第1-2

 隣の民家の取っ手にアリッサが手を掛ける。そのまま手を引くと、なんの問題もなく玄関の戸が開いた。


「ここも鍵がかかってないわね。戸に鍵穴はあるみたいだけど」


「先客がいたんですかね。まあ楽に入れてこっちは助かりますが」


 リリーの言う通り、確かに何者かがいた形跡がある。部屋は荒れ放題で色々な家具や小物、食器等が先程の民家同様に全てをひっくり返したように散乱していた。


「…この中からあるかどうか分からない、小さな糸と針だけ探すと思うとつい気が遠くなってしまうわね」


「すみません、私が腕を壊したばっかりに」


 いいのよそれは、と言いながらアリッサは問題ないと言わんばかりに、右手をひらひらとリリーに振った。

 しかし、実際はここ何ヶ月かの糸探しの旅に、彼女達はやや辟易とし始めていたのが実情でもある。



 今までもアリッサ達はたまに同じように物資を求めて旅をする事があった。

 時には地図にも載らないような、それこそ世間と隔離された限界集落を訪れる等して物資を手に入れてきた事も間々ある。


 しかし、今回は以前訪ねた集落に再び訪れてみるも、ことごとくなんらかの理由で消滅集落と化していた為に、二人は途方に暮れている次第であった。

 たかだか針と糸を手に入れるだけなのに、かれこれ一年以上彷徨い続けるとは彼女らも想定外であった。


「まあ貴方も年代物だから、いつかはどこかしら壊れると思っていたのよ。欲を言うなら少し襤褸ぼろに見えるから、布と綿も欲しいわね」


「ではいっその事、どこかから新たなを調達してみたらいかがですか?ですから、もっと頑丈な物の方がこの人形の故障を気遣わなくてよろしいかと」


 リリーは自分の体を見やるように視線を動かす。その人形の体は多少の手入れはされてあるものの、どこかしこに隠し切れないダメージが垣間見える。


「嫌よ、貴女が入っていた方がぴょこぴょこ動いて可愛らしいもの。それに…」


「それに?」


「貴女も私も、お互い守り合えばいいだけの話じゃない」


 それはちょっと、といつもの小言をリリーは言いかけるも、口を閉じる。そこには複雑な感情があった。



 アリッサは愛着湧くモノには執着し、それ以外には興味がまるでない。



不死に近い存在であり、格上の主人、アリッサを護るなど、リリーとしては烏滸がましいと承知の上である。

しかし、やはり従者という身分としては、自分を守ると平然と言ってのける主人に対しても複雑な感情が生まれてくる。


自分は所詮、庇護の対象愛着湧くモノとして見られているのかと。


なればこそ、守り合えば良いと言って下さる主人に敬意を表し、リリーはそれ以上の無用な口出しをしなかった。それが信頼関係の証なのだと。


 そしてリリーは、自分の成すべき事はアリッサの愛着あるモノを出来るだけ無事に、そして主人であるアリッサを必ず護る事だ、とそのように使命として捉えている。




 そんな人形の想いなど露知らず。アリッサはどうせ見つからないと高を括って荒れた部屋を探し始める。


 ひっくり返された家具らを更にひっくり返して捜索していると、小さな鼠が数匹、大慌てで部屋中を駆け回りだした。

 どうやら寝ている彼らを起こしてしまったらしい。  


「…鬱陶しいわね」


「そうですね、こうもバタバタと騒がれては煩わしいです。排除しますか?」


「いや、私がやるわ」



 そう言いながらアリッサが元気に走り回っている鼠一匹に睨みを利かせると、その鼠を囲う様に何処からともなく深黒の籠が現れる。


 籠に囚われた鼠は身動き出来ずにただバタバタと暴れていたが、すぐに観念したのか大人しくなった。


 その後、適度に糸探しをしながら先刻と同様、鼠を見付けると瞬時に睨みを利かせて籠の魔術を掛ける。


 全ての鼠が捕獲される頃には元々、煩雑とした室内だった空間にいくつもの黒い籠が無作為に配置され、更に一層カオスを極めたものとなっていた。



「これで静かになったわね」


「流石でございます、ご主人様」


 ふむ、と辺りが静かになった事を確認するとアリッサは本格的に糸探しに乗り出す。


 と言ってもチェストの中を漁ったり、床に転がる小物の類をひっくり返してみたりと、やる事は先程の家と大した変わりはなく、アリッサはふうやれやれといった飽き飽きとした気持ちで再開する。

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