第3-4話

「ところでその南西にある暗い場所とやら。どんなスポットかは分かる?」


「恐らくスラム街かと」


 教会とそれに隣接した墓地もあったが、大部分は明かりの灯っていない家であった。

 単純に空き家である可能性もリリーは考慮したが、あの繫栄した街の中でゴーストタウンが存在するよりも、貧困層が集まってできた地域がある方が納得できると感じたのだ。


「油を買うお金がないような落伍者の集まりというわけね。潜伏場所は分かったわ」


「それで肝心の潜入方法なのですが…。申し訳ございません、今は良案と呼べる程のものが出来上がっていなく…」


 リリーは申し訳なさそうに俯く。人形の姿で俯く様はキュートな印象を受ける。


「いいのよ、そこまで早期解決を求めていないわ。ただ…。できれば今日の夜の内に潜入出来たら万々歳ね」


「ええ…、私もそう思います」


 朝になればまた彼女達は森に隠れなければならない。なのでアリッサ達は出来れば今夜中にはと考えていた。


 潜入手段の一つとして常套手段とされている門番を騙すという手法もあるが、これは彼女達にはリスクが高いと踏んでいた。

 アリッサの見た目は人間の女児と言われても違和感ないが、それが逆に人間の門番には違和感に映る。魔物が人間に扮し、人間を罠にかける定番は『老人』『子供』『商人』だからである。


 更には魔女は高純度の魔素マナの塊故、血肉を持たない身体だ。その身体に針を通せば、漏れ出てくるのは赤い血ではなく、闇属性に染まりきったどす黒い半煙状の魔素である為、検査と称して血液採取された時点で魔女だという事が発覚してしまう。

 人間、特に門番や魔物に対する心得がある職に就いている者との接触には、細心の注意が必要と彼女達は考えていた。


 ところで、と前置きしてアリッサは語りだす。


「あれは有効活用できないかしら?」


「あれ、と仰いますと…。見張り小屋でございますか?」


 アリッサは一つの建物を指さした。

 彼女の指さす先には見張り小屋があり、中の様子を詳しく窺い知ることは出来ないが、逆にこちらの存在も今のところ発覚されている様子は見受けられない。


「ええ。あの畑らを観察していたのだけど、よく見たら畑や見張り小屋も一つ一つ違いがあるのよね」


「ほう、確かに…」


 盲点でした、とリリーは答える。そして一つの解を導き出した。


「というと…、管理者や出資者がそれぞれ異なっている、という事でしょうか?」


「人間の世界には詳しくないけれど、個性を出したり、他との違いを出したり…。確か貴族とはそういうものだと記憶しているわ」


 歪んだ貴族感だとリリーは思うが、アリッサはどこかとなくほほ笑み、昔を懐かしむような眼を見せる。そんな表情を見てリリーは特に何も言うことなく、主人が再び口を開くのを静かに待った。


「…ただまあ見ての通り、あんな小屋でも貧富貴賤があるようね。あちらは豪華に装飾を飾っているけれど、こちらは随分と質素だわ」


 リリーはアリッサに誘導されるがままに件の小屋を見比べると、確かにその貧富の差は歴然であった。


 片や家紋が入った旗と幾重にも硬度な樫の木材を組み合わされた堅牢な小屋、そして数ブロック分を一纏めにした様に整地された畑。そこには見たこともない珍しい植物が栽培されて、ついつい目を引いてしまう。

 一方、雨風すら凌げるのかと疑問に思う程の古寂びた小屋に一ブロック分のスペースの見るからに個人所有と分かる貧相な畑。

 比較するまでもなく、それを見たリリーは確かに随分と差がありますね、と言った。


「そうでしょう、やはり資本力がないのかしらね。もしかしたらそこに付け入る隙があると思わない?」


 リリーはまず自分では想像もつかぬ発想に舌を巻くが、考えてみると確かにそうだと納得する。つまりは後援者スポンサーの有無でその農耕地の豪華さや利便性、そして魔物に対する防衛力も自ずと決まってくるのだろう。


 ならば話は簡単であった。


「ご主人様、作戦の大筋が見えてきました」

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