第3-6話
アリッサは魔素を練りながら掌を交差させるように合わせる。そして少しずつ掌同士の間隔を広げると、中から黒色をしたゲル状の輪が現れた。これが『締め上げる首輪』である。
それは子供の掌サイズに収まる程の小さな輪であったが、アリッサが輪の端と端を両手で持ってぐいっと引っ張る。するといとも簡単に伸びて、真円から少し大きな楕円形へと姿を変えた。
「じゃあ…。はい、これを預けるわ。首尾よく頼むわよ」
「お任せください、必ずやご期待に添えて見せます」
リリーはアリッサから受け取った『締め上げる首輪』をロープの様に肩に掛けた。人形の姿をしているリリーにとって一つ一つのアイテムに縮尺の違いが出て、その都度苦労する。
主人を護る従者として剣すら振るえないのは正直、歯がゆい思いだが、この姿を主人が望んでいるのだから、人形で出来る事を最大限に行うしかない。それにこの姿も何かと便利な部分はある。人間の姿では重くて飛ぶ事は出来ないからだ。
ではね、と、アリッサは農耕地を回り込んで、南西の城壁の方へ。リリーは見るからに貧寒な見張り小屋に、狙いを定めに行く。
アリッサは農耕地を大きく回り込めば、暗所に紛れる魔術の効果もあって見張りに気が付かれる事なく、彼女達がいた南東側から南西側へと難なく移動する事が出来た。
「ふう…、ここからは流石に緊張するわね」
アリッサは緊張からか独り言をぽつりと呟く。元々低い身長を、腰を曲げて更に低くした。
もしかしたらアリッサやリリーは隠密の事にかけては、最適解の姿をしているのかもしれない。
その後、点々と設置された篝火を避け、影を縫うようにて城壁を目指した。
城壁手前には壕が掘られていたが、アリッサは躊躇する事無く壕に向かって足を出す。すると深黒の物質が足元から出現し、それが対岸へ渡る橋となった。
危なげなく壕を乗り越えたアリッサは、城壁にぴたりと背をくっ付けて、そして深黒の橋に向かって手を伸ばす。
橋は細かい砂粒のようにさらさらと姿を変え、アリッサの手へと吸い込まれていった。
「じゃあ、リリー。頼んだわよ」
空を仰ぎながら従者の事を思い、アリッサはそう呟いた。
一方のリリーはと言うと、一つのみすぼらしい見張り小屋に当たりを付けていた。
畑は一ブロックしか割り当てされておらず、作物は特に特別という様子は見受けられない。
他と比べて家名や家紋が印されているという風な事もなく、なんだか小汚く感じてしまうその小屋は、どう色眼鏡で見たところで周りとは一段階、二段階と見劣りしていた。
リリーは念の為、こっそり窓に近付き、中にいる見張りにバレないように中の様子を窺い見て、そして決断する。この見張り小屋にしようと。
中にいたのは魔術職とは思えない、安価な革鎧を着た男だった。腰に提げた長剣が彼を戦士職だと想起させるも、その腕前の程は流石に窺い知れない。だが、ここまで接近したリリーの存在に気が付かないところを見ると、気配察知の能力は鈍そうだ。
木製の椅子に気だるそうに座っている小太りの彼は、欠伸をしながらなんとか眠気に耐えている状況であった。
リリーは手早く燭台に『締め上げる首輪』を設置する。これで魔術が発動した時、首輪が燭台を破壊し、松明が自然落下するだろう。
そして更にリリーはアリッサに言われた通り、周囲から藁や枯草、乾いた小枝等を集めて、燭台の下に敷いていく。これで火の被害は広がり、哨兵達の注意をより引いてくれるはずだ。
ただ現在、リリーは片腕しかないので枯草集めに非常に支障が出ている。
ポルターガイストの力を使って物体を移動させようにも、右腕だけでは左側の制御が難しいのだ。
ただでさえ自身の移動に
誰も聞く人がいない場でぶつぶつと文句を言ったところで仕方がないので、リリーは黙々と自分のやるべきことを行うもどうしても時間だけは掛かってしまった。
「…もういいでしょうか。予想より時間が掛かってしまいました…。ん?」
ご主人様をこれ以上お待たせするわけにはいけない、とリリーは思い、少し心残りがあるものの、枯草集めを一時中断する。するとそこにその場では聞きたくなかった音が聞こえてきた。
ぐ、ぐぅーーすぅーー…。
なんと見張りであるはずの男が、
このまま
元より積極的に害するつもりもないが、無視も出来ない状況になってきた。
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