第2-7話

「クレイトン、もう退路までの道程はほぼ真っ直ぐ壁を作ってあるから。ただこの右側だけしか作れてないの。だから左側や頭上には注意して進んで」


「分かった」


「森を抜けたら、安全だと思う。まだ時間的に日は出てるはず。あの猿達に日光耐性があったとしても、森の先の平地だとあいつらも諦めると思う」


 エイプ種の中にも地面で過ごす種族。樹上で過ごす種族。その両方の特性を持つ種族や岩場や水場諸々、全く違う環境で生活する種族等、その進化は様々だ。


 クレイズは件の猿、もといカワードジャングルエイプが一生の内、その殆どを樹の上で生活するという事を知っていた。なので、この森さえ抜ければ安全だと読んでいたのだ。



「了解。…ちょっと教えて欲しいんだけど、あとどれくらいの距離?途中から意識朦朧でさ」


「ああ、そうだね。私も必死だったから正確ではないけど多分、あと五〇メートルもないと思う」


 クレイトンはそれを聞き、成る程と神妙な表情で頷くとすぐに何かを決断したのか、クレイズにこう提案する。


「もう一枚、壁使える?」


「左側にってこと?出来なくもないけど、最後まで作れないよ。魔素マナが足りない」


 ここまでクレイズの魔術連発で生き残っているようなものだ。魔素薬を服用して、ある程度は回復できたとはいえ、最初に放った森の入口まで続くウォールの消費は大きかった。


「いや、出来るだけでいい。勿論、無理しない程度に。あとは俺が姉ちゃんを担いで走って逃げる」


「え、ええ…。それこそクレイトンが無理してるでしょ…」


 つい先程まで気を失っていた人間に担がれるなんて、どうしたって気が引けてしまう。いくら気付け薬エナジーポーションが効いているからといってもクレイトンの提案は無理があるように思えた。



 ウキ!キー!



 だが、そこに充分な思考や相談の時間を与えないとでも言うように、猿達が猛追をかけてくる。奴らはついに狭く残しておいた出口を見つけたらしく、そこ目掛けて投擲物を投げ込んできた。

 幸いにして樹上からの角度では二人の冒険者達に直接的な危害が加わる事はなかったが、これ以上近づかれたらその安全性も担保出来ないだろう。姉弟に焦りが生まれる。


「…ほんとにあんたの作戦でいけんのね…!?」


「任せろ!!」


「その…。持ち上げるの無理だとか、途中で疲れたりとかしたら」


「いいから俺に任せろ!!」


「ああ、もう!」


 クレイズはええいままよと、シェルター内からウォールを発動する。最初に唱えたものと同様、薄く、長く、そして高さがある形状だ。

 それを自分の感覚で一杯一杯まで伸ばす。三十五メートルまで伸ばしたかという時、クレイズは限界を瞬時に悟り、魔術発動を中止した。


「…はぁ!」


「よし、ありがとう、助かった。じゃあ俺が先に出るから、姉ちゃん後から続いて。先頭は姉ちゃん走って」


 言うが早いがクレイトンはクレイズの返事を聞かずに外に出た。彼は左手の小盾バックラーで頭部を守りながら、姉ちゃん!来て!と叫びながら右手を彼女に差し出す。


 クレイズはクレイトンの身体に守られながらシェルターから出る。猿達もようやく姿を現した獲物を前に一層、勢いが過熱するが、高い防壁が邪魔をして上手く冒険者らに投擲物を当てる事が出来なかった。


 その隙を突いてクレイトン達は走り出した。先の作戦通り、クレイズを先頭にしてクレイトンが殿を務める。

 クレイトンは小盾を頭上に翳し、頭部を守るように構えつつも、その目線は上に注意を向けている。これは不意の攻撃に対してすぐさま反応して自分を守れるように、そしてクレイズを守れるようにという行動である。


 事実、何度か投擲物が飛来してくるも、クレイトンは卓越した反射神経でそれを防御したり、クレイズの身を引いて上手く躱した。

 気付け薬の効果もさることながら、本人の軽戦士フェンサーとしての実力もあるのだろう。姉曰く、弟だ。



 ギー!!!



 ついに痺れを切らしたのか、左右の防壁の上から二対のカワードジャングルエイプが直接攻撃へ打って出てきた。丁度、右前方、左前方、右後方、左後方と詳細な距離はちがえど、配置的に兄妹は囲まれる形となってしまう。


「危ない!」


 右前方の猿がクレイズに対して手を伸ばしてきた。クレイトンは小盾で守りながら彼女の膝裏を蹴り、転倒させる。


「ぃっだぁ!!」


 不意の味方からの攻撃に後頭部を打ち付けながら野太い声が出るクレイズだが、クレイトンはそんな事にも目もくれずに、すぐさま片手剣を抜刀する。

 そして、クレイズの膝裏を蹴った右足を利用して、流れで前方へ踏み込み、手を出してきた猿の腕を狙って斬り込む。


 これを右前方の猿は野生の勘とでもいうのか、無理な体勢からすぐさま飛び退き、壁から壁へ。そして壁から木へと戻っていった。


 その間、左前方の猿はクレイトンと距離を詰められた事により、警戒して一時、間を取るように移動する。そして右後方と左後方の猿が死角の隙を突くかのように、二匹とも地面に仰向けになっているクレイズへ投擲物を放った。


 クレイズはそれを見て、手で顔を覆い、防御姿勢を取る。ただそれより前に反応したのがクレイトンであった。


 戦士としての予感だろうか。それとも気付け薬の効能の一つ、視聴覚の過敏性だろうか。クレイトンは二匹の猿が石や木の実を投げる前に瞬時に身を翻す。盾を前方に。片手剣を顔の側面に構えながら、クレイズと猿との射線へ割り込んだ。飛来する投擲物の一つは身体で受け止め、もう一つは小盾で受け止める。

 そして、クレイトンはダメージを受けながらもそのままの勢いを殺さず、右後方の猿へ刺突攻撃を行い、見事、腹部へ命中させる。

 猿の小さな身体では一発の攻撃でも致命傷のようで、地面に落ち、そして多量の出血をまき散らしながら、苦しそうにのた打ち回っている。

 そんな姿を見て恐れ戦いたのか、壁の上にいた二匹の猿が木の上に退散していった。

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