第3-2話
アリッサとリリーは夜を待ってから、二人の冒険者の歩いた方向を行く。
夜目が効く彼女らは石や小さな段差に躓くなどというヘマはせず、ある事といえば己と相手の力量差を鑑みずに襲ってきた縄張り意識の強い魔物を難なく撃退したという事くらいだ。
彼女達はしばらく冒険者達の進んだ方向へ向かっていくと、街道と思しき道を発見した。今まで背の低い草花と満点の星明りしか視界に入らなかったのだが、更にその道なりに進んでいくと、松明の人工的な明かりと農耕地、そして距離を空けてその奥には大の大人の三~四倍はありそうな防壁と、その大きさに見合ない小ぢんまりとした木製の門が見えてきた。
「どうやら着いたようね」
「はい。ですがお気をつけて、やはり見張りがいるようです」
農耕地を守るように木で出来た柵がずらっと並んでおり、そして長い等間隔で簡易的な小屋が建っている。
そしてその小屋の窓には明かりに揺れる人影が映る為、リリーの言う通り、どうやらやはり寝ずの番をする見張りがいるようだ。
「それとご主人様、罠の類があるかもしれません。私が確認して参ります」
そう言うや否やリリーはアリッサを覆っていた『暗所に紛れる魔術』から抜け出して、見張りに見つからないように低空飛行で罠の確認へ向かった。
「…面倒ね」
ついアリッサの本音が漏れだす。今まで極力、人間と関わらないように努めてきた長い長い半生を送ってきたばかりに、人間の街へ潜入するという目的を持ったこの一日は大変、濃密な一日であった。
リリーが帰ってくるまでの間、アリッサは見張りに見つからない程度に距離を取りながら、この農耕地を調べてみる事にした。
恐らく農耕地の奥に控える防壁は、その更に奥にあると思われる街を守る為の物だろう。恐らく防壁の上にも見張りが立っているのだろうが、ここからでは確認できない。
この周辺は起伏が少なく、背の高い草もない。そして木も伐採されているようで、徹底的に隠れる事がスペースがない為に夜間でも余程、隠遁に長けた者でなければ近付くことは難しいだろう。
そして罠に注意しつつ、農耕地とそれに連なる柵を辿っていく。だが予想以上に長く、片側だけの距離を見ても五〇メートル以上はありそうだ。
農耕地は幅が約五メートル、長さが十五メートルの畑が防壁に沿うように何枚も続いている。管理者が違うのか、よく観察してみるとブロック毎でそれぞれ栽培している作物が異なるようで、地面から伸びている枝葉に種類があるのが分かる。
見張り小屋にもそれぞれ特徴が表れているのが面白く、家紋が印されているものや、物置小屋が併設されているもの、そして魔物に対する威嚇かそれともただのこけ脅しか。大仰な角などという装飾を飾り付けている多種多様な種類がある。
防壁は更に巨大でアリッサから壁面は視認できるものの、頂点は確認できない。ここまで巨大だともしや街というより、主要な都市なのではとアリッサは思い始めてきた。
「ご主人様、こちらにおられましたか」
「ああ、ごめんなさいね。黙って動いて」
「いえ、お気遣いなく。罠ですが、鳴子が柵を囲うように取り付けられておりました」
鳴子とは紐と木札の二つで出来た簡単な仕掛け罠だ。標的が紐に触れると、紐に括りつけられた木札が連動して音を鳴らし、標的の接近を知らせるというものだ。
「そう、それ以外は?」
「農耕地を越えた先ですが、防壁周囲に壕が掘られている様です」
「そう、どれも大した問題にはならないわね。問題はどうやって見張りに見つからずに壁を抜けるかね」
アリッサは影に潜む高い防壁を見やりながら言う。
「もう既にこの防壁の側面は確認なさりましたか?」
「いや。見ようと思ったのだけれど、大きすぎて途中でしんどくなっちゃったのよ。何処までも続いているのだもの」
少しげんなりした表情でアリッサは言う。
アリッサは
精神的疲労は魔女の扱う魔術のクオリティを下げる上に、悪化すると魔術の発動自体にもリスクが伴ってくるので、熟練の魔女となると己のメンタルケアに余念を欠かす事はない。
「そうでしたか、それでは私が空から偵察して参りますので、暗所に紛れる魔術を掛けて頂けますか?」
「ええ、それくらいお安い御用よ。むしろこちらこそこき使って済まないわね」
リリーの提案にアリッサは快く承諾し、指をパチンと弾いて音を鳴らす。
すると、
では、行って参りますと颯爽と飛び去って行くリリー。アリッサは地上にてそれを見送る。
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