余談 その腕は血塗られている

 私は異形の左腕をしならせ足を払う。地面に転んだ奴の頭をカイナさんが食いちぎり、そのまま飲み込んだ。とあるOLの女性からの依頼で、悪質なストーカーを見つけ話し合いにより解決を図ったが、敢えなく失敗した。

 さらに暴れ出したので始末した。痕跡の改竄をしてその場を離れる。人の形に戻った私達は、そのまま予定通りホテルへチェックインした。

 私はベージュのロングドレス(背中のもう少し開いたものを着ようと思ったら、彼女にそんな魅力的な背中を見せられたら理性がもたないからやめてくれと言われ断念。あぁ、可愛い人です)だ。

 カイナさんはシンプルな黒のスーツを着ている。サイズがなくてメンズスーツを買う羽目になった。もともと婦々揃って身長の高さゆえに目立っている。

 私が186cm、カイナさんが193cm。会場をざわつかせてしまった。本意ではない。私は目立ちなくない人間だ。一般の人々に悪い影響は与えないと、例のオカルト部の彼女と約束したことを思い返す。

「ご予約いただいた、えー、カイナ様でお間違えございませんか?」

「本日はどうぞお越しくださいました。お連れ様はご友人⋯⋯」

「家内だ」

「⋯⋯⋯失礼いたしました」

 ウエイターさんに殺気を出すのは流石に可哀想かも知れませんね。席に着くと上等なシャンパンを開けていただけることに。

 気を使わせて申し訳ない気持ちになった。だが、カイナさんはやはりこういった場所においても堂々としている。彼女は格が高さは伊達ではないのだと思った。

 そういえば、嫁ながらあまり過去を話してもらえないことを思い出した。前菜の後にスープが運ばれてきて、お互いにグラスを掲げあった。

 テーブルマナーは教えたら一度に覚えたのでありがたいと思う。順応することができる。それが彼女の尊敬する部分だった。魚料理を頂き、あとはメインとデザートを残すのみとなった。

「今日の料理はどれも素晴らしいな」

「えぇ、今日は出会って半年の特別な日ですもの」

「美奈子の怪談作家としての頑張りの結果だな」

「貴女だってボディガードの副業も好評じゃないですか」

 雑談をしながら、過去について聞けたらと思っていた。私が異形として生き返った日。私にとっては誕生日よりも幸福な日。でも、全ての過去ではなくてもいいが、カイナさんに何があって祟り神になったのか、彼女から直接聞いておきたいと思う。

 より深く彼女と繋がりたい。もっと理解したかったのである。

「あの、私、貴女の生前が知りたいんです。いえ、話してくれませんか」

「もっとカイナさんを、一生の伴侶のことをもっと愛させて下さい」


「⋯⋯分かった、でも飯食ってからな」


 彼女は今日初めて笑ってくれた。メインは黒毛和牛のバルサミコソース、山葵が混ざったマッシュポテトだった。肉の柔らかさ、油の甘みについ美味しいと呟いてしまった。彼女はふわりと微笑んだ。

「誰かと食うって良いよな。お前がいてくれて、俺は幸せだよ」

「ふふ、そうですね。貴女がいなければ私の人生は最低でしたから」

 二人で笑いながらの食事はやはり素晴らしい。ナイフ捌きも、この人がやると様になるというか、絵になる。私に喜びをもたらしてくれている。うっとり見つめてしまう。好き、なんですよ。とても。

 食事を終えて、客室に戻った。そして取り出したのが私の生まれた年と同じ年のワインだった。神霊である彼女に出会って初めて、自分の誕生日を喜べるようになった。 

 血液のように赤黒い液体をグラスの中で傾ける。葡萄の香りと渋みが口の中に広がる。カイナさんがワインを煽って一息に飲み干す。

「俺には例えが思いつかん味だが、美味いな」

「美味しい。隣にあなたがいると、よりそう感じますね」

 外の風景を眺めながら、ポツリポツリと話し始めた。最初の奥さんのお話だ。お名前は、お菊さんと言う。野盗に襲われていたところを、腕神社の守り神だった本人が助けたのが出会いだった。

 お菊さんは善良な人だった。ただただ良き人だった。共に過ごすうちに愛着が湧き、そして彼女を娶ったのだという。お菊さんは勤勉で、思慮深い人物であった。

「腕さんに助けてもらって、ただの娘っこを娶ってくださって、大事にしてもいただいてるのですから、その分働かねば罰が当たります」 

 働かなければ罰が当たる。これが彼女の口癖だった。

 その年の冬、大凶作による飢饉が起きた。お菊さんは蓄えがあり他の村民にも、自分の分を減らしてでも分け与えていたのだという。

 だが、一人の「あの女はもっと多くの食い物を隠しているはずだ」という噂が広がり、守神のいない間に奪ってやろうということになった。

 朝、カイナさんが城下町に出て用心棒をして食べ物を手に入れている間、お菊さんは襲撃を受けて滅多打ちにされてしまったのだ。そもそも女どもが平和に暮らすのがおかしいのだと。


「お菊、戻ったぞ。今日は味噌汁の出汁に使える乾物を買って⋯⋯」


 カイナさんが戻った頃には、全てが終わっていた。二人の暮らした家の前に、事切れた彼女が横たわっているのみだった。守り神の中に、激しい怨嗟の炎が宿った。

「あの女が悪いんだ!もっと多く私ていればよかったものを⋯⋯」

「そもそも、アンタがあんな取り柄もない娘と、夫婦の真似事をしているせいで飢饉が来たんだ!」

「私らを見捨てて道楽に走った罰だろうが!」

「そうだそうだ!こっちは生きるか死ぬかなのに!」

 最後の慈悲の心を出して、村民に告げた。お菊は飢饉に備え、皆のためにと食い物を工面していたのだと。ほとんど自分は食べずに。実際に分け与えた者もいる。話してくれ、恩があるだろう。

 と言っても名乗り出る者などいない。

 むしろ戯言だと言われてしまったのである。

 あぁ、人はこんなにも他者を簡単に裏切るのだな。


「お前らに、辞世の句を詠む時をやろう。そのくらいは許してやる⋯⋯」


 あとは伝承通り、暴れ回った彼女を沈めるために腕神社が建立されたが、私があの場所を訪れカイナさんと出会い、二人であの御神体に祟り神として封じ込まれ、最後には、真琴さんに結界を壊してもらって、救ってもらったのである。

「お菊を守ってやれなかったことを、今でも悔やんでいる。俺はこの後悔を持って、現世に留まっていようと思っている。話はそんなところだ」

 カイナさんを抱きしめた。そうせずにはいられなかった。過去の傷を完全に癒すことはできないが、その痛みに寄り添って共に歩むことはできる。

「⋯⋯っ」

「何故、美奈子が泣くんだ」

「貴女の代わりに泣いてるんですよ⋯⋯」

 私は彼女の負った傷と業を共に背負って、生きていこうともう一度強く決心した。陳腐な表現かもしれないが、お菊さんの分まで精一杯生きようと思う。


 その後、私達は酔いが残った体を寄せ合って眠りについた。


 何でも屋の「万屋 猫の手」には様々な依頼が舞い込んでくる。今日はどんな迷い、困難に遭遇した人々がやってくるのだろうか。



 ───そこの、画面の前のあなた、そう。あなた。もし、猫の手でも借りたくなったら、私たちのところへ、いつでもいらしてくださいね。必ずお役に立ちますから。


 

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