第二噺 血まみれシンデレラ

 ───目白を観察していた私は、一つ仮説を立てた。


 それは、目白に向かって「厄介ごと」の方から近寄ってきているのではないか、というものだ。

 分かりやすくいうと、不幸体質というものがこれにあたる。引き寄せる重力が大きいというか、磁力のように働く力場が全身を覆っているというか。

 目白を注意深くすぐそばで観察していると、その仮説を裏付けるようなことが彼女に起きていた。

 目白と通学路を歩いていると、何故かバナナの皮が足下に飛んできて踏んづけてしまい、滑って転んでしまった。打撲の怪我をした。

 学校に着いてもそれは変わらない。先生からプリントを教室へ持って行ってほしいと頼まれごとをされて紙の束を運んでいると、よそ見をしていた生徒にぶつかって全てひっくり返した。

 ぶつかった生徒と目白はお互いに謝り合っていた。

 よそ見をしていた原因は、ちょうどその時教室で起きたハプニングが原因だった。野球部の打ったボールが何故かネットを突き抜けて窓ガラスに当たったと言うわけだ。

 連鎖反応的に「わるいこと」が起きている。

 なら私が守ってあげないといけない。

 目白のことを考えると可愛くて小さくて、守ってあげたくて、そして、自分だけのものにしたいと言う思いが大きくなっていった。


 仮説通りにならないことを願っていたがその内に大きな危機が訪れた。


 校門前で会ったのに、教室に目白がいない。

 その時だった。落ちてきて死んだ。予感ではなく、確かな確信を持って目白に死が向かっていっているのを感じた。彼女のことがもう見られないことに耐えきれないと思っている自分に驚いた。一眼見た時から、私は目白に心を奪われてしまっていたらしい。

 彼女が欲しいと思うと、どこにいるかすぐに分かった。あの小さな子のもとへと向かう、風のように早く向かう、そっちへ。待ってて。いく。

 ミツケタ。

 ぽ

 ぽ、ぽぽ

 ぽぽぽぽぽぽぽ

 ぽぽぽぽぽぽぽぽ

 ぽ

 ドアの前に立つと目白が半狂乱になった連中に殴られていた。ドアを開け放ち中へ侵入する。私の本来の姿を現す。八尺、約2メートル40センチ。服装は通説通りの所々ボロボロのワンピースが皮膚のように、ずるりと「生えて」くる。

 この身長も、人に疎まれるのも、私が「物語の中の住人」だったからだ。インターネットで生まれた私は、コピペで無限に増殖する。

 私は「元ネタ」じゃない。ネット上に書き込まれたクリーピーパスタの一つが人の形をとっているだけの話だ。怪異が青春を夢見たって良いじゃないか。

 一人が角材で殴りかかってきたがあたるわけもなく体をすり抜ける。目白を最初に痛めつけたやつの顔を掴むと、そいつの目玉をじっくり、たっぷりと、ずっと、ずううううっと奥まで覗き込んでやって存分に反省してもらうことにした。まぁ、狂っちゃったから無理か。

 手近の奴らを私に「魅入らせる」と白目を剥いて失神した。

 血まみれで動かなくなっていた鈴に駆け寄って脈拍があるか確認する。よかった、何とか生きていたみたいで、そっと胸を撫で下ろした。

 体をゆすってみても、目が覚めない。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 え?嘘でしょ?

 待って待って起きてよ!

「鈴っ!目を開けて、遅くなってごめん色々と。やっと気が付いたんだ好きだって。それで」

 何度も名前を呼ぶ。声が届いたのか、ゆっくりと目を開けた。

「遅いよぉ。やっと来てくれた⋯⋯♡」

言葉の意味がさっぱり入ってこない。

「どういうこと?」

「持ってたの。まぁ、別に何されても、ただの人に殺されることはないけど」

「⋯⋯鈴って何者なの」

 口を開けてベーッと舌を出してくる。

 目白の舌は、鋏で切られたように真ん中から二つに裂けていた。

「分かってるくせに。同じようなお話の住人ってことだよ」

彼女は薄く笑う。ぞくりとするような、まさに蠱惑的な表情だった。

「舌切り雀の、原典の擬人化だよ」

「うん⋯⋯」

「生まれた時からスプリットタンなの。可愛いでしょ?」

 「むり⋯⋯めっちゃかわいい⋯⋯」

 ころころと、鈴のように笑う。喋るたびに覗く舌先に良くない気持ちが湧いてくる。

「私が来なかったらどうするつもりだったの」

「え〜?だってぇ⋯⋯未知瑠ちゃんなら助けに来てくれるかなって」

 鈴の伸びる影には羽が生えていた。

「ずいぶん買ってくれてるね」

「うん。優しくて、困ってる人を放っておけないような未知瑠ちゃんなら、いじめられてるこーんな可愛い私みたいな超絶美少女を放っておかないはずでしょ?」

「うわぁ、自分で言った⋯⋯」

「でも未知瑠ちゃん、そんな私のことが大好きなんだもんね」

そこまでバレてたのか。

「⋯⋯うん」

 これはいけると思って顔を近づけてみる。

「だーめ。こんなとこじゃイヤ」

 本当はここで始めてもよかったんだけど、流石にムードが無さすぎるか。そんな彼女を抱え、もう一度あの時の通学路をたどって家へ向かう。

「ねぇ、家まで連れ込んでどうするつもりなの?」


分かってるくせに、鈴は意地悪だ。


 家に着くや否やベッドに鈴を押し倒すと、覆い被さるように密着する。

「さっきの質問の答えなんだけど、鈴ともっと仲良くなりたいんだよね。それならお互いのことよく知らないといけないなってさ」

 目白の瞳が怪しく光る。

「じゃあ、私のこと、もっと知ってほしいな。未知瑠ちゃんが思ってるほど純情じゃないし、良い子じゃないかもしれないけど、ね?」

「じゃあ、どれが本当なのか、じっくりと聞かせてもらおうかな」

「いいよ。たっぷりと教えてあげる♡」


人は見た目に寄らないね。


 翌朝。

 ホームルームで学区内で事件が起きたが安心してほしいと言っていた。目白が包帯だらけなのはスルーしてくれ先生。イジメの主犯格がいなくなったからか、目白にクラスメイトが駆け寄ってくる。

「うん、大丈夫だよ。八田さんが世話してくれたから」

 手を振ってきたから軽く答える。

 

 本当の包帯のわけは、昨日の盛ったあとを隠す為なんだけどね。


「あいつら」が消えたおかげで平穏な学校生活を取り戻した。

 行為をしてからというものの、目白に降りかかる不幸の種類が変わってきてしまった。もっと苛烈になったとか、殺意が上がったとかじゃない。ないんだけど⋯⋯


 転んだら鈴のスカートの中に顔を突っ込んだり、押し倒しちゃってキスしちゃったり。いわゆる「ラッキースケベ」だ。しかも私だけが影響を受けてる。


 今も、目白のスカートに顔を突っ込んでいる。


 この先の学校生活、どうなっちゃうんだろ。へへへ、楽しみだなぁ⋯⋯


おわり



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