第三話 全ては貴女のために
「放課後になってすぐ、一階のトイレに連れてかれてそこに、荒くれの仲間が集まっている。君の予想より事が起きる時間が差し迫っている!今行くから待っていなさ⋯⋯」
「もう向かってます!」
マスターと師匠から連絡をもらい、彼女の元へ疾走した。
教員への通報を生徒会に、バックアップにクラスメイトには待機してもらっていた。私が着くまで証拠の音声を録音してもらった。
到着した時、美雪は腹を蹴り飛ばされて吐瀉物を口から溢れさせていた。髪を掴まれて廊下に引きずられていた。私と目があって、口だけで何か伝えてきた。意識はたった今無くなった。気絶する前に、口が微かに動いているのが分かった。
「たすけて」
笑顔の演技を忘れてた。殺意抑えられてたかな。まぁ、いいや. どうでもいい。どうせぶっ飛ばすんだし。いかにも馬鹿そうな女を殴ってそうな奴が肩に手を触れようとする。
その手を掴んでその勢いを肩の関節の柔らかさで増幅させ、相手の肩を可動外までぶち抜く。そのまま前に出た相手を引き倒す。首に力の波を伝えて脳を揺らしてやった。
「ぎッッッッッ⋯⋯」
その場で失神した。本当は首をへし折ってしまいたかったが、美雪のためにやめた。
「何しやがんだてめぇ!」
もう一人殴りかかってくるので、肩と首を柔らかに回転させる。関節の柔軟さにより、構えることなく攻撃に移れる。左に出ると大袈裟にフェイントをかけ一気に右へずれる。
相手からは消えたように見えるんじゃないかな。腕を引き右肩の関節、腰の捻りを利用し鳩尾に一撃を入れる。骨ではなく内臓へと打ち込むことでこちらの腕が折れないですむ。
相手は痛いけどね。うずくまっている顎を靴で思い切り蹴り飛ばした。これはさっきの蹴られた美雪の分の一撃だクソッタレが。
細い角材を持ってきた奴が出てきた。頭で誘って右へ抜ける。振りかぶっているのでバランスが崩れて投げやすい。左にある教室のドアへ相手の体を叩きつける。
角材を奪って、向かってきた3人目を上から打つふりをして振らず、顔面を鐘をつく要領で殴り飛ばしてやった。後方に吹き飛んでいった。
次は主犯格。喧嘩殴りは、かわしてよろけている相手の横腹を角材で打つ。打身程度で済んでたらいいね。そして、最後の一人はナイフを持っていたが、小手の要領で手首から撃ち落として、渾身の右ストレートを叩き込んで終わり。彼女の元へ駆け寄る。
「美雪、もう大丈夫だからね。ごめん遅くなって、ごめん。本当にごめん⋯⋯また美雪を守ってあげられなかった⋯⋯」
彼女の方から抱きしめられた。
「げほっ⋯⋯ごほっ⋯⋯いえ、そんなことないの、違うのよ⋯⋯」
警備員と先生が来てあいつらは連れて行かれた。そして、美雪と一緒に救急車へ乗って病院へ行きそのまま翌朝まで、彼女が起きるのを待っていたが、早朝に起きる気配があったが、休ませてあげたいと思ったので、美雪ママに変わって家に帰った。
何かメッセージを送ろうと思ったが負担になると申し訳ないのでやめておいた。私は報われなくても良い。美雪が幸福であれば自分も幸せだ。
結局、彼女は全治二週間の怪我を負っておりそのまま入院することになった。傷害事件だったので事情聴取が何度かあったり、学校側からの協力も求められたので忙しく、美雪の意識が戻ってからまだ顔を見られていないことが気がかりでならなかった。
今まで集めた強力な証拠を全て学校側に預けたことが決定だとなったのか、主犯格はもちろん暴力を振るった生徒全員が退学処分となった。
私は妥当な処分だと思う。私自身もやりすぎたとは思っていない。部活に参加していたのもコネを作るためであり、人心掌握の実践トレーニングで、交渉術も独学で身につけた。
愛した人を傷つけられて、怪我をしてここまでで済んでいるのだから、逆に感謝されたって良いくらいだろう。なんにせよこれにて一件落着だ。
ただ、私もドアを壊したので反省文を書いた。師匠とマスターが再び道場に迎えてくれた。いつの間にかお二人はお付き合いを始めたという。
「貴女たちを見ていたら、私も、その⋯⋯羨ましくなってしまって、涼さんを助けにいった後にマスターに思いを伝えたんです」
師匠の耳がみるみる赤くなっていった。
「あぁ、もちろんオーケーしたよ。いつになったら求愛されるのかと泳がせておいたんだ。色々と悶々として悩んでいる姿が愛おしかったな」
