能力〈チカラ〉があるから

梨かな

第1話 洋館と少女

ある夜、地球上全ての生き物に能力〈チカラ〉が与えられた。


何故能力が使えるようになったのか、何のために能力が与えられたのか、四年たった今でもその全てが謎であり、世の研究者全員が血眼になって調べる研究対象である。


そんなさっきまで無かった物が“普通”に存在する世界で、私はいわゆる「何でも屋」を営んでいる。

元々は7日に一人依頼人がやってくれば良い方だったが、社会が能力に蝕まれてからは、依頼人が途端に増えた。


バン!

正面のドアが開く音を聞き、私は机から顔を上げる。

「失礼します!ここなら能力が関する仕事も請け負ってくれると聞いたんです!」

元気な声で店に入ってきた彼女は、少女のような体にはアンバランスな大きめのパーカーを着て、長く伸ばした白い髪のポニーテールをゆらす。


「勿論、お受けしますよ、私はこういう者です」

そういって渡した紙には「何でも屋 希〈ノゾミ〉  フルカワ ノゾミ」と書かれていた。


希は続けて。

「ではこの紙に名前と連絡先、あなたの能力をお願いします」

と言い、私は机から一枚の紙をだし、ペンと一緒に前に差し出した。

「分かりました!」

そう言うと一瞬にして書き込んでしまった。

「出来ました!」

そういってダッ!と紙を希に渡す。


そこには

「名前 花梅 千郷」

「連絡先 ×××-××××-××××」

「能力 自分の血を鳥の姿で操れて、思いっきりぶつければスチール缶くらいなら貫けます!」

と、書かれていた。


「...確認できました、千郷さんですね」

「では今回はどんな依頼で?」

千郷は慌てて依頼内容を話す。

「えっと、私はそこそこ大きな家に住んでいるんですが、今年で七才になる娘がいて、今日少し家を空けなくてはいけない用事があるんです」

「ほう、それでその間見て欲しいと?」

だが、大きな家なら使用人かなにかいるだろうと思ったが希はめんどくさそうなので黙っておいた。


「そうです!これから時間ありますか?」

千郷は答えを聞かずに希の袖を引っ張ってひょいと車に乗せてしまった。

「えっ、ちょっ...」

思わぬ力に希は動揺を隠せずにいた。

「あっ!もしかして用事とかありました?」

「いや...少し驚いただけです、連れてってください」

「じゃあ、シートベルト付けてください、かなり急ぎますので!」

そういって千郷がエンジンをカチリと入れると、車内からきりきりと音がなり始める、なかなか使い込まされた車のようだ。


希を乗せた車は何でも屋のある小道を抜け、大通りの脇道から森の方へ入っていった。

「あー、やっと着きましたよ!希さん!」

そう言われ車の窓から見た景色に希は吸い込まれそうだった。

「かなり大きなお屋敷ですね」

「使ってるのは一部ですけどね~」


希はまた袖を引っ張られるかたちで屋敷の中の一つの部屋へと案内される。

屋敷の中は外から見たときよりもきらびやかで、それはこの部屋も例外ではなかった。

壁には誰もが知るような絵画が飾られ、棚や寝具には、ぬいぐるみや人形が多く置かれている。

そんな部屋には、一人の少女が座って待っていた。

まん丸でどこまでも見通せそうな黒い目に、白い髪をツインテールにしてまとめている。

「じゃあお願いしますね!」

そう言うと千郷は瞬く間に目前から消えてしまった。


圧倒的に説明の足りなさに困惑した希であったが、目の前の幼子の姿を見て考えてる時間は無いと気づかされる。

「あー、私は千郷さんの依頼で来た古川っていうんだが、君の名前は?」

精一杯の笑顔が堅苦しい。

「わたしは...はなうめかおり」

希の気持ちが上手く伝わらなかったようで、少女はそう言って、ベッドの中に潜り込んでしまった。


希は中性的な顔立ちに、睡眠時間が少ない故のクマができたすす色のジト目、あまり整えられていない灰色の長髪、女性にしては高い背丈に胸など無い。

はなから子供に好かれるとは想っていなかったが、ここまで露骨に嫌われると流石の希もかなり心に来る物がある。


何事も無く時が過ぎるのを待てば依頼達成とはいえ、このままの状態でただ待つというのも二人にとって酷であると思い、もう一度少女に近づこうとした。


ただそのとき。

きしり、きしりと軋む音が聞こえ、希の体が強張る。

はっと思い出したように少女の方を確認するがそこに少女の姿は“無かった”

