幽婚婦妻行き四番口


「いいな、あなたち二人が羨ましいよ⋯⋯」

 御神体の横に寝転がって、目を閉じて状況を確認する。よく見たら、壁には黒い手形だらけだし、ラップ音はどんどん頻度が上がっているし、そこらじゅうからしている。誰かの気配はもうすぐそこからしてる。というか息が当たってる。顔に。うわ、体触られてるんだけど⋯⋯


「いいやもう。殺すなら早くしてよね、どうせ私の人生終わったし」


 何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。どうせ誰も聴いていないだろうと本音を全てぶちまけてしまうことにする。やってられるか。

「一度でいいから美月にあってから死にたかった!」

 私は本当に彼女を愛してた。

「あーあ、いいこと何もないじゃん、人生クソゲーすぎる!」

 悲しくはあったが、涙は出なかった。ぼやいているうちに気配が完全に私のことを捕捉できる距離まで急接近してくる。鳥肌が全身に立っているんじゃないかと思う。

「できるだけ痛くしないで下さい⋯⋯」

 急に体を持ち上げられた。お姫様抱っこ?え、待って本当にどういうこと?ソファと思われるところに座らさせられた。

「いつまで狸寝入りしてんだ。とっくにバレてんだよ」

 右耳に聞こえてくる吐息にいよいよ死を感じた時だった。首に回された腕の筋肉質さに驚いた。恐る恐る目を開けると、電気が煌々と部屋を照らし尽くしていた。

 そもそも部屋がまったく違う。そして隣に、いかにもガラの悪そうな女性がいた。髪はかなり短くぱっと見は男性にしか見えない。金髪というか、白っぽい金髪だろうか。

「ここにきて命乞いしない女なんて久しぶりだな」

 低くてハスキーな声だった。

 こちらに顔を近づけて、私の顔を品定めをするかのように見つめられる。恐怖と興味で頭がごちゃごちゃになってフリーズしてしまっている。

「面白い女だな、おいおい⋯⋯なかなかどうして可愛いツラしてるじゃねぇか」

「えっ、あ、あのう、これは一体どういう⋯⋯」

 左側に新たな存在がいることに気がつくことができなかった。

「そうですね。貴女にしてはいい趣味だと思います」

 肌は真っ白だったが、かなりの美女が隣に座っていた。黒のノースリーブのトップスに、クリーム色のようなロングスカートを着ている。声は落ち着いた大人の女性、といったところだった。

 まさかこの人ってもしかして。

「ここで会ったのもなんかの縁ってやつだな」

「学生の貴女が、札を切って戸を開けてくれたおかげで私たち婦妻はやっと外に出ることができました。本当に、有難うございます。これできちんと冥婚できました」

「さて、お前のおかげで受肉もできたことだし。今、なんかして欲しいことあるか?」

 その時、戸が空きあいつらがぞろぞろと入ってきた。

「サンドバックちゃんさぁ、遅いしこんなとこで油売ってるしさ。この写真ネットにばら撒いちゃってもいいよね。どっちも実名入れて女が好きな女でーすって!」

 自分がさっきよりも心の底から恐怖に怯えていることを思い出した。

「たすけて⋯⋯」

 瞬間のことだった。恐ろしいほどの殺意が両脇から湧き上がっているのが肌でわかった。あぁ、もうこの二人は人間じゃないんだと瞬時に理解した。

「未だにいるのか、こんなに不快な人間が」

「全く許し難い。殺してしまって構いませんね?」

「あぁ、キツいお仕置きが必要なようだ」

「痛くしますからお覚悟を⋯⋯」

 起こったことは断片的に覚えている。電気がふっと消え、消え真っ暗な中響き渡る絶叫。何かを引きちぎり潰す音と地響きがするほどの獣の咆哮。人間だったものがそこらじゅうにぶち撒けられた。

 そのように、元天才建築家の「美奈子さん」と祟り神の「カイナさん」から聞いた。安心したのか気を失ってしまった。ブラックアウトする直前、とても懐かしい誰かが私を力一杯抱きしめてくれたような気がする。


 目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。足元に視線を向けると、長くて美しい黒髪の女の子がいた。

「あっ⋯⋯目が覚めたのね!良かった、本当に、良かった⋯⋯」

 ぎゅっと抱きつかれた。

「み、みつ、き⋯⋯?」

 うそだ、こんな都合のいいこと。

「声がしたの、真琴ちゃんが危ないって。車で飛んで行って、それでね、う、それで⋯⋯」

 空白の時間を取り戻すように二人で抱き合った。

「良かった、本当に良かった⋯⋯」

 彼女と抱き合った時に花瓶に花が刺してあった。

「あの花は持ってきてくれたの?」

「うん、さっきまで二人の女の人がいてね、私が来るまで真琴ちゃんのこと見ててくれてたの。その時に置いていったの」

 あの二人だ。きっと美月を連れてきてくれたんだ。見えなくなっているとしても絶対に直接会って会ってお礼をしようと思った。


 また、美月と過ごせるという喜びに、今は目一杯浸ろう。


 三日ほどして退院した翌日、私と美月がルールシェアで住むことになった二階建てマンションの隣にあのお二人が引っ越してきた。目を白黒させて驚いていると何か困った時は連絡をと何でも屋の名刺を渡された。婦妻二人だけの小さい会社を立ち上げたらしい。

「私、前世というか生きてるうちは幸せではなかったかもしれません」

「死ぬ間際、必死に祈ったんです。あの人ともっと愛し合いたい、離れたくないって。そしたらカイナさんが私を怪異に変えて生き返らせてくれたんです」

「まぁ、俺も一目惚れだったしな。無茶したから封じられちまって、お前さんに助けてもらった。恩返しって言っても迷惑だろうが、何かあったら言ってくれ。女房と力になるからよ」

 そういうと他の住人へと挨拶に向かった。こうして、婦妻がお隣に越してきたのでありました。確かに彼女らは受肉した怪異です。でも、そんな二人が愛し合ってもいいじゃないかと思うんです。どうか末長く一緒にいてくれたらなと思います。


 ───今朝4時頃、異臭がするとの通報により腕神社の内部を調べたところ、行方不明になっていた6名の遺体が発見されたということです。遺体の損傷が激しく、個人を特定するのは現時点で難しいとされており、この猟奇殺人事件の謎は深まるばかりです。


 その後、私は美月と共にいちゃつきながら、その何でも屋に勤めることになる。


「このお話はひとまず、めでたしめでたし」

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