「もう、意地悪なんですから⋯⋯」
「冗談だよ。君の反応が可憐でつい悪戯心が湧いてしまうんだよ」
二人の幸せそうな姿に、少しだけ心がチクリと痛んだ。それでも祝福する事ができている自分に少しホッとしていた。
全てが落ち着くまでに彼女の退院の日にやっと個室の病室に顔を出すことができた。美雪ママは私に気を遣ってくれて、席を外してくれていた。
顔を一目見た瞬間に久しぶりだから気まずいかなとか、そういえば嫌われているんじゃなかったかなんて思いはどこかへ飛んでいった。
お互いが言葉を発さずとも通じ合っていることが理解できていた。美雪が腕を広げ迎え入れ抱き抱えてくれた。彼女の体温を、心奥の鼓動を、生きているという喜びに心が震えた。
自分の中で張り詰めていた緊張の糸が切れてしまい、涙を抑えることができなかった。
「どうして頼ってくれなかったんだよぉ⋯⋯」
情けないな。カッコ悪いよね本当にさ。
「ビンタされた時は、私は美雪に嫌われたんだって本気で思って、諦めようとしてたけど、顔見たらやっぱり好きなんだよ今でも⋯⋯」
言ってしまった。もう仕舞い込んでいた思いを吐き出した。
「⋯⋯そう」
美雪は表情を変えずに私の頭を撫でてくれた。あぁ、温かい。彼女はあまり表情が豊かに見えず誤解されるが、優しくて面白い子なんだ。
「結果として大怪我もさせてさぁ、悔しいなぁ⋯⋯颯爽と登場して全員倒して、そしたら美雪に振り向いてもらえるかもって、友達以上になれちゃうかもって浮かれてさ」
もっと上手く行くはずだったのになぁ。
こんな自分でも嫌いにならないで欲しいと思ってしまっている。都合が良いことを言っているとは分かっていてもそう考えずにはいられなかった。
「下心なんて出すからこんなことになっちゃうんだよね。はぁ、だから振られたんだよね、わらっちゃうよね本当に。エゴイストだよ私ってさ」
自分の小ささにまた泣きそうになる。
「そんなことないわ、私はっ⋯⋯」
美雪はこんな私も包み込んでくれる。本当の強さを持っているのは、やはり間違いなく彼女なんだと再確認する事ができる。私はやっぱり半人前なんだ。
「こんな外面だけ繕ってる奴が、君みたいな良い子に好かれるわけないしさ」
「待って、違う、違うの!」
彼女が、ゆっくりと口を開いた。
「貴女を巻き込みたくなかったの。だって、いつも涼ちゃんに守られてばかりで私からは何も返せてない。これ以上負担になりたくなかったから、一人で何とかしようとしたの」
頼りない私でごめんね、言えないような私でごめん。
「そして、ビンタしたのは、いっそのこと嫌われてしまえば、涼ちゃんをこれ以上困らせることも無くなると思ったのよ⋯⋯」
お互いを想いあっていたのに、こんなにもすれ違っていたんだ。
「そっか、美雪はやっぱり優しいね」
「そもそも、高校だって推薦で私立のもっと有名なところに行けたのに、私と同じ高校じゃなければ行かないって聞かなかったじゃない」
「うちは学費が多くは払えないから公立にしたのに、もう貴女に迷惑かけっぱなしよずっと」
「迷惑かけてよもっと⋯⋯私たち幼馴染じゃん⋯⋯」
「ごめんね涼ちゃん、そうする、ね」
ついに二人揃って泣いた。小学生から変わってないんだなと思う。お互いが大事すぎて訳わかんなくなってたんだ。焦っていたのかもしれない、不安だったのかもしれない。これ以上踏み込んだら、決定的に何か関係が変わってしまってしまうのが怖かったんだ。
でも、もうそんな風に考えるのはやめよう。一歩、踏み出さなきゃ。
「美雪、やっぱり私は、どうしようもなく君のことが好きみたいなんだ」
「だからさ、その、もう一度お友達から始めませんか!」
膝をつき、思い切り頭を下げて腕を彼女に向ける。
「⋯⋯嫌よ」
「えっ」
「友達なんて嫌よ。私はこっちがいいわ」
「え、それってどういう」
ちゅ。
「こっちよ、涼ちゃん」
「美雪っ⋯⋯」
細かいこと覚えてないけど、お母さんが来るまで、ずっとディープキスしてました。 なんかとても柔らかかった気がします。やっと、美雪の彼女になれました。
素晴らしい日常が始まりました。
FIN
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