第32話 総力戦開始

《ゼラン視点》


 孤島に着いてから2日後。

 勇者パーティ一行の乗った船が島に到着したのを確認して、俺たちは行動を開始した。


 港のある小さな町からは、簡易的に整えられた道が聖魔神殿の建つ丘にまで伸びている。

 緩やかな傾斜のある道沿いには、潜伏しやすそうな鬱蒼とした森が広がっていた。

 俺たちは変化の魔術を解いて森に隠れ、いつでも勇者たちを迎え撃てるよう準備を整えた。


「ソウマ。見張り、交代するぞ」


 俺は町の入り口を監視してくれていたソウマに声をかけた。


「ありがとう。じゃあ、しばらく休ませてもらおうかな」


 ソウマが森の奥に引っ込んでいくのを見送って、俺はその場に屈み込む。

 町から続く道を見通せるこの場所は見張りにはうってつけだ。

 息を殺して町を見下ろすと、途端に心臓の拍動が大きく感じられた。


 もう戦いの時は刻一刻と迫っている。

 俺の脳内にはある決意がみなぎっていた。


 今思えば試練の洞窟で自分の幻影と戦ったのは、いいきっかけだった。

 やはり俺には人殺しなんてできない。

 

 勇者を説得して魔族と人間の争い自体を止めれば、勇者を殺さずに俺も生き延びることができる。さらに、多くの人間の命も救われるだろう。

 悩んだ末に行きついた俺なりの結論。


 しかし、俺1人で勇者を説得するなんて無謀過ぎる。

 誰でもいいから協力者が欲しいと思っていた時、エルガノフが人間の文化に興味があると知って直感した。協力を仰ぐなら彼しかいないと。


 思い切って相談して本当に良かった。

 エルガノフのおかげで、ベロニカとソウマも手を貸してくれることになった。すでに手筈も決めてある。


 エルガノフが勇者を足止めしている間に、ベロニカたちと共に勇者の仲間を全滅させる。

 ただし、勇者を信用させるために、死人は出さないようにしなければならない。

 

 前回ボロ負けした勇者パーティを手加減しながら返り討ちにするのは困難だが、争いを終わらせるためには必要な手順だ。

 4人で力を合わせて、なんとかして見せる。


 そんなことを考えていると、街の方から数人の人影がこちらへ向かってくるのが目に入った。


「……!来やがったか!」


 俺はすぐさま仲間たちの下へと駆け出した。





「……ついに4人目も現れたか」


 勇者パーティの前にずらりと横並びで立つ俺たちを見て、アスレイが溜息交じりに呟いた。


「ワシは四天王最後の1人。大将たいしょうエルガノフ。ワシら4人が集結したからには、オマエたちに勝機はない」


 エルガノフの威圧的な口上を聞いて、 後方に控えているメイジーの顔が青ざめた。


「まさか、四天王が全員揃ってしまうなんて……」


「メイジー、怯える必要はない。前回は油断したが、今度こそ僕の魔法で蹴散らして見せるさ。大陸が誇る魔術の伝道師、クライブがね!」


 クライブが相変わらずの尊大さでメイジーに語りかけた。

 

「はいはい。大言壮語ばかり吐いてると、足元すくわれるわよ?」


 そう言ってクライブを軽く肘で小突いたのは、初対面のメンバーだった。

 緑色の髪を束ねておさげにした少女。


 色素の薄い黄色の瞳でクライブを見上げている。

 いたずらっぽい笑みを浮かべて、仲間をからかう様子に俺の記憶が呼び覚まされた。


 錬金術師のティオ。

 確かこいつは通常プレイではそうそう仲間にできないレアキャラだったはず。攻撃からサポートまで幅広くこなせる万能タイプの性能で、一部のゲーマーからは公式チートと呼ばれるほどの強さを誇る。

