第3-3話

 リリーは防壁を見下ろす位置まで高度を上げると緩やかに停止する。闇夜に紛れて偵察する彼女を見つけ出すのは、余程、勘の良い者か、もしくは運の良い者だろう。


「これは…」


 防壁とその街の全貌を鳥瞰し、リリーはつい息を飲む。街の規模が想定よりも巨大だった為だからだ。リリーが今まで見てきた街や都市の五指に入る規模であり、防壁に関してはその巨大な街全体をぐるりと囲う様に作られている。防壁というよりも正しくは城壁と呼ぶ方が適切であった。


 城壁は綺麗に五角形の形をしており、街明かりの様子からそれなりに区画整理が済んでいそうだ。

 街の東側は明かりが立っていて、それなりの賑わいを見せているのが空からでも分かる。


 しかし、それとは対照的に南西側の一部は全くの暗闇で夜目が効くリリーでさえも人気を感じられない程、静まり返っていた。

 暗闇に佇む建物のその輪郭はなんとなく分かる。明かりが点いている建物より心なしか小さく見えるが、驚くべきは教会さえも闇に覆われており、貧相に見えた。


「どこの国も貧富の差はあるという事でしょうか…」


 この国の特徴としてリリーはアリッサに報告内容に付け足すべく、記憶し、そして肝心の城壁を確認する。


 城壁は厚く、大砲を設置する為の台、砲架が何か所も鋸壁きょへきの狭間に備えられている。ただしその砲架は空で、現物の大砲は雨などの湿気を避けて、どこかに仕舞われている事が容易に想像できた。

 警備はというと松明かあるいはオイルランプでも持っているのか、城壁の上を複数の見張りが一定間隔で外縁に立ち、城壁の外を警戒している。警備兵の中には時計回りで巡回する者もいて、この国の警戒レベルの高さが伺えた。

 リリーやアリッサは下からでは鋸壁きょへきや矢狭間から明かりが見えなかったように感じたが、もしかしたら魔術の類で光を打ち消し、位置を悟られないようにしているのかもしれない。


「これは一計を案じる必要がありますね」


 様々な戦士職を経験したリリーは、その戦闘経験の豊富さから戦略家としての一面も持つ。


 リリーは長らく俗世との交流を絶っていたので現代の装備品に疎い点はあるものの、遠目から見た所、特に代わり映えはしていないと感じた。

 城壁の上の見張りは主に弓か杖を装備している。恐らく農耕地周辺の小屋内の見張りは、それに加えて近接武器も携行しているのだろう。


 彼女は自身の能力と、主の能力を考慮し、周辺の状況を充分に観察して作戦を立てようとする。その際、アリッサの姿がちらりと見えた。随分と暇そうにしている。

 リリーは一度、進捗を報告する為、ゆっくりと下降した。



「ご主人様、お待たせ致しました」


「それほどでもないわよ、それで何かわかったの?」


 アリッサは言葉とは裏腹に待ってましたと言わんばかりに椅子から起き上がる。


「予想よりもこの国は巨大で防備が堅そうです。名のある城郭都市なのかと」


「そう。もしや主要な都市かもと思っていたけれど、そこまでとはね」


「それともし潜入するなら街の南西側…。ここから左手に進んだ先で潜入した方がよろしいかと」


「その理由は?」


 アリッサはほう、という表情を浮かべてリリーの話を聞きいる。


「ここは全体的に街明かりが立つ繁栄した街ですが、特に東側が栄えている様です。対して南西の一部に明かりが立っていないエリアがあったので、身を隠すのならそこかと」


「それならもし潜入した時に発見されても、難なく撒けるかもしれないわね」


 アリッサとリリーの能力的に光のない場所の方が都合が良い。逆に相手側も潜伏するならここだろうという当たりを付けられる可能性もあるが、アリッサは『暗所に紛れる魔術』という靄を生み出す魔術以外にも、闇属性下ならば自身がイメージした魔術を、魔素を代価にして現実にアウトプットできる。


 人間が扱う魔術は基本的に呪文毎に形式が決まっているが、魔女が扱う魔術は全てイメージから始めるので応用が利く。

 一方で想像力が高くないと宝の持ち腐れと化す上に、精神力の負担が大きい。そして瞬時にイメージして、瞬時にアウトプットできる力がなければ戦闘時では名ばかりの非力な存在となってしまうのだ。


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