだな、B。このRも同意だ。俺達の開けた指令は一つ、選ばれし者を見つけ出し打ち倒すことだが、その想定を超える者が現れたら、面白い事になりそうだとは思わないか」
参加、W、期待、M
「確かに今回の彼女ならば或いは、貴様の言う面白い事も起き得るかもな」
J、叱咤。
「W、遅いぞ。彼女は、私が戦うべき相手だ。異論はあるまい?」
W、遠慮。
「J、分かっているとも、無粋な真似などせんよ」
「えぇ、ご随意に」
「勿論だ」
「好きにするといい」
W、M、B、R、退出。
J、高揚。退出。
────通信終了。
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