フォークロアは諸説あり

第一噺 濡れた眠り姫

 最初に目白を見つけたのは路地裏だった。ざあざあと土砂降りの雨が降る中で、小さい彼女はまるで物のように打ち捨てられていた。殴打の跡があった。

 可哀想だと思うのが普通なんだろうが、私はその姿に、酷く惹かれてしまった。身長も小さくて、体つきも華奢で薄い胸に、不健康なほどに白い肌、人の良さそうな垂れ目。

 そんな少女が死にかけていた。

「⋯⋯綺麗な子だな」

 このまま放っておいたら死んでしまうだろう。

 だから意識のない彼女を抱き上げて自宅へと向かった。

 夜の土砂降りの雨の中を、明らかに暴行を受けたであろう少女を、やたらと背が高い私がおぶっているという異様な状況にも関わらず注目を集める事もなかった。

 ベットに横たえて、自分は夕食の準備のためにピリ辛の袋麺を開ける。罪悪感を紛らわせるように業務スーパーで一箱買ってある野菜ジュースを開けて飲みながら、麺を茹でる。

 ハムとネギを飾って完成。彼女の姿を見守りながら食べた。この路地裏で見つけた少女に何故かずっと目を奪われていた。いつの間にか完食していた。

 簡単に壊れてしまいそうなほどに細い。

 もし私が放っておいたらどうなっていたのだろうか。彼女の命を握っていたのだと言う事実に、一般的に考えると良くないと思われるような黒い欲望が満たされる気がした。


 そんなことを考えていたら、彼女が目を覚ました。


「ぁ、れ⋯⋯ここ、どこ⋯⋯」


 うめき声をあげて彼女は目を覚ました。

 彼女との初対面の瞬間は今でも忘れられない。私のあまりの背の高さに驚いて、小鳥みたいに「ぴやーーー!」って叫びながらベットから落ちた。

 そんなギャグ漫画みたいな事になる人いるんだ。

「助けてくれた人に向かってそれは酷くない?」

「ほえ?」

 彼女にことの顛末を説明した。どうしてああなっていたのかと聞いてみる。

「あの、どう説明したら良いのか⋯⋯」

「まぁ、話したくなったらでいいよ。あ、名乗ってなかったね。私は未知瑠、八田未知瑠」

「め、目白鈴って言います。あの、助けてくれてありがとうございました!」

 すずって名前通りのとても可愛い声だった。なんというか、素直そうで、明るくて誰からも好かれる良い子なんだろうな。

 世間話をしていたら、警戒を解いてくれたのか、色々と話してくれた。何と同じ学校に通っていて、しかも同じクラスだったみたい。分からなかった。

 好きなお弁当のおかずはご飯に合うもので、得意教科は日本史と現代文。嫌いなものは小さい先の鋭いハサミだという。それに、御伽話が好きだと教えてくれた。

 初対面から興味を惹かれる娘だった。

「今日はうちに泊まって行きなよ。もう日が暮れちゃって危ないからさ」

「ごめんね、今夜はお世話になります」

 私の大きな両手を、一回り小さい手でふわりと包んでくれた。かなりドキドキした。目白が私に向けて笑いかけてくれたのが嬉しかった。

「あの、私だけベットに寝るのは申し訳ないし、その、一緒に寝ませんか⋯⋯?」

 いやいや、流石に同性だからって無警戒すぎるでしょ。

「それはちょっとどうなんだろ」

「八田さん、だめ?」

 くりくりとした大きな目でうるうると見つめられて断れる人間がいるだろうか。仮にいたとしたら良さがわかるまでレクチャーしたい。

 いや、そんな奴はいないだろう。

「うっ⋯⋯分かったよ、しょうがないなぁ⋯⋯」

「やった!未知瑠ちゃん大好き!」

 目白の、細くて小さいけれど柔らかさを持った体を押し当てられて、危うく彼女に何かしそうになったが、距離感が近い性格なだけだと自分に言い聞かせて眠りについた。


 翌朝、目白が純粋すぎて心配だったので一緒に登校した。


 学校での様子は、よく言えば働き者のいい子。悪く言えば頼み事を断らないせいで面倒事を押し付けられているという様子だった。ほら、今だってガラの悪い奴に仕事押し付けられて、山のような大荷物運ばされてるし。見てらんないよもう。

「手伝うよ、目白だけじゃ大変でしょこれ⋯⋯」

「私が引き受けたことだからいいの。未知瑠ちゃん、ありがとうね」

 呆気に取られる私を置いて、職員室へと向かっていった。

 仕事を押し付けた連中は、目白が居なくなってから陰口を言い始めた。

 誰にも良い顔しちゃってさ、しかも何なんだよあの声、絶対作ってるだろアレ。ってかあの子のぶろっこ具合、流石にわざとらし過ぎるでしょ。なんか腹立ってきた。

「目白はそんな奴じゃねぇっての⋯⋯」 

 あんな奴らのために自分の時間を使ってやることなんてないのに。どうせ目白をリンチしたのも絶対にああいう連中だったに決まってる。

「あいつら」は、私が人と違うというだけで好奇の目で見つめてくる。勝手にイメージを膨らませてはありもしない話をさも真実かのように吹聴してまわる。

 実際に何かされたわけでもないのに。

 私は友達も話をするクラスメイトもいない。小さい頃からずっと。

身長は190cm。小学校の時点で160を超えていた。それ自体を嫌だと思ったことはない。だが肉親や姉妹以外、誰一人として受け入れてくれなかった。

「あいつら」が嫌いだった。

 断らずに何でも雑用を笑顔で受け入れる目白に対してイライラし始める前に、頭の中の邪念を追い出しながら保健室という名の避難所へと向かった。

 その後、時間を置くごとに彼女に会いたいと言う欲求が沸々と湧いてきた。

「目白、あのさ。私と一緒に昼飯食べない?」

 やっと仕事を終えた彼女を誘って二人で昼食を食べる事になった。

「いつも一人で食べてたから、誘われて誰かと一緒になんて初めてだよ」

「わっ、私が初めてってこと?」

「うん、そうだよ。初めての人が未知瑠ちゃんでよかった!」

「勘違いするからそんな事言うなっての⋯⋯」

 目白は、私が顔を赤くしている意味が分かっていないようだった。目白はずっとそのままでいて欲しいと思う。悶々としている自分が恥ずかしい。

「目白はそのままでいてくれよ⋯⋯」

「え、うん。ありがとう?」

 少し前に感じていたイライラなどどこかに行ってしまった。私は目白に、短時間でかなり入れ込んでしまっている事に気がついた。


 目白は「あいつら」とは違う。根拠はないがそう思った。



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女性同士のという名の宇宙について 鬱崎ヱメル @emeru442

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