第3-10話
「ご主人様、こちらでございます」
アリッサとリリーは、人目を避けて夜の街を移動していた。
この街の地理に明るくない彼女達は、入り組んだ裏路地は余計なタイムロスになると判断した。
そのため多少、街路灯の明かりがあってでもメインの通りを隠れながら進んだ方が良いとの事で、現在、『暗所に紛れる魔術』を使用してそのようにして慎重に進んでいる次第であった。
太陽はすっかり落ち、月はこの街の南東門と南西門の丁度、境に位置している。
先程、アリッサ達が飛び上がった際にちらりと彼女達にも確認できたのが、未だに街の東側に明かりが灯っているという事であった。
この街は兵士以外にも眠らない人間が住んでいるという事は、彼女達からしてみれば驚異の一つになりえるだろう。やはり先の打ち合わせ通り、南西にある全く人気がない区画に身を潜めるべきとアリッサ達は判断し、リリーの先導の元、向かっている。
「! お待ちください…!」
建物の影から影へ飛び移る様に移動する一行。が、リリーが何かを発見し、咄嗟に前へ出てアリッサを制止する。
何?とアリッサが建物の角から、リリーの頭越しにその向こうを覗く。その視線の先にはアリッサ達がいる通りを垂直の形で合流する、別の大きな通り。そこには颯爽と走る兵士の装いをした一人の獣人がいた。
「ん?こっちから嗅いだ事ない匂いがするニャ…」
その猫耳を頭部から生やした女性の獣人は急停止し、アリッサ達の方向へ鼻を引き攣かせながら、ゆっくりと向かってくる。
アリッサは既にリリー共々『暗所に紛れる魔術』を発動しているので、視認性に関してはとても低くなっているが臭気までは誤魔化せない。
彼女達は慌てて、細い路地裏へ逃げ隠れた。
「あ、ミューイには大事な任務があるんニャった!こんな事している場合じゃないニャ!」
猫の獣人が独特の方言で大きな独り言を言い、来た道を引き返して通りの方へ向かい、そして走り去っていく。
アリッサとリリーは猫の獣人の独り言や走り去る革靴の音を聞いても尚、しばらく息を潜める様に身を隠した。
それから一分も経つか経たない内に彼女達は目配せし合い、リリーがこっそりと抜け出て、安全を確認する。そしてすぐにアリッサへ向け、もう大丈夫です、と合図を送った。
「今の、ワーキャット《悪神の眷属》よね…?人間の街で何をしているのかしら?」
「任務がどうとかも聞こえました。もしかしたら悪神の眷属達が集まって、何かしらを企んでいるのかもしれません」
アリッサとリリーが知るワーキャットとは、猫とヒトの特徴を併せ持つ魔物であった。
その猫特有の身の熟しの軽さと、人語を解し、人界に溶け込める特質性を併せ持つが故に、悪神が有する密偵や工作員として善神、特に人間達に牙を剥く存在として認知していた。
「けれど、兵士の格好をしていたのも気になるわ。兵士の変装という事なら理解は出来るけれど、肝心の猫耳が出ているじゃない」
件の獣人はヘルメットは身に着けておらず、この国か、あるいは兵士団の物と思われる紋章が刻印された鉢金を身に着けていた。
リリーは仰る通りで、と素直に首肯する。そんなリリーを見てアリッサはこう言った。
「まあ今はゆっくりと議論している暇はないわ。ここも兵士やあの獣人の仲間がいつ来るか分からないし、早く移動しましょう」
「了解致しました。予定通りまずはスラムと思われる地域への移動、でよろしいでしょうか?」
「ええ。まずはそこで警戒が解けるまで潜伏するつもりだったけど、状況が変わったからスラムに入ってから作戦会議が必要ね」
アリッサ達は早速、移動を開始する。先程と同様、隠形の様に影から影へ忍び渡るにして進む。幸い、彼女達が着地したポイントが狙った事もあって、既にスラムが目と鼻の先にある。
数刻もしない間に、何もトラブルなく到着した。
「…着いたわね、本当に真っ暗。…けど、不思議と人の視線は感じるわ」
「ええ、私も感じておりました。それも複数の。まるで余所者の私達を警戒しているような視線です」
これまでの道は家々の明かりは落ちていたものの、レヴェルベール魔灯という動物性油に魔素を含ませた特性の燃料を用いたオイルランプが、照明柱に支えられる形で高所に灯され、それが点々と夜の通りを照らす様に適所適所に設置されているので、真夜中でも暗いと感じる事はなかった。
しかし一転して、今、アリッサ達がいるこの場所はそういった街灯と呼ばれるような類の物はなく、頼れる光源は星空と月明かりのみであった。
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