第31話 語られる計画

「なんだ?」


 否応なく心臓の拍動が激しくなるのを感じながら、僕はゼランの言葉を待った。


「魔王の前では勇者を倒すと啖呵を切っちまったが、俺は勇者を殺すべきじゃないと思ってる」


「なに?どういうことだ?」


 全く想像もしていなかった発言に、僕は思わずゼランの方へと振り返った。

 彼は神妙な面持ちでこちらを見ている。


「勇者が倒れて人間界の侵略が進めば、人間側は俺たちを恨んで反撃してくるだろう」


 僕は黙ってゼランの言い分に耳を傾ける。


「勇者を倒しても戦いが終わらないのは目に見えてる。だが、今なら勇者を説得すれば、人間たちと共存する道を探るきっかけを作れるはずだ」


 侵略を止めて、人間と共に生きる。

 完全に盲点だった。

 もし本当に休戦できるんだったら、僕も進んで協力したい。

 でも、驚いた。


「まさか、オマエがそんなことを考えていたとはな……」


 ありのまま思ったことを口に出す。

 すると、ゼランは急に眼を泳がせて慌てふためいた。


「あっ、えーっと。俺は魔界で成り上がりたいだけで、人間どもと争いたいわけじゃねぇんだよ。それに、アスレイみたいな危ない奴が次々出てきたら面倒だしな!」


 棒読みのような喋り方でひと息に理由を語ったゼラン。

 なにを焦っているのか分からないけど、彼の言っていること自体はよく理解できる。


「……そうか。確かに長期的に見れば、魔界の安寧あんねいに繋がるかもしれん」


 僕としても願ったり叶ったりの申し出。

 ただ、勇者の説得を実行するには1つ問題があった。


「しかし、勇者を見逃せばオスクリータ様の命令に逆らうことになる。他でもない、オマエが勇者を必ず倒すと宣言したのだ。説得に失敗して勇者を取り逃がせば、どんな処罰を受けるか分からぬぞ」


「もちろん、その時は俺がすべての責任を取るつもりだ」


 ゼランは僕の顔を真っすぐ見る。

 自分が犠牲になってもいいだなんて、すごい覚悟。

 だけど、すんなり首を縦に振ることはできない。


「責任を取る?勇者討伐はワシら四天王が任された仕事ではないか。勇者を見逃したとなれば、4人全員の過失となる。オマエだけの問題ではないのだぞ」


 対話で解決できるのが一番いいのは間違いないけれど。

 勇者の説得がそう簡単にできるとは思えない。

 うまくいかなかったら、連帯責任で大変なことになってしまう。

 最悪、僕も含めた四天王みんなの命に関わるかもしれない。


「だったら、俺が独断でやったことにすればいい」


 ゼランは立ち上がって、自分自身を親指で指し示す。

 彼の眼には強い意志の光が宿っているように感じた。


「それに、もし失敗しても俺がすぐ勇者に止めを刺せば、魔王に咎められることもない」


 すべてを背負い込もうとするゼランの言葉に僕は逡巡しゅんじゅんする。

 そりゃあゼランの言う通り、説得できなかった時に勇者を倒せれば問題はないけど。対話の隙にでも逃げられちゃったらお終いだ。


 勇者が生き延びてしまえば、たとえゼランが独断だと言い張っても僕たち四天王の責任問題になることは変わらない。

 話し合いの場を設けて停戦に持っていきたいのは山々だけど、失敗した時のリスクが僕の決心を鈍らせていた。


「しかし……」


「頼む、エルガノフ。俺に勇者と話をさせてくれ。お願いだ!」


 ゼランは深々と頭を下げた。

 今まで四天王の協調を重んじて勇者を倒そうとしていた彼に、どんな心境の変化があったのかは分からない。


 でも、ゼランの真摯な態度を見て確信した。

 彼は本気だ。

 争い自体を止めるという、最善の結果のために全力を尽くそうとしてる。

 一見無理に思えることでも可能性を捨てない。


 思えば、四天王の共闘だってゼランの提案で実現した。

 魔王に共闘を非難された時も、最後まで食い下がって認めさせた。


 彼なら、本当に勇者を説得できるかもしれない。

 僕の中でそんな思いが膨らんでいった。

 同時に、及び腰になっていた自分が情けなくなる。


 せっかく戦いを止める選択肢をゼランが示してくれたのに、僕は失敗を恐れてばかりで否定的になってた。

 挑戦せずに諦めたら、未来を変える機会はその時点で失われてしまう。


 大丈夫。勇気を出すんだ。

 僕もゼランに協力して、最善を尽くせばいいだけじゃない。

 そうした方が、やらずに後悔するよりずっといい。

 僕は覚悟を決めた。


「……勇者パーティのメンバーを倒して、勇者を追い詰めることが条件だ。いつでも勇者を仕留められる状況にしなければ、会話することすら難しいだろうからな」


「……!エルガノフ……。恩に着るぜ!」


 安心したようにふっと表情を和らげたゼラン。


 勇者の説得が上手くいけば、僕が戦場に駆り出されて敵を倒す必要もなくなるかもしれない。

 

 ふと、試練の洞窟で自分の幻影を葬った時の感覚が蘇る。

 あんな思いをもうしないためにも、全力でゼランをサポートしよう。

 勇者や他の人間を殺さなくてすむのなら、絶対にその方がいいんだから。


 とりあえず、ベロニカとソウマにも話を通さないと。

 それから、4人で作戦会議もしなきゃ。

 戦いの前にやることがたくさんできてしまった。


 まずは身体を休めて、明日から準備を進めよう。

 僕は逸る気持ちを押さえながら、休息に専念することにした。

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