第2-8話

 猿達を見送り、飛来物を除いて差し当たっての危機を乗り越えた事を確認すると、クレイトンは片手剣を納刀し、クレイズに起き上がるように右手を貸す。



「大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ!痛いんだけど!?」


「え、ああ。ごめん。」


 後頭部を摩りながら、痛さを訴えるクレイズ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 ただし、クレイズも緊急時だという事を承知しているようで、それ以上は深く追及せず、クレイトンの手を借りて起き上がると、もう、行こうと早速気を切り替えて行動へ移した。


 猿達はあれ以降、木の上から石や棒切れを投げる等すれこそ、壁の上に登ってという事はしなかった。

 やはり仲間の一匹が目の前で無惨な死に方をしたのが堪えたのだろう。想像以上に抑止力が働いているようだ。


 クレイトン達も森の出口まで最早、残り三十メートルまで差し迫ろうとしている。

 ただし、その前に問題が一つ。姉弟冒険者の左側を固めていた防壁がついにレール切れである。


 クレイズは走りながら、後ろのクレイトンに向かって大声で問いかけた。


「ねぇ!?ほんとに私、担いで走っていくの!?私、そのまま走れるよ!」


「いや、俺が持って走った方が速い!姉ちゃん、身体ごとこっち向いて!」


 荷物みたいに言うなと思いつつも、クレイズは素直に止まり、クレイトンの方を向く。

 するとクレイトンは左肩にクレイズの腹部を押し当てるように、態勢を低くして懐に潜り込んだ。両手はクレイズの膝裏を押さえ、そして、素早く態勢を元に戻すように起き上がる。


「ぅわあ!!」


 するとクレイズは自然とクレイトンの左肩に乗るように担ぎ上げられた。クレイトンは頭だけ守っててとクレイズに伝えると、人を抱えているとは思えない速度で、森の中を器用に、そして迅速に走っていく。


 恐らく今まで、クレイズに合わせて走行スピードを緩めてくれていたのだろう。たっぷり温存されていたスタミナをここぞとばかりに使うように、クレイトンは一心不乱に突き進んでいった。


 猿達はというとクレイトンの今までにないスピードに翻弄され始めていた。それもそうだろう。先程までジョギングより少し早い程度の速さで獲物が逃げ惑っていたが、いつのまにか投擲物をエイムする余裕がない程の速さで獲物が逃げているのだ。

 その猿特有の金切声のような高音域の鳴き声が、背後から遅れて迫ってくるのをクレイトンは感じていたが、彼の心は不思議と凪の様に安定していた。


 それと対照的にクレイズからしてみれば進行方向とは真逆に顔が向いているわ、腹部は圧迫されて苦しいわ、振動が凄まじいわで乗り心地としては最悪の極致にあった。

 ただその一方でみるみる遠ざかる猿達に、漸くクレイズは希望を見い出せた。あれ程、自分一人では状況を打開する事が困難だった為、やはり弟の存在が頼もしく感じる。

 ここはクレイトンの指示に素直に従い、頭部を保護するように右手で守りながら、藁にも縋る様な思いで善神に祈る。


(善神様、我々をお助け下さい…。願わくば、気付け薬が切れてもクレイトンが何事もなく、無事でいて下さい…)


 ようやく森の木々が切れ、その先にある開けた地形が顔を見せ始めた。

 猿達は逃がすまいと必死に追っていたものの、自らの縄張りから徐々に善神のテリトリーである日光が降り注ぐ平地に近づくのを確認すると、その勢いは失われていく。


 それでもクレイトンは油断せず、最後まで死力を尽くして森を走り抜ける。


「…やった!」


「はぁ…はぁ…」


 そして遂に、二人の冒険者は森を抜ける事に成功した。

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