第1-3

「…シッ。外に誰かいますね」


 リリーが何かに気が付いたのかアリッサの糸探しを制止するように袖を布と綿で出来た小さな腕で掴む。

 そしてアリッサが静かに小物を床に置いた事を確認すると、音のした方向、そのすぐ窓際まで音もなく飛んで移動した。



 アリッサは体勢を低くしてそろそろとリリーの傍へ近付く。

 窓の外を注意深く偵察していたリリーは近くに寄ってきた主人に耳打ちする。


「どうやら冒険者のようですね。相手は二人ですけど、今なら気が付かれておりませんので不意討ち出来ると思います。どうしますか?」


「ただの鼠と違って組織に属する者共は仲間が多くて厄介だわ。相手にすると後から面倒な事になるからやめておきましょう」



 アリッサも窓の奥をちらりと覗くと、確かに遠目ではあるが男女の冒険者らしき人影が見える。


 背の高さからして彼らは鉱人ドワーフ小人ハーフリングではないが、耳の長さまでは判別できない。


 身に纏う服装から判別するに森人エルフではなく、真人ヒューマンだと予想したが、冒険者の装いにアリッサは不幸にも明るくなかった為、詳しくは判らなかった。



 ただ幸いにも彼らはこちらに気が付いていないようで、そのまま冒険者達は手近な民家に入っていった。



「流石、ご主人様。明哲保身のご判断で頭が下がる思いでございます」


「褒めたって何も出ないわよ」


「そこで常に最良のご判断を下すご主人様に一つ、私からご提案があるのですが…」


「なに?」


 リリーはアリッサの方を改めて向き、進言する。


「ご主人様の魔術を使って、あの者達の街までこっそりついていきませんか?」


「はぁ?」


 アリッサはつい素っ頓狂な声を上げてしまった。提案というのには余りにもこちらに投げっぱなしな内容に呆れてしまう。


 そもそもアリッサは人間達から畏れられ、敵対対象ともされている魔女だ。

 それは魔女の多くが人間に害を為しているのが所以とし、それ故、魔女は鬼や吸血鬼に並ぶ、悪神の眷属の代表格とも言われている。


「街に行ってどうするの?魔女がわざわざ人間のテリトリーへ出向く理由はないわよ」


「いえ、ご主人様は見た目は、その、可憐な少女ですので。誰も魔女とは思わないかと…」


「…それ程、うまくいくとは思えないわね。私の魔術も万能ではないわよ」


「しかしいつも村や集落に入る際、姿隠し術インビジブルをお使いでは?」


 これは貴方に何回も説明してると思うんだけど、と前置きしてアリッサは語りだす。


「正確に言うと違うわよ。私の使う魔術は魔術であって、人間が使うインビジブルとやらではないわ。

 勘が良い人間には気が付かれるし、臭いまでは隠せないから獣魔の類には気が付かれるの」


「ふむ、左様でございますか…」



 残念ですと人形の姿ながらにあからさまにがっくりと肩を落とすリリー。

 そんな彼女を見て一つ溜息をつき、アリッサはこう言った。



「…それは糸と針の為に街まで行きたいって言ってるのね?」


「あと布と綿も」


「……まあいいわ、私が言ったことだし。けど通貨はどうするのよ、持ってないわよ」


「それはご主人様がいつも使う常套手段で…」


「要するに貴女は主人に盗みを働けと言っているのね」



 今まで魔術を使って必要物資を獲得していた為に、アリッサは通貨の必要性を感じず、持ち合わせていなかった。


 更に付け加えると地域や国によって通貨の価値や種類が変わるうえに、そもそも滅多に街へ入る機会がない。森から森へ夜間に隠れ潜むように旅する彼女らは、無駄な物は所持しないという考えで一致していたのだ。


 アリッサはふむ、と一瞬迷うような素振りを見せるも、こう応える。


「まあこの糸探しだなんて途方もない旅にも飽き飽きとしていたから、丁度いいわ」


「流石ご主人様。そう仰られると思ってました」


「ただ目的の物を手に入れたらさっさと退散するからね。トラブルはごめんなんだから」


「え、観光は…?」


「馬鹿じゃないの?」


 本音混じりの冗談をお互い言い合う程の余裕を見せていた時であった。

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