第3-11話

 アリッサとリリーはそれぞれの種族特有な常時展開技能パッシブスキルを用いて、暗視能力を働かせている。


 しかし、これが『人間』であるならばどうだろう。

 真人ヒューマン森人エルフ小人ハーフリングは、特別な遺伝情報等を除いて、先天的には暗視能力を有する事はない。修練を重ねた末に獲得する、薬物投与による感覚強化等、後天的に何らかの方法で身に着けるしかない。


 一方で先祖が洞窟を生活拠点とする事が多かった鉱人ドワーフのみが暗視能力を獲得しており、これは網膜に取り込んだ光を網膜裏にある輝板という構造が光を反射し、光を増幅させるという独自の進化を辿っている。

 この情報は広く『人間』の間で知れ渡っており、勿論、アリッサもリリーから既に聞き及んでいた。


 つまり、アリッサ達が複数のを感じるという事は、大抵の人間が暗視能力を持たないという前提条件の中で、不気味にも暗視能力を持つ集団に監視されているという意味であった。



「全く。少しも腰を落ち着かせる事も出来ないなんてね。この視線、何者だと思う?」


「暗視能力を持つ人間といえば鉱人ドワーフですが、他の人種でも斥候スカウト盗賊シーフ等の修練を積めば、暗視能力を得る事が出来ますので一概にこれというのは今の段階ではなんとも」


 斥候スカウト盗賊シーフ、その他、暗視能力を必要とする職業の習得方法はほぼ共通しており、それは暗所にて松明等の光源を使用せずに習得するまで過ごす、というなんともなスパルタ方式である。


 というのも、日光の届かぬ地というのはつまり悪神の眷属らの主戦場でもあり、その場所に長時間留まるだけでも危険性がある。

 更には光というのは人間の肉体面にとっても精神面にとっても、健全に生きる上で非常に重要な要素だ。

 そういった人間の生存本能に呼びかけるような極限状態の中で培われた夜目こそが、恒久的な暗視能力に繋がり、常時展開技能パッシブスキルとなるのだ。


 ただし、その取得条件があまりにも厳しい為に、この暗視能力を習得せずに他の職へ移るという者も少なくはない。



「そうねぇ…。まあ考えても仕方ないし、行動しましょ」


 彼女達は普段、魔物が跋扈する野生環境の中で生活しているが故に、後天的に気配察知能力が磨かれてきた。

 特にリリーに関しては、アリッサよりもその能力に関しては秀でており、それは人間だった頃に野伏レンジャーの職を経験していたからであった。


 視線の主がどういった意図でアリッサとリリーを監視しているのかまでは分からないが、おおよその方向程度は感覚的に予想できる。


 ただし、ここで注意すべきなのがアリッサ達を視ている相手の事だ。

『暗所に紛れる魔術』で暗夜に溶け込んでいる彼女らを監視できる存在など、余程、勘の良い者か特別な技能を持っているかの二択であろう。


 そういった特殊な存在がこの相手だけならば、まだ良い。しかし、この街の人間の多くがそういった技能を持っているとすると話は変わってくる。

 もはや彼女達も忘れかけていた、リリーの腕を直す為の裁縫道具をこっそり拝借する、という命題も危ぶまれてくるからだ。


「場所はもうわかってるわね?」


「はい、恐らくあの石造りの家。その二階だと」


「そう。じゃあ向こうの建物に行きましょう」


 アリッサはリリーが指さした家とは逆に向かう。

 すぐに脇道に入り、建物の角を上手く利用して視線の主からの死角に入った。

 他から受ける視線も感じず、又、周囲に人影もいなかった為、アリッサ達はその場に留まり、一息ついた。


「ふう。取り敢えず視線は切ったかしら?」


「恐らく。ですが、あの家の住民には注意が必要ですね」


「そうね…。正体はバレてないだろうとはいえ、誰かに見つかったのは痛いわ」


 アリッサがそう言った後、見つかってないわよね…?と自信なさげに呟いた。

 城壁の警鐘が鳴り響いた当日に、見慣れぬ者が辺りを彷徨うろついていたら、誰だって訝しむであろう。

 このスラムに入る前にも窓辺に人影らしきものがちらほら見えたが、先程のような視線を二人は感じる事はなかった。だが、それが必然か偶然かまでは彼女達には判断できない。


「城壁を越える際もご主人様の姿隠し術インビジブルをお使いでしたので、恐らく大丈夫かと…。確固たる自信はないのですが…」


「だからインビジブルじゃないのよ…。それよりも仮拠点となる場所を探しましょう。すぐに目的が達せられるとは限らないし、なにより落ち着ける場所が欲しいわ」


 そう言うと彼女達は直線に抜けている脇道を、来た道から逆の方向へ顔を覗かせて辺りを伺う。


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