第二頁 とある婦妻の出会い
「最初に美彩と出会ったのは、深夜、透明化して、箒で資金の融資を取り付けた帰りに、彼女がビルの屋上から飛び降りようとしているのを見つけた時だったんだ」
とても風の強い日だった。彼女は、この世界全てに絶望している目をしていた。
「お嬢さん、どうしたんだ……い、あっ......! こら、話し中に飛び降りるんじゃない⋯⋯」
落下制御をかけてゆっくりと下ろす。だが人の世界にいて、杖もなく私の術式があっという間に解除された時は驚いたね。
「このまま死なせてくれればよかったのに……」
「嫌だね。魔女の素質のある人間は少ないんだ、知らんぷりで見過ごせるか」
とりあえず、二四時間営業の、自分の住んでいる安い賃貸マンションの近所にある行きつけの喫茶店に連れていくことにした。
着いた途端、洪水のように喋り出した。実はシングルマザーである母親の家から、家族に言わず家を出ざるを得なくなったという。他にどうしようもなかったらしい。
「腹が減っているだろう、好きな物を食べてもらって構わないぞ」
「⋯⋯お言葉に甘えさせてもらいます」
彼女はミックスグリル。私はカレーライスとコーヒーを頼んだ。
「ブラックジャックですか?」
「よく分かったね。試しに真似したらハマってしまったんだ」
軽口を叩くくらいの余裕は生まれたらしい。空腹だったのかがつがつと肉たちをライスで追いかけてはナイフで次の獲物を切り分けて口に運ぶ。
「こらこら、もっと味わって食べなさい。詰まるぞ」
「子供扱いしないで下さい」
と言いつつやっと落ち着いて食べ始めた。その間に彼女の身の話を聞いてみる事にした。私も自分がお人好しだとは思うが、自分より年下の少女を一人にさせることはできなかった。
元々PCに関わるエンジニアになるための、大学入試の勉強の合間に読んでいたオカルト、取り分け「魔女」についての本が好きになり、試しに家にあった中古の本に載っていた簡単な儀式をやってみたら、なんと出来てしまったのである。
勉強は好きだったので、魔術を覚えるのが楽しくて仕方なかった。だが、できることが増えていくごとに、他者のためにその技術を使いたいと思うようになったという。
「色んな方々を助けてあげられたと思ったんです。技術があったのでホワイトハッカーの真似事して、ストーカーを捕まえた時だってあって、その子はありがとうって言ってくれたんですよ」
その後の経緯はよく聞く通りの流れで、人を助けるための儀式による魔力行使を見られたことが近所の噂として広まってしまい、魔女だ魔女だと騒ぎ出す連中がやってきて、家の落書き、無言電話や悪質なビラが撒かれるなどの嫌がらせを受ける結果となった。
そして、根も葉もない嘘が出回り、高校でもいじめられることになり、母親は心を病んでしまって家に篭りがちになり、今は、鬱になり病院で過ごしている。
今日やっと卒業式だったらしい。母の治療代に充てる保険金のため、そして、起こったことは自分のせいだと思い詰め、全てを背負って死ぬつもりだったようだ。
「……酷い話だな」
自分のことのように苦々しい気持ちになった。
「あーあ、死ぬの怖くなっちゃったなぁ⋯⋯」」
彼女のように後天的に魔術の才能に目覚めると、途端に周りの見る目が変わって孤立を深める場合が殆どで、馴染めず溶け込めない。
社会から外れてしまうか、狂人扱いされて精神病院行きか、自分の個性を殺して、死んだようにずっと生き続けるのか、もしくは⋯⋯
「なら、うちに来てくれないか。人肌が恋しいんだ、だから来ておくれよ」
でも、放って置けないよ、やっぱり。
「うわぁ、ナンパですか。ついさっきまで死のうとしてた女子高生に見境なしとか、マジで本当に寂しいお姉さんですね……」
おお、この子は女同士でも抵抗ないのか⋯⋯いいね!
