復讐しないと出られない部屋に閉じ込められたが僕には理由が分からない。

act.1 学園の王子と姫

 真っ白な壁に、サイバーパンクを思わせるフォントで表示された「復讐しないと出られない部屋」という言葉を自分で反芻してみたけれど、全くピンと来ない。復讐だなんて、僕の人生にはそんな物騒な言葉は縁もゆかりもないものだったからだ。

 僕はいわゆる学園の王子様と言われる存在だ。学校のみんなにも先生方にも慕われている。それも無理はないだろう。こんなにも運動神経抜群、容姿端麗、学業優秀で、しかも何しろ僕は罪深いほどに美しいのだから。ただ、僕は自分が好きなように生きているだけだから、その部分を子猫ちゃん達にきゃあきゃあと黄色い声援が貰えるなんて幸せだと思ってる。特に、女の子から好かれるのは嬉しいと思っているよ。だから、ファンサービスはするし口説きまくっている。

 僕は女性に好かれたい。子猫ちゃんは存在自体が尊い。あんな天使たちに気にかけてもらえるなんて嬉しいことじゃないか。だからどんなこともしたいんだ。


 ⋯⋯何故かだって?


 そんなの簡単なことじゃないか。女の子に好かれたいと思うことに難しい理由は必要ない。誰だってモテたいだろう。それに、僕は全ての女性を心から愛している。私はある人への想いを終わらせて次に進む為に、この三年間で何度も愛を囁いた。でも誰も本気にはしてくれなかった。

「僕は、本気で言ってるんだけどな⋯⋯」

 また今日も、下級生にした告白も冗談として受け取られ、真剣に取り合ってもらえなかった。彼女を呼び出した屋上に取り残された一人ぼっちの弱音を、誰も拾い集めて慰めてはくれない。たった一人の例の彼女を除いては⋯⋯

「あらあら一人ぼっちで可哀想、じゃあ、この私、学園のマドンナのわ、た、しがタダで「彼女の役」を演じてあげてもいいけど、ねぇ、どうするの、修持(しゅうじ)サマ⋯⋯」

 彼女はこの学園のヒエラルキーの頂点ながら、努力もせず怠惰に過ごしている人間を見つけてはどんな手を使ってでも追い出そうとする悪辣令嬢にして、代々続く演技派アクション俳優一族の金剛寺 姫乃(ひめの)だ。彼女は僕と幼馴染で、そして、同じ名門アトラクション部に所属し切磋琢磨し合いながら技術を向上さあっている。

 姫乃は、子供の時から、ずっと僕に対して対抗心を燃やし続けている。だがそれは筋違いだと言っておく。そもそも、僕がこの道を志したのは他ならぬ彼女を隣で見ていたからだ。その姿がかっこいいと思ったからだ。憧れて、姫乃のような、強くてかっこよい人物になりたいと、幼稚園からここまで追いかけてきたんだ。ずっと努力を積みながら。

 姫乃は子役としてアクションの現場に立っている時から、世界で一番輝いていた。


「ひめちゃんみたいにかっこいい人になりたい⋯⋯泣き虫な自分を変えたいな⋯⋯」

「ふん、良い心がけね。せいぜいがんばりなさい」

「うん、いつか同じ舞台に上がろうね!」

「じゃあもう一度、組み手いくわよ、ハァッ!」


 二人だけの鍛錬、本当に楽しかったな。僕と姫乃だけの時間がとにかく嬉しくて、小学生の僕は、舞い上がっていた。中学校に上がった頃に、初めてアトラクション部に入って、そこで必死に努力して自分が思う「かっこいい」人間になるための土台を作って表現できるようになった。姫乃という大きな背中を追うために、努力し続け背丈も姫を追い抜いた。

 その頃からだ、姫乃が変わってしまったのは。

 私の顔を見るだけで、彼女は顔を歪ませて激昂するようになった。

 それでも、私は彼女のことを愛していた。


「それは本当かい、プリンセス。あぁ、僕の心の隙間を埋めてくれ」


 勤めて真面目にしていたが拒絶される。

「アンタの気障ったらしい演技なんてうんざりなのよ!どうせ私への当てつけなんでしょッ!?」

 彼女は僕の胸ぐらに掴みかかってくる。

「ち、違うよ姫ちゃん。気を悪くしたなら謝るから⋯⋯!」

 どうして昔みたいに呼んでくれないの、修持って。僕はずっと君だけを見ているのに。君だけをずっとずっとずっとずっとずっとずっと追ってきたのに、どうして振り向いてくれないんだ。姫乃さえ僕のことを愛してくれたらこんなに苦しまないで済むのに。どうしてなんだ。

「うっさいわねぇ!アンタにだけには絶対に負けないから!」

 打ち込まれたハイキックを両腕で受け止める。流石、ブルース・リーの再来と呼ばれた若手の至宝の一撃だね。なんという重さだ。受け止められるのは僕だけだ。

 同じ道を志しているものとして誇らしいよ。あ、今日の下着はフリル付きの白か。かわいいね。

「どこ見てんの!ふん、主役は実力で奪ってやるわ、覚悟なさい⋯⋯」

 怒りに歪んだ顔も素敵だ。姫乃は僕を見ることなく立ち去っていった。どうして欲しいものは手に入らないんだろうか、こんなにも焦がれる思いはやはり恋なのだろうと思っている。届かないことが悔しクテたまらない。駄目だ、こんな邪な感情は捨てなければいけないことは分かっている。彼女の背中を見送り、私はもう一度、学園にあるジムへと戻った。


 私は、日課の姫乃ストーキングを始めた。上級生に告白されている姫乃を単眼鏡で見ていた。


 あれは二年の武部 茜音でまず間違いない。ずっと姫乃の追っかけをしている女性だ。たが何で、どうして、どうして満更でもない顔をするんだ。

 ひ、ひっ⋯⋯姫ちゃんは僕が最初のお友達だったんだ。彼女が今の僕を作り、そして、恋すら君から与えられたのに、君が僕の全てで、君を振り向かせくて、追いついて同じ景色を見たくて、ずっとやって来たんだ。なのに、あんな!ぽっと出の女にときめくのかッッッッッ⋯⋯!?


 もうやり口は選んでいられない。なら、もうやる事は決まっていた。 


 翌日、次の定期公演の演目をどうするかの会議になり、姫乃には内緒にしていた、とあることを議題にあげた。元々、この公演の主役である佐々木小次郎は僕が行うことになっていた。

 だがこの演目は姫乃にこそ相応しいものであり、私は、彼女の鬼神のような煌めきをより多く引き出せると思ったからだ。いや、間違い無くそうすべきだろう。

「メインの役を姫乃に譲りたいと思っている。僕は、姫乃がこの部に伝説として伝わる「連続十人切り」のアクションを全てこなしているところが見てみたいんだ。彼女ならばできる。それに、君たちも彼女の全力が見てみたいとは思わないか」

 僕がこう進言すると、3年次の先輩も同意してくれた。

「金剛寺さんはどう思う?」

 姫乃の眼の中に、鬼神が宿っていくのが見えてしまった。

 これだ。これこそ僕の求める姫乃だ。

 その顔が見たかった!ははは、ははははは!僕を!僕を見てくれ!

「急なお話しで驚きです。時間を頂いてもよろしいですか」

 目が笑っていない。良くない事だが憤怒に突き動かされている姿が綺麗だと思った。そうだ、そうだよ姫乃。君に相応しいのは僕だ!僕以外を、見るんじゃない!


────そして、話は冒頭に遡る。


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