第2話 入学式と初めての友達

気づいたときから私の世界には色が無かった。

形、そして光なども無かった。

そう、私には眼が無かった。


ときには自分の人生を捨ててしまおうかと思うこともあったが、そのたび恐怖が勝ってきた。 


そんな薄暗くすらない人生に光が差したのは私が十六になる春、高校に入学し、父の仕事の伝いを始めた頃の話だ。


入学式の帰り、安心しきった私に声がかかる。

「ねぇ!そこの君!」

聞こえてきたのは甘い声だった。

「ねぇってば!そこの銀髪にサングラスの!」

思わず私の体が強張る、友達こそできないものの、特にこれといった嫌がらせも受けず一日が終わるだけで万々歳だったのだ、急に声をかけられても困る。


「なんですか?」

「僕は柊光〈ヒイラギ ヒカリ〉」

「僕の目を見て、吸い込まれそうなほど深い灰色をしてるでしょ」

柊と名乗る青年は顔を近づけているのか、はたまた目を指さしているのか、私には見えないので知るよしも無い。

「すみません、私“眼”無いんですよ」

そういって帰ろうと一歩進んだところ、腕を掴まれてしまった。

わりと力があるようで、掴まれた腕が少し痛む。

「ちょっと待ってくれ、変なこと言って悪かった」

「僕が話したいのはここから、この目にはちょっと不思議な力があってさ、見た人の潜在的な力というか、その人の強みとか弱点とか、そういうのがわかるわけ」

「はぁ、それで?」

急なぶっ飛んだ設定に、私は本物っているんだなと内心逆に感心していた。


「でも、君からは何も見えないのよ」

ぶっ飛んだ話を始めたあげくわざわざ煽られたのだ、多少は頭にくる。

「で、私に何をしに来たんですか?」

「それとも、ただそれを伝えに来ただけですか?」

目で見ずとも柊が震えているのが分かる、少し圧をかけたつもりだったが、やり過ぎてしまっただろうか。

「ひぇっ!違うんだ、今のは話しかけるきっかけみたいなもので...」

本気で言ってるなら重度の話し下手だと思う、いや本当に。

「こんな力があるもんであんまり友達とかできたことなくてさ、君とならこの力もあってないようなものだし、もうすでに何人か集まってる所に行く勇気もなくてさ」


「だからさ、僕と仲良くしてほしいなって」

「分かりました。ではまた明日」

自分でもポロッとこんな言葉が出てくるとは思わなかった、どう見てもやべー奴だと思うが、私もチョロいものだ、もしくは早く会話を終わらせようとしただけかもしれないが、自分でも分からない。

「えっ、あっありがとう」

彼も大概チョロいらしい。


私は帰り道、柊のことが頭からずっと離れずにいた、嬉しくなかったわけではないし、むしろ凄く喜んでいると思う。

それでも、ろくに今まで友達もできずにいたのでどう接するべきかも分からないし、そもそも私に話しかけてくる奴でまともなヤツなんて一人も居なかったのだ、多少は疑い深くもなる。


