act.2 クローズド・コンバット

「一体誰が連れて来たんだろう⋯⋯」

 壁を叩いてみるが何も分からない。背後に、ゆらりと立ち上がる影が一つ。

「そんなの、誰でもいいわ。ちょうど二人きりになりたかったしねぇ⋯⋯」

 姫乃が、尋常ではない恐ろしい殺気を放っているのを、ひしひしと肌で感じる。今まで見たことのない表情、まさに鬼の形相で立っていた。

「昼間のあれは何?なんだったかしら、役を譲るってやつ」

「それは、姫乃の方が僕よりもあの殺陣が映えると思ってだね⋯⋯」

 僕の言葉を遮るように右手を挙げた。彼女は、砕けてしまうのではないかというほどに左の拳を握りしめていた。小さい時から、納得できない事があるとする癖、変わっていないな。

「だから主演を降りるっていうのね。へぇ、そんなに余裕があるって?」

「違うんだ。僕はただっ⋯⋯!」

「アンタはいいわよね、役もレベルが上がると選びたい放題だもの」

 違う!違うんだ⋯⋯僕は純粋に⋯⋯

「私は、ずっとアンタが羨ましかった。できることも多くて、実戦格闘も私よりも強い。フリを覚えるのだって恐ろしく早くてさ、そんなアンタをずっと妬ましく思ってた。私はあんなに覚えるのに時間が掛かるのに、アンタはすぐ覚えて、努力を才能で超えていくんだもの」

 自傷するように微笑む。そんな顔させたくなかった。

「僕は君みたいになりたくて努力してきたんだ。君と並んで舞台に立てるように⋯⋯」

「だから、憧れのアタシに役を譲るですって?ふざけんじゃないわよ、馬鹿にしないで!アタシが血の滲むような努力をしてアクションの舞台に立ってるのに、アンタは!ただの情けで主演を降りた!」

 返す言葉がない。それは蔑みだと思われて当然だ。

「許せない!修持は、アタシが幼馴染のよしみで役を渡したのよ!これは、努力で主役を得ようとしている私への侮辱!だから、これはアタシの復讐よ。ここでアンタを叩きのめして、私が自分の力で主演を手に入れて、アンタを超えてやる!」

 彼女の言葉に反応して、一瞬のうちに黒いスーツ姿になっていた。そして真っ白な空間に現れた日本刀が現れる。やるしかないのか⋯⋯

 刀を鞘から外す。

「さぁ、分かったなら刀を取りなさい!」

 腰に刀を下げると、模造刀の重さではないのは明白だった。

「ふっ!」

 姫乃が一瞬で有効範囲へ接近してきて一太刀。最短ルートで腕を運び刃を打ち返し、間合いをとり次の一撃の隙を狙う。突いてきた刀を反らせ崩れた重心に一撃見舞えると思ったが切り上げてくる。刀を通して初めて視線が交錯する。僕への怒り、悲しみ、そして憎しみがあった。

 鋼同士の撃ち合う音だけが響いている。一進一退の攻防。鍔迫り合いで空いた隙に僕の渾身の一撃を見舞って後退させる。だが少ししか効果はない。

「アンタの実力はこの程度じゃないでしょうが!」

 剣撃に打撃が加わり、ついに姫乃に頬を切りつけられた。

「私は本気よ。これで分かったでしょう⋯⋯」

 姫乃が姿勢を低くし走り込んでくる。切り上げに合わせ対応するが、振るった刀を体を逸らして躱し足を狙ってくる。既のところで弾いたが、明らかに押され始めている。

「本気で来なさいよ⋯⋯ねぇ!」

 一太刀ごとに体が軋むほどの圧力、それだけ本気なのだと分かる。やはり姫乃は素晴らしい。その輝きは僕の人生の目指す星。彼女がいるから舞台を目指したんだ。

 だからこそ、全力で争い続ける。もっともっとだ、君の力はその程度のはずがないんだ。全力を出した姫ちゃんが見たいんだよ。ただ、傷つくのは僕だけで良い。

 姫乃は、これでは埒が開かないと思ったのか、刀を捨て流れるような動きでFN-fivesevenを腰から抜き、躊躇なく引き金を引いた。

 咄嗟に僕は生成された柱の影へ飛び込む。すぐさまホルスターのコルトガバメントで応戦し柱を挟んだ撃ち合いになる。あくまで威嚇射撃だ。

「撃ちなさいよッッッ!何度も隙があったでしょうが!」

「嫌だ!君を傷つけるなんてできない!」

 柱から柱へ移り弾を躱す。姫乃は一歩一歩とこちらに近づきながらの、頭を狙ってくる的確な射撃で惚れ惚れする。そうだ君はもっと輝ける。

 弾切れになったのか、一気にクローズドコンバットへ移行し仕掛けてくる。ナイフを取り出して接近戦に変わる。この距離でも姫乃は美しく力強い。

 死力を尽くしても防ぐだけで精一杯だ。傷つけたくない気持ちはあったが、実力差は歴然で彼女に有効打を与えられないだけである。

 僕は防戦一方だった。心の動揺を彼女に気取られ、ナイフを叩き落とされ腹に蹴りをモロに受けて後ずさってしまい、その間に腕の関節を抑えられて投げられてしまった。

「アンタさえ、修持さえ、この世に存在していなければ、こんなふうに苦しむこともなかったのにいいいいいいっ⋯⋯!」

 馬乗りになった彼女は泣いていた。美しい顔をぐしゃぐしゃにしながら慟哭していた。コンバットナイフを喉元に突きつけられている。がたがたと震えている。

「アンタはたった三年で、三年で、私を追い抜いついてきて、新星現るって注目されて、私は子供の時から武道家としてやってきた。十四年もかかって、やっと、ここまで来たっていうのに!」

