第1-5

 しかし。


「…何も返答なし」


「話が通じないタイプの人か、魔物のどちらかだ」


 一縷の望みは絶たれ、二人は已む無く戦闘態勢に入る。

 日光の下にいる限り、大概の悪神の眷属は手を出してこない。

 警戒すべきは日光耐性を得た魔物か、あるいは野盗等、ある意味、日の光の下で生きづらい人間達だ。


「まず私が探査魔術サーチを掛けてから、おおよその場所を特定するから。

 その後、鼠は無視して突撃で。罠を張ってるようだったらもう一回考え直そう?」


「分かった」


 女冒険者が小声で作戦を伝える。男冒険者も打てば響く間で了解の意を示した。



 警戒しといてねと女冒険者は相棒に伝え、魔術使用の準備に取り掛かる。


 彼女は乾いた地面に勢い良く杖を突き刺すと一言、呪文を唱える。


 するとたちまちに杖が細かく振動し始めた。


 杖を中心点として円形に地面を波打つように細かく揺らぎを立てる。

 これは実際に地面が振動しているわけではなく、女冒険者が放つ魔素マナが地面の表面を伝ってそう見えるだけである。



 目を閉じ、集中する女冒険者。震える杖に両手を添える彼女は何かを感じ取ったのか、口を開いた。


「うーん、やっぱり家の中にいるよ。一つだけね」


「どこらへんか分かるか?」


「これはねー…。うん、さっきの窓の辺りかな」


「は?さっきは何もいなかったぞ…?」



 男冒険者は怪しむも、女冒険者の探査魔術サーチが外れた事がないというのを一番よく知っている。

 家の外から窓を確認しても何もいない事から、恐らく床の上にいるのだろうと当たりを付けた。



「よし、いくか」


「うん、準備バッチリ」


 男冒険者は左腕に装着した小盾バックラーを握り直し、そして、女冒険者はどんな状況にも対応出来るように魔素を充分量練り上げる。



 二人の冒険者達は互いに目配せし、そして阿吽の呼吸で再び例の民家へ勢い良く侵入した。


 床の上に乱雑に配置された家具や小物類、そして無数の鼠のせいで全力で走る事は叶わなかったが、それでも小さな民家の端から端へ到達するには充分な速度であった。



 だがしかし。



「え、いない?」


「なんで…?さっきは探査魔術サーチに反応あったのに…!」


 実際に反応があった窓の近くに来てみるも、何もいない。


 光に照らされてやや暑さすら感じるその場所には、特に身を隠せるようなスポットなんてものはない。


 あるのは散乱した家具や小物、そして二人の冒険者を見ても身動ぎせず、じっと男冒険者の目を見据える一匹の鼠だけだった。



「まさかこいつか…?」



 男冒険者は唯一、怪しいと感じた鼠の死骸を片手剣で軽く小突こうとする。



 シャ!



「うわ!」


 すると今まで不動の体勢を保っていた鼠が突然、男冒険者の剣を避け、更には身を捩ってまで飛び掛かってきたではないか。


 男冒険者は咄嗟に左腕に構えた小盾バックラーで鼠を叩き落とす。


 そしてそのまま空かさず、床に打ち付けられた鼠を片手剣で両断した。



「うおー…。あぶねー」


「え!大丈夫!?」


「おう。無傷。鼠が襲い掛かってきたわ」


「鼠が…?」


 女冒険者は爪の垢程度の違和感を覚えたようだが、再び外に出て探査魔術サーチを掛ける。

 しかし、その判定結果を受け、違和感を無理矢理忘れ去るように取り繕った様子でこう言った。



「うん!家にも周りにも魔素マナの反応なし!依頼クエスト達成!夜が来る前に帰ろ!」

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