 かなり面倒なステップを踏まないと仲間にならないから、ゲームプレイヤーじゃないこの世界の勇者がティオを味方につけていたことに俺は心底驚いていた。


「みんな、戦闘準備だ。四天王はここで必ず始末する」


 アスレイの言葉で勇者の仲間たちは瞬時に戦闘態勢に入った。


「じゃ、まずは壁を立てさせてもらいまーす」


 ティオが懐から取り出した2つの宝石を前方に投げた。


「『自動人形創造ゴーレムクリエイト』!」


 地面に落ちた宝石に土塊が集まり、瞬く間に巨大なゴーレムが2体現れた。

 片方は両腕が盾形になっており、もう一方は右手に大剣を持っている。

 アスレイの左右にゴーレム達が進み出て、防御の陣形が組まれた。


「『聖なる結界セイントバリア』!」


 続いて、メイジーがアスレイに補助魔法をかけた。

 アスレイの身体を白銀のオーラが包み込む。

 どんな攻撃も一度だけ無効化するバリア。

 『防護魔法プロテクション』よりも高性能な単体防御魔法だ。


 しかも、アスレイは紅い宝石が埋め込まれた鎧を装備していた。

 炎の神殿に封印されていた伝説の鎧だ。

 すべての属性攻撃に耐性を持ち、継続回復リジェネ効果まで付いている。


 強力な防具を身に着け、メイジーのサポートを受けたアスレイの前線維持能力は前回の比ではない。

 おまけに、ティオのゴーレムで壁役が2人分増えている。


「よし。とくと見るがいい。100年に1人と謳われる魔導の天才、クライブの魔法を!」


 クライブが構えた杖を上空へと向け、魔力を高め始めた。

 最初の口上から二つ名が変わっているじゃないかと突っ込みたくなるが、あんな頓珍漢な言動をしててもクライブの魔法威力は侮れない。

 あの構え、かなりの大技を放つつもりのようだ。


 「なるほど。前衛を固めてボクたちの攻撃を食い止めつつ、クライブの魔法で攻めて来る布陣みたいだね」


 ソウマの冷静な分析を聞いて、エルガノフが槍を構える。


「ならば力ずくでこじ開けるだけだ。ゆくぞ!」


 先陣を切るエルガノフに合わせて、俺とベロニカも前に出る。


「『武雷突ぶらいとつ』!」


「くっ!」


 エルガノフの突撃をアスレイが真正面から迎え撃った。


「最後の四天王。さすがにただものじゃないようだな」


「まだまだ小手調べにすぎぬ。はあっ!」


 アスレイとエルガノフの武器が激しくぶつかり合う。

 両者とも一歩も譲らない。


 2人の戦いを横目に、俺はエルガノフたちの左側に陣取った盾タイプのゴーレムに肉薄する。


「『氷結剛拳撃フローズンインパクト』!」


 しかし、渾身の力を込めて放った右ストレートはゴーレムの盾によって軽々と食い止められてしまった。


「こいつ!硬いなっ……」


 ゴーレムはさらに両腕の盾で逆に押し返そうとしてきた。

 俺はバックステップで大きく距離を取り、戦況を確認する。


 右側のゴーレムを仕留めに行ったベロニカも、地面を穿つ大剣の一撃により足止めされている。

 エルガノフは攻撃をアスレイにことごとく捌かれ、苦戦しているようだ。

 勇者の後方では、クライブの魔法が着々と完成しつつある。


 だが、俺たちが一対一で勇者たちと相対したことで、ソウマがフリーになった。

 ソウマの姿を探すと、すでに彼は大きく回り込んで後衛を狙おうとしていた。


「近づけさせないよっ。『大地の突刺グランドスピアー』!」


 ティオが右手に構えた短剣を大地に突き立てると、ソウマの足元の地面が隆起。

 盛り上がった土が鋭い槍のように変形して、ソウマに襲い掛かった。


「くうっ!」


「確か四天王のソウマ、だったね。まずはこの前のお返しをさせてもらおうか」


 たまらず距離を取ったソウマに、クライブが向き直った。


「『流星弾雨メテオシャワー』!」


 クライブの杖の先端に展開された魔法陣から、燃え盛る炎の塊が上空に向かって射出された。

 巨大な炎が空中で弾け、無数の弾丸となって降り注ぐ。


「やばっ!」


 ソウマは襲い来る火の雨を目視しながら、背走して回避を試みた。

 爆音と共にクライブの魔法が着弾し、砂煙があがる。

 隕石のように次々と撃ち込まれる火炎弾の爆撃によってソウマの姿が見えなくなってしまった。


「ソウマ!むむ、小癪なっ!」


 エルガノフの声が聞こえ、そちらに目をやる。

 アスレイと打ち合っていたエルガノフが強引に勇者の剣を弾いた。

 そこから流れるように上段から振り下ろした槍の一撃をアスレイは盾で受け止める。


「『聖なる反抗セイクリッドカウンター』」


「むうっ!」


 盾から発せられた衝撃波がエルガノフに直撃。

 しかし、エルガノフは両足を地面にめり込ませながらも耐えきった。

 

「食らうがよい!『連舞れんぶ四天殺してんさつ』!」


 『聖なる反抗セイクリッドカウンター』のノックバック効果に怯むことなく繰り出された怒涛の4連撃。

 アスレイは捌き切れず、最後の一撃が勇者の胴体に迫る。

 その時、アスレイが纏っていたバリアが光の障壁を作り出し、当たるかと思われた攻撃を無効化した。


 エルガノフの攻撃は届かなかったが、アスレイにかけられた防御魔法は解除された。そして、クライブの魔法攻撃はソウマが引きつけてくれている。攻勢に出るなら今しかない。


「このまま押し込む!オマエたち、『魔神器』を解放するのだ!」


 俺の思考とリンクするように、エルガノフが号令を発した。

 俺は即座に両手のガントレットに魔力を込めた。

 目の前には盾を構えて俺の出方を伺うゴーレムの姿がある。


「了解だ!畳み掛ける!」


 ガントレットが蒼く光り輝き、俺は右腕を引き絞った。

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