翌朝、春を忘れた日差しにうんざりしつつ、それとは逆に心はポジティブな感情で埋め尽くされていた。


家を出て数分、私に声がかかった。

「お~い」

今日初めて声を聞いた、柊だ。

私は家を教えたつもりはないのでぎょっとした。

「私、家教えましたっけ」

「いや?家も知らんし名前も知らんよ。ここ近いの?」

「あそこ、君もこの辺なの?」

そういって警察署の裏を指さす。

なぜだか少しほほが熱い。

多分日差しのせいだ、たぶん。

「そんな感じ、僕の家は踏切の先ね」


「ところで、さ」

「そろそろ名前くらい教えてくんない?」

ドキリ、と心臓が動いた気がした。

『名前』という誰しも持っている物を思い出せない、さっきまで違和感も無かった事に恐怖を感じる。

父が古川と名乗っていた事から苗字は古川だろう、だが下の名前は見当もつかない。

「古川って言います」

唇は震えていたが、柊には伝わっていないらしく、そっと胸をなで下ろす。

「へぇ~古川クンか、苗字だけなんてお堅いんね」

「かっ、からかわないで下さい!」

バレたくない一心で血迷った発言をしてしまったと思う。


学校内でもそんな他愛も無い話しは続いた。

彼との話しは楽しく、移動時間や昼食など、毎日暇があれば二人で集まっていた。


そんな日々が過ぎていき大体半年が過ぎた、彼のおかげでクラスともなじんできた頃に、『それ』は起きた。


  2092年 9月2四日 土曜日 21時20分


私は夕食の支度を終え、机に並べていた時だった。

少し頭がくらりとしたかと思えば、外から大きな音が連続して鼓膜を抜ける。

車が衝突したような音や鉄骨が何本も地面に落ちたような音など、様々な音が聞こえてきた。


ただの事故だろう、そう思ったがなんとも説明しがたい不安に駆られ、柊に電話をかけてしまった。

ただ私のスマホはピピピピ...とコール音が鳴るだけで、その音が私をより焦らせ、不安にさせる。


一人で暮らしてる私にとってこういう漠然とした恐怖は良くない、なにをするにも手がつかなくなる。

もう寝よう、うだうだしていても何か変わる訳ではないし、何もできないならちゃっちゃと寝てしまった方が精神的にも良い。


...った、...成...だ。

...記...をどう...すのか、...来を知る...ンスだ。


じりりりりと簡素な音が部屋に鳴り響く、カチリと目覚まし時計を止めて小さくのびをする。

最近変な夢を多く見る、多くは研究室のような場で一人の白衣を着た男が私を曇ったガラス越しに話しかけている。


ピピピピと見計らったかのように電話がかかってくる。

まだ眠たげな姿で電話を取る、柊からだ。

「あの柊さんのご家族でしょうか?」

知らない声が耳に入ってきたので、私は少し身構えた。

「いえ、私はただの友人ですが」

少し会話が止まった。

「彼、今倒れてしまっているんですよ」

電話の相手は小さく息を吸ってから話しを続ける。

「それで彼のスマホから電話をかけたのですが、あなたしか連絡先がなかったのでご家族かと...」

柊の連絡先のことも驚いたが、まずは容態が気になる。

「....分かりました、向かうので場所を教えてください」

「はい、園村皮膚科の前で倒れてまして、炭玉中央病院に運ぶところです」

園村皮膚科なら家のすぐ前だし、病院の方もすぐ近くだ。


私は手元の薄い白のコートを羽織り外に向かう。

外に出てすぐを見ても柊の姿はなかったので、病院の方に向かうと柊を背負った小太りの男がいた。

「すみません、電話してくださった方ですよね」

男が振り返ってくる。

「あなたが電話の?」

「はい」と答えると男は柊を渡して「お願いします」と一言だけ告げてすぐここから立ち去ってしまった。


何か急いでいたのだろうか、そんな疑問を感じながら、渡された柊のことを確認する。

ちゃんと息はしているし、顔も苦しそうには見えず、話を聞いていなければただ疲れて寝ているように見えるだろう。


私はそんな柊を病院の先生に預け、待合室にて何か分かるのを待つ、あの姿を見て少し安心したが、やはり何か嫌なことが起きているのでは無いかという不安ばかりが体中を駆けめぐる。


あれから数十分経っただろうか、自分の中の時計が結露してしまったようだ。

トントン、と私の肩が叩かれた。

「よばれてますよ」

ハッと目が冴えた。

私は「ありがとうございます」と一言伝えて、先生が呼ぶ部屋に向かった。


がらがらと扉を開くと、簡素な部屋に柊が寝かされていて、隣に先生が座っている。

私も促された席に座って先生の話を聞く。

「柊さんのこと調べて見ましたが、体温がかなり下がっている他には体に何の異常もありませんでした」

「特に問題も無く、体も問題なく働いています」

私は淡々と話す先生の言葉がうまく咀嚼できなかった。

「つまり」

急にしゃべり出したからか声が裏返る。

「何も」

「何も分からなかったって」

私の心の中で何かがぐずぐずと上がってきて。

「原因不明ってことですよね...」

ぷつりと音を立てるように力が抜けた。

「落ち着いてください、落ち着いて」


「私たちには分からなかったです」

先生はひと呼吸置いてから話を続けた。

「なので1つ話を聞いてください」

「話...?」

「昨日の夜に世界中で意識が飛んでしまう不思議な現象が起きましたよね」

私は昨日の事を思い出して、あの音は何か事故が起きた音なのだろうな、と結論づけた。

妙に冷静なのが自分でも寒気がする。

「その後も色々と不思議なことがありました」

「例えば、一部の人が特殊な力に目覚めたとか」

「昨日の今日ですから、まだ公表されていませんがそういうことを研究する組織もできたとか」

先生の話は突拍子も無い話だったが、妙な説得力があった。

「うちにも話が来ていてね、柊さんをそこに預けさせてくれませんかね?」

聞いてすぐ信じられる話では無い、だが昨日の出来事や柊の発言があるので合点がいかないわけでは無い。

全ての話が本当だとして、本当にその組織は信用に値するのだろうか。

そもそもの話、私ではなく柊の両親に相談すべきことでは無いだろうか、かといって柊の両親に連絡が取れるわけでも無い。


「...少し考えさせてください」

先生はあっと顔に出てから言った。

「まぁすぐに決められることでは無いですよね」

「では私は少し席を外しますので、ゆっくり考えて置いてください、また来ますね。」

そういって先生はがらがらと音を立てて奥の部屋に消えていった。

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