第3-9話
「ご、ご主人様!?」
「街の方へ向かって!リリー!」
リリーは急変する視界に狼狽えるも、アリッサの指示にすぐに状況を飲み込み、即座に行動に移す。
リリーは自身を抱き抱えているアリッサごと
勿論、普段時はアリッサの事を浮かせたり、移動させたりなど重量的に到底、不可能だが、今回はただ落下中だったので、出来た荒業である。
空中から壕へと向かう見た目少女の主人を、見えない紐で引っ張る様に少しずつ誘導し、街の中へと移動する。
ただし、それでも地上に叩きつけられる事には変わりないのだが。
「ご主人様、衝突は免れません…!」
「構わないわ、あなたは飛んで避けなさい」
その時、敵襲を知らせる鐘がけたたましく鳴る。今更か、とアリッサは激突寸前の
「…人様…」
アリッサは朧げな意識の中、自らの従者の声で覚醒した。
「…どれぐらい眠ってた?」
「いえ、寸刻も。…それより、その、お顔が」
顔?とアリッサは思い、すぐに得心がいく。どうやら落下の衝撃で、顔の半分、そして手足が見るも無残な形に変形し、黒い魔素が漏れ出ていた。
咄嗟に魔術で防御を張り、衝撃を和らげたが、胸にある
「通りで見えにくいわけだわ」
「治るのでしょうか…?」
「ふふ、もちろんよ」
アリッサは片目で笑う。そして大きく、周囲の魔素を取りこむ様に深呼吸した。
すると身体の欠損部位の周辺から、魔素に満ちた黒い粘弾性の液体が皮膚の表面から湧き出す様に現れ、欠損部位を覆う。
そして、見る見るうちにその粘弾性の液体が色と姿を変えていく。欠損した頭部や目玉、折れた四肢は素より、精細な彫りや皺、微細な毛までもが新たに再現され、アリッサは無事、『人間』らしい五体を復活させた。
「どう?」
「…お見事でございます」
「そう。それじゃ、早く移動しましょう」
アリッサはまるで何事もなかったかのように、立ち上がり、服に着いた汚れをパンパンと叩くようにして払う。対してリリーは魔女とはやはり規格外の存在だと、再認識したのであった。
「…おい、どうなってんだよこれは…」
城壁の兵士の一人がポツリと呟く。
彼は右手に構えた抜き身の剣を、どこへ向かうでもなく、ただわなわなと震わせ、暫くしてからゆっくりと地へ降ろした。
しかし、彼の心境も理解できよう。
今まで必死に戦ってきた鼠の大群が、突然、目の前で泥のように溶けて消失したのだから。
勿論、それを目撃したのは彼だけではない。彼以外の戦士や魔術師も目を点にして心ここにあらずと言った具合だったり、驚きつつも周囲の警戒を怠らなかったりと、その反応は様々である。
ちなみにこの現象は鼠の生みの親、アリッサが一時的に意識を消失した事による作用だが、兵士達はそんな事など知る由もない。
まるで夢でも見ていたかのように錯覚するが、城壁を勢い余って斬りつけた跡や、
「全体、周囲、警戒!鐘止め!リーヴェ班、集合!」
城壁の上をリーダー格の兵士が早足で歩きながら、他の兵士達に纏まった指示を次々に出していく。その声に周囲の兵士達は素早く呼応し、各々の役割を果たす為、能率的に行動していく様は、まるで一つの生き物のようであった。
農耕地から上がっていた黒煙は、もはやすっかりとなくなっている。火事のあった現場は既に鎮火しており、明かりとなるものが何もない。
その為、辺り一帯暗闇と化し、城壁の上からでは、見張り小屋や隣接する畑が現在、どのような状況なのか確認する事が出来なかった。
リーダー格の兵士が、集合した三人の戦士と一人の魔術師に指示を出す。
「農耕地へ行き、火事があった場所を担当していた見張りを俺の前に連れてこい。ただしクーデターを企てた可能性もある。抵抗される事を想定し、用心していけ。場合によっちゃ、農耕地に近い南東防衛班に協力を要請してもいい」
「はっ!」
リーダー格の兵士の命令に、敬礼で応える四人の兵士達。そしてすぐさまその命令を実行に移すべく、駆け足でその場を後にした。
リーダー格の兵士もそれを見送る事もなく、忙しそうにまたキビキビと動き出した。
そして、彼は自身の側近的人物を偶然見つけると、近付き、こう言った。
「フェリーチェ兵長」
「はっ」
「ここから一番、近い詰め所へ行って、今の警鐘の報告を頼む」
「了解!」
「そして分かっていると思うが、足が速いやつに伝え回らせてくれ。敵は突然消えたが、まだ警戒の余地はある。と」
フェリーチェ兵長と呼ばれた女が去っていく。
リーダー格の兵士、デイビッド・マローニ軍曹は次は城壁を守護する北班、北東班、北西班、南東班への順次連絡。それと並行して農耕地へ出発した部下からの報告待ち、と頭の中で段取りを組んで、一つ、ふうと息を吐く。
「…よし」
彼は気合を入れなおすと、行動を再開した。
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