幸いすぐに近くの棚の中に隠れているのを見つけた、私なんかよりよっぽど今の状況を理解してるようだ。


少女を気にしつつ、希は音の主を探ろうとドアに手をかけた時だった。

「まって!」

少女の声に希の手が止まる。

「いったらおねえさん、しんじゃう」

全力で叫んだのだろう、だがその声はひどく弱々しかった。

「大丈夫、借り物だけど私戦える方だから」

「だめだよ、“あれ”にはどんなちからもきかないんだよ...」


聞き流せない言葉にもう一度手にかけたドアを離した。

「待て、どんな奴が来るか分かるのか?」

「うん、どろどろのこわいの、いっつもよるにくるの」

二人の話してる間にも耳元に足音が逃げ込んで来る。

「それっていつからだ?対処はどうしてる?!」

少しずつ近づいてくる足音に希の顔にも焦りが見え始める。

「もうずっとまえから“あれ”はここにまいにちくる、いつもならおか」

瞬間ベキリという音で少女の声がかき消された。

同時に希の視界が暗い暗い茶色に染まる。


「さて、どうしようか...」

希の能力「知行合一」は能力と能力の保持者の二つを視界に収めることで、能力を3つまでストックして借り、情報を知ることができる。

が、目を覆いたくなるほど醜悪な容姿を目前にしているのにも関わらず、希はその能力を理解出来ないということは...


「“あれ”は本体じゃない」

「召喚獣なのか、他人を強化できるのか分からないが、“あれ”は自己強化じゃない」

「ねぇ、か:分かるの?」

「とにかく“あれ”に構ってても無駄だ、ということだ」


希は少女をひょいと持ち上げて飛び上がる。

背中に生えた純白で凍える翼も誰かしらの能力なのだろう。

翼で飛びまわれる部屋の広さに軽い恐怖すら覚えたが、希は“あれ”があまり高い位置には届かないのを確認し、少し安堵した。


冷静さを取り戻し、腕の中の少女を確認すると、一緒に逃げ回って疲れ果ててしまったのか、それとも高所による恐怖からか気絶するように眠っていた。


希はゆっくり寝かせてやりたいと思ったが、まずは“あれ”どうにか対処しなくてはならない。

今一度“あれ”を確認しようとしたが、希の瞳に“あれ”が映ることは“無かった”


姿も無い、音も無い、今まで希の中で蠢いていた緊張が霧散する。

枕に少女頭を乗せる、降り立った希の姿は旅人が見たら、まるで天使だと称するだろう。


「うぅーん」

「あっ!“あれ”はどこかにいったんだ」

少女は飛び起きて辺りを見回した。

「また、おうちなおさないと」

「ああ、どこかに行ったみたいだな、起こしてすまなかった」

「ところで、傷一つ無く元どおりに直せる凄い人もいるもんだ、雇ってるのか?」

「ううん、わたしがねんじるとおうちがもとどおりになるの、それがわたしのちからなんだって」

「君、結構凄いんだね」


危機が去ったからか、二人の間に再び気まずい空気が流れる。

だが、平穏が長く続くことは無かった。

ベキリ、ベキリと鈍い音が二人の間の静寂を破る。

「どうやら、まだ近くにいたようだね」


“あれ”がまた部屋に入ってくる。

その瞬間、ほぼ同時にルビーのように赤く輝いた鳥が茶色の塊を貫き、両者は途端にバラバラになってしまった。

「ああ、なるほど...」

希はその光景越しに少女を見た、そして希に能力の情報が流れてくる、少女の能力は思い込んだことを現実に持ってきてしまう能力なのだ。


「おねえさん!たすかったよ!」

「いつもはにげてるうちにどっかいっちゃってたけど、ようやくたおせたってことだよね!」

「そうだな、きっともう此処に“あれ”が来ることはないはずだ」


ガチャリ、と玄関のドアが開いた。

「待ってて、私が見てくる」

そう言って外を確認すると、玄関に立っていたのは千郷さんだった。

「千郷さんでしたか」

「あっ!希さん、今日はありがとうございました!」

「それと...依頼料ってどれくらいなんですか?」

「依頼料については、追って連絡しますので安心してください」

「そして」

希は千郷に近づいて「随分娘さんに信用されてるみたいですよ」と耳元で囁いた。










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