第2-9話

 最早、体力の限界だというようにクレイトンとクレイズは共に地面に大の字に倒れ込む。特にクレイトンに関しては先程まで後頭部から多量に出血していたのだ。体力薬ライフポーションと気付けエナジーポーションの効果があるとはいえ、無理もない。


 獲物を逃した悔しさからか森に籠ったままの猿達が奇声を上げ続け、石や木の実や棒切れ等をまばらに放ってくる。

 クレイズの魔術に使用できる分の魔素マナはもう既に残っていないので、防御に回す事が出来ないが、日の光の下に出た今となっては最早、それも必要ないだろう。

 投擲物はポトポトと二人に届き切る前に地面に不時着し、目的を達成する事なく、また背景の一部へと戻る。今まで脅威と感じていた魔物達だったが、日光耐性を持たない魔物を集団で相手取る時のコツはやはり日の光を利用する事なのである。


「ねえ、傷、見せて?」


 クレイズは一度原っぱに直接座り、息絶え絶えに仰向けで寝転がっているクレイトンの傷の具合を確認するよう話しかける。もし今の全力疾走で傷が開いていたら大事おおごとだ。


 それに直感で易があると感じたから後回しにしていたが、の存在も忘れてはならない。

 クレイズはあのようなモノは今まで見た事がなかったし、聞いた事もなかった。自身の直感を信じて行動したが、もしそれが外れていた場合は更なる災難となりうるかもしれない。


「…あれ?」


 クレイズはクレイトンの身体を無理矢理、ひっくり返し、恐る恐る後頭部を確認した。

 しかし、その肝心の黒い膜はどこへやら。元からそんなモノなどなかったかのように、影も形もなくなっていた。


 傷の具合はというと彼の刈り上げられた短髪に紛れているが、その地肌には乾いた血が絵具を塗り付けたようにびっしりと付いており、それが出血の多さを物語っている。

 ただし、もう血は止まっているのか新しく流れてくる様子はなく、髪をかき上げてよく見ると、出血点は既に瘡蓋かさぶたとなっていた。


(なんだったんだろう、あれは…。もしかして見間違い…?)


 彼女は自身の記憶を疑い始める。極度の興奮状態と目の錯覚が引き起こした現象だったのかもしれない。実際に今、その現物がないのだ。


「…姉ちゃん、大丈夫?」


「あ、ごめん。もう血は止まってるみたい」


 繁々と傷跡を見つめるクレイズに不安を感じたのか、クレイトンが恐る恐る聞く。そんな弟を見て、ハッと我に返り、不安を取り除くように簡単に怪我の状況を説明する。


「そっか、実は今、全然、痛くはないんだよ。気付け薬が効いてるのかな」


 クレイトンが体位を再び仰臥位ぎょうがいへ戻し、そして自力で上体を起こしながら、そう返す。未だに肩で荒く息をしているも、先程よりは苦しくなさそうだ。


「…気付け薬が切れるのが、大体、三十分から一時間だよね?少し休憩したら、街に帰ろう。夜になったら、魔物も活発になるし」


「ああ…。いや、もう大丈夫。動けるよ」


 そういうとクレイトンは膝に手をついて、すっくと立ちあがった。


「本当に大丈夫?」


 クレイズは乱れた装備を慣れた手つきで整えるクレイトンを、上目に見ながらそう聞く。

 今回はクレイトン一人に負担を掛けすぎてしまったと後悔の念があるからだ。実際はクレイズがいなければ、退路までウォールを展開する事も出来なかったし、勿論、脱出もより困難なものとなっていただろう。

 しかし、それでもそう感じざるを得なかったのは、やはり姉でPTLパーティーリーダーという立場からくる責任感の高さと、元々の本人の気質だろう。


「ああ、ほんとほんと!それに薬効いてるうちに帰りたいしな!」


 クレイトンは大丈夫だとアピールするように右腕で力こぶを作るように

 笑顔でガッツポーズを取る。そんな健気な弟の姿を見て、姉はその頼もしさと心優しさについ釣られるようにして笑みが出てしまった。


「ふふ…。わかった、なら帰ろうか」


 そして二人の冒険者は帰路に着く。この後、更なる災いが彼らを襲うとは知らずに。

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