 腹の底から噴き出る思いをぶちまけている彼女もまた綺麗だった。

「いつも親の七光りだって言われて、誰も正当に評価してくれなかった⋯⋯アンタだって、私の金剛寺の名前で役を譲ったんでしょ!」

 腕を押さえて抵抗する。僕はそんな浅はかな人間ではない。

「本当に、君にその役をやってほしいから譲っただけだ⋯⋯っ」

「心のあり方すら負けてるじゃない。アタシとアンタの何が違うのよ!」

 目新しさで持て囃されただけだ。本当の強さはカメラやメディアには映らない。僕だけは知っているんだよ、君の努力と実力はね。他人には分からない。

「アンタが憎い!アンタの顔なんて見たくもないのに、どうして、私の頭にいつまでもこびりついて離れないのよ⋯⋯」

 憎しみという感情は、何の興味の湧かない相手には向けられない感情だと僕は思う。ずっと本気で学園の女の子たちに告白していたが、王子だと言ってはくれる子ほど引いていった。

「様の束縛には耐えきれません、ごめんなさい⋯⋯」

 中学に入った時に、姫乃と並ぶにふさわしい自分になる為に「今の自分」を始めた。やり始めるうちに、これはなりたかった自己像だったことに気がついた。

 だが中学校ではファンの子ならと告白して付き合っても、すぐにそれが一時のときめきだと気がつき別れるという経験を繰り返したせいで、別れられるのが恐ろしくなり奥ばくをするようになった。

 自らが安心するために。それは間違っていた。姫乃という良き人がそばにいたじゃないか。灯台下暗しというレベルじゃない。僕の目は節穴だったんだ。


「アタシのグチャグチャになった頭の中を元に戻しなさいよ!ねぇ!」

 

ずっと求めていた存在は、こんなにも近くにいてくれていたんだね。


「そこまで僕のことを想ってくれていたんだね。ふふふ、嬉しいなぁ⋯⋯」

 嬉しいよ姫乃、あぁ、僕を愛してくれるのは君だったんだね。

「何言ってるのよッ⋯⋯アタシはアンタを殺すつもりだったのに⋯⋯」

 僕だけを見てくれていたのは姫乃だけだったんだ。やっと見つけた、僕だけのカボチャの馬車のシンデレラ。運命の人。生涯愛すべきたった一人の女性。

「僕は今、やっと真実に気がついたんだ」

 信じられないよね、でも、仕方ないよ。

「違うの!勝手に嫉妬して、勝手に自棄になっただけ!」

「本当にそれだけかい?怒りだけだったのかい」

「どういうことか分からないわ⋯⋯」

 そうじゃないんだ。

「僕にゾッコンだったんだね、姫ちゃんは⋯⋯」

「何言ってんのよッッッ⋯⋯!」

ナイフを押す力がなくなっていく。

「姫乃。人は、本当に嫌いなものには無関心になるんじゃないのかい。姫乃と本気で戦って、僕の持っていた憧れの気持ちは、恋へと変わったんだ。」

 両思いだったなんて嬉しいよ!夢のようだ!

「君の思いも、同じなんじゃないのかい」

 姫乃が狼狽する。こんなに苦しいものが恋、そして愛なはずが無いと思っているのだろう。無理もない話だ。恋愛は幸福への近道ではないという事実は受け入れ難いだろう。

 しかし、人間は思っているほど論理的ではないのだ。

「嫉妬も羨望も、憧れも悔しさも、それに恋心も、頭の中で滅茶苦茶になってるのに、それでも同じだっていうのね⋯⋯アタシ、修持に酷いこと言ってしまったわね⋯⋯」

 あぁ、姫ちゃん!なんて愛らしいんだ!

「こんなの全く平気さ、それだけ強く想ってるってことじゃないか」

 何も問題はないんだよ。でも、君はそんな自分を受け入れられないだろうね。

「駄目よ。そんなの甘えだわ。やっぱり、アタシはそれじゃあ納得できない⋯⋯」

 復讐の対象が自分に移りかけたその時だった。唐突な極大衝撃!デカい!ゴウランガ!クソデカバトルハンマーがシリアスの空気を粉砕!これはニッポンが誇るインディビジュアル歴史書、ドウジン=シに描かれる、破壊と萌えの象徴!ドーモ。マホウショウジョ=サン。

 一瞬の隙にナイフを投げ捨てることができた。

「ごめんなさい、アタシは何でこんなことを⋯⋯」

「いいんだよ、僕は姫乃のどんな一面であったとしても愛するよ」

 僕は君になら殺されてもいいくらいに惚れてしまっているのさ。運命の悪戯でね。

「尊い百合の守護者!パワフルリリィちゃんでーーーーーーーーすって!そこいちゃつくな!」

 唐突にやってきた魔法少女により、訳の分からないうちに、出口が破壊され、無事に脱出する事ができるようになった。ここに、こじらせ令嬢とヤンデレ王子という異形のカップルが生まれたのである。

「あ、そうだ。忘れ物してないか確認してくるよ」

 姫乃にそう告げ、部屋へ戻る。しっかりと見回りをする。彼女のものは一つ残らず、全て僕のものにしたいからね。自分だけを見てくれる君を、もう離さないよ。


 部屋から脱出した僕と姫乃の距離はぐっと近づき、公式にお付き合いを開始する。裏ではお似合いのカップルであると言われているようだ。

 姫乃の蹴りはより力強く、修持の動きはより早く、アトラクション部の二代エースとして君臨することとなる。二人はこの先も、お互いを高め合いながら共に生きてゆくだろう。

 

 そして、至るだろう。アクション俳優を超えた、婦妻の戦闘者に。


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