「手厳しいねぇ、はっはっは!」
「笑うとこじゃないでしょ⋯⋯」
「で、どうするんだい。何もしないからきちゃいなよ」
最初の出会いはこんなものだった。一泊だけが何日も伸びて、いつのまにか、名前も知らない同士の奇妙な生活を続けていくことになっていくわけだ。
人間界の仮住まいは、単身者用のマンションだったが魔法で空間を引き上していたので、そこそこの広さがあり、暮らすには十分だった。
私の使う魔法にも興味を持ってくれたようで、自分にとって初めて魔術の手ほどきをすることとなったが、彼女の理解の早さに嬉しい気持ちになった。
あっという間に魔女としての才能を開花させ、同時に勉学をもう一度深めてみたいと思い、大学進学も目指すようになった。学費は私が世話した。
弟子のために一肌脱いだってことだ。
「学費を出させるんだ、留年したらカエルにでも変えてやろう」
「しゃ、しゃれになってないですよそれ⋯⋯」
ぎこちなかったが、一つ屋根の下で長く過ごしているうちに、あぁ、こんな子と一緒に人生が歩めたら幸せだろうなと、料理をしている背中を見てぼんやり思うようになっていった。
それは自分だけだと思っていたが、彼女もそう思ってくれていたようで、距離が近づいてくるのは当たり前で、気がつくと美彩を押し倒していたし、彼女はワタシに抱かれたいと言ってくれた。
今でも美彩の体の柔らかさの感触は鮮明に思い出すよ。
「アル、恥ずかしいですよそんなの⋯⋯」
隣の美彩は首までを赤くしていたし、目は潤んでいた。太ももの上にあった手をとっただけでびくりと震える。恥ずかしがっているところも可愛いね。
必死にワタシを求める姿が愛おしくてたまらなかった。こんなに誰かを愛おしいと感じることなど、高校時代の悲劇の初恋があったが、その機会が二度と訪れることはないと思っていたから、時の流れというのは面白く、同時に恐ろしいと思ったね。
初恋の「彼女」は血液を作る臓器の病気だったんだ。終わりは喧嘩別れだったよ、そのことを今でも後悔しているんだ。今度、好きだったスイーツをたんまり持っていかないとな。
「アルフリーダ様⋯⋯」
その後、美彩を面接して、自分の会社に雇って秘書兼チーフエンジニアに迎えた。最初は二人だけのオフィスだったが、今や従業員は一万人の大所帯だ。
そうだ、美彩は今、マジックニューラルクラウドの開発をしていてね。ひっそり生きている一般の魔女の地位向上を目指して頑張っているよ。
「こんなところかな。入社した時から同棲を始めたけれど、その前から、婦妻になると思い合っていたから、その後にドラマチックなことはないのは困ったね」
「撮れ高がないですね……」
美彩は少し不安そうだった。
「ふふじゅ、いえ、ご心配には及びません」
フューラがふっと笑った。
「そんなことはないと思います。確かに派手さはないですが、毎日の何気ない、でもかけがえのない幸せをお二人で大切になさっているんだなって思うと、胸が熱くなりました……」
しんみりした雰囲気に吹く電子音。美彩さんのメガネ型のウエアラブル端末で応答すると、かなり大きな女性の声がする。気のせいではない。
「美彩? えっと、明日お母さん食品部門代表として見本市行ってくるから」
「お、おおお母さん!今はかけてこないでって言ったでしょ!」
「あら、ごめんなさいね。フューラさん、自慢の娘なので、存分にインタビューしてやってください」
次にPCから大きな音がする。
「こらあああああ! アンタまた書類にハンコ押すの忘れてんでしょ!そんなんだからこの美女に振られんのよ、分かってんの?」
「やめてくれよ⋯⋯またその話かい」
「あんた、記念日忘れたの何回よ」
「うっ……」
フューラが固まっている。二人はどうなったか話していなかったからだろう。
「ええっと、ああ、こちらが美彩ママで食品部門のトップだ。エジソンばりの発想なんだ。こっちのうるさいのが医療部門のトップで元カノの、マジックバイオニクスで自分を治した天才さ」
「で、来週には、マリアさんと結婚するのよ。あ、アルのママね。でしょ妹ちゃん!」
「やめてくれよ気まずいんだから……」
フューラは理解しようとせず、考えずに感じとった。ある意味では、大きな人生の勉強になるような大切な局面であった。
「……」
「どうしたんだ美沙、やけにスキンシップを取ったりして」
やっと静かになった。さらに、空間の静けさに拍車をかけたのは、美彩の、とても大胆な行動に他ならなかった。右腕に縋り付いて顔を見上げてくる。なるほど……
インタビューは突然終わりを告げることとなった。
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