第二話 あなたと私の暮らし

 翌朝、朝食を並んで食べることになった。仕事に向かう前にコーヒーと食パンを用意してくれていた母さんは、私が友達を連れてきたいうことをとても喜んでくれた。

「三人で食べるのも楽しいわね! もっと食べてね、ええっと、お名前は?」

「ちょっと、母さん急に何を言ってるの⋯⋯」

 鬼崎さんがこちらに向き直る。

「あかね、です。 鬼崎 茜って言います。 お世話になります。下の名前で呼んでもらっていいっすよ」

 母さんが頭を抱えた。あ、いつものトリップだ。

「何てこと! あおいちゃんとあかねちゃんだなんて素敵だわ!」

「あ、ありがとうございます⋯⋯?」

 困惑しながらもなんとか合わせてくれた。

「あらあらあらまあまあまあ〜〜〜〜〜〜♡ よろしくねあかねちゃん、今日から貴女も娘よ!」

「ぎゅーってしてあげちゃう⋯⋯」

 流石の鬼崎さ、いや、茜さんも面食らっていた。母さんが漫画家だったのを忘れていた。姉妹モノ萌えのスイッチを押したらしい。でも、久しぶりに騒がしい朝だった。

 家を出るまえにお弁当を渡した。

「どうぞ」

「なんだ?」

「ええと、今日の昼食です。一人分の料理の味付けは難しいので、そうだったなら二人分作ってしまおうかと思いまして⋯⋯」

 本当は、昼食代を浮かせるくらいの手助けをしたかったからだ。正直にそう言えないのはなんとも歯がゆいと思った。私は身勝手な人間だと思った。


 かといって茜さんの素行は劇的には良くならなかった。でも、それでもいいと思えた。


 お弁当を作るようになって、同じ家でご飯を食べて眠って息をする。その関係性が私にはしっくりきていて、隣に茜さんがいることが嬉しいとさえ思うようになった。

 私が作ったお弁当はご飯一粒残さず完食してくれる。綺麗にしてから返してもらっているし、毎回美味しかったと言ってくれる。それだけで嬉しかった。

 しかし、出席日数がギリギリで、クラス内でも両親がもういないということはよく知られてしまっており、息苦しくて息が詰まって居づらくて授業を抜けていることも多く、先生方からの印象はすこぶる悪いと言わざるをえない。

 でも退学になってしまったら、茜さんと会えなくなる。何故か私には、今はそれが一番悲しいことだと思った。なので強硬手段に出ることにした。

「お前、何してんだよ」

 疑問に思うのも分かる。しかし、ここまで関わっておいて放っておくことはできない。彼女がいる場所は給水塔の一角にいるということは、生徒会で把握済みだった。

「お弁当を届けにきたんです」

 空いた隣にお邪魔する。多少強引に行っても、茜さんは怒ったりはしない。なんだかんだ言って優しい人なのだ。そこに甘えさせてもらった。

「ついでに私もサボろうかと思いまして」

「じゃあ他所行け」

「⋯⋯お嫌ですか」

「あ?」

「茜さんは嫌ですか、私が、蒼がいるのは」

「⋯⋯だあああ! わっしたよ! 好きにしやがれ」

あ、こういうの弱いんですね。ふむふむ。何はともあれ屋上以外に連れ出せたのは僥倖。 茜さんの実は優しいという素晴らしい長所を利用するというのは、自分としても不本意ではあり、いつかは学校生活を楽しんでもらおうと思っている。もちろん私と一緒に。

 次の日はお弁当を忘れたと言って、教室でお昼を食べた。周りはざわついていたが、クラスメイトの皆さんは興味津々といった様子だった。

「いつもより美味しい⋯⋯私いつも一人で食べていて、寂しかったからでしょうか」

「嘘つけ、ここの人気者の癖によ」

「はて、何の話だか」

「図太いなお前⋯⋯」

 二人で肩を並べてランチができたことは、本当に嬉しかったんですけどね。これはいけると思い、次は泣き落としで授業に連れてきた。

 もちろん私が隣に座り、付きっきりで受けてもらう。席をくっつけて、一つの教科書を見る。何故なら茜さんは買う余裕はなくて持っていないからだ。

 勉強ができないはずがない。入試には合格しているのが証拠です。食という部分の懸念がなくなったおかげなのか、大人しく聞いていた。

 彼女の横顔が、あまりに素敵だった。外見で誤解されるかもしれないが、ノートの取り方一つとっても根の真面目さを感じ させる。先生に指名され、淡々と応える姿に嬉しさが込み上げてきていた。

 他のクラスメイトの方から話しかけられることもだんだん増えてきて、少しづつ怖がられることもなくなってきていた。

「茜さんと蒼さんって仲良いよね」

「そうそう、見ていて微笑ましいっていうか」

「ノロケかぁ?」

 なんだか照れくさいですね。私としてはもっと仲良くなりたいと思っているので、効果が出ていることが素直に嬉しかったし、茜さんもその状態が好ましいと思ってくれている。

 心の距離が近付いているという実感は、私の中で大きな喜びへと変わっていた。

「飯作ってもらってるし、まぁ、ありがたいって思うよ」

「えっ、そういうことなんですか」

「ちげえよ!」

 耳まで真っ赤にしちゃって、可愛いですね。いけないいけない、揶揄ってはいけな いですよね。だって私も、さっきから顔が熱いんですもの。


 こんな日が続くと思っていた。幸福だった学校生活に、アレがやってくるまでは。

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