第28話 変化の魔術

《ソウマ視点》


 魔王城の地下。

 転移魔法陣がある部屋に、アタシを含めた四天王全員が勢揃いしている。

 そう。ついに勇者たちを倒しに行く日が来ちゃったんだよね。


 いくら『魔神器』で強くなったっていっても、あの勇者とまた戦うのはやっぱり気が重い。


 それに洞窟の守護者との戦いで、初めて敵を倒す経験をしたのも結構尾を引いてる。

 自分の幻影を斬った時に感じた嫌な手ごたえ。

 あんなことをまたやらなきゃいけないとか勘弁して欲しい。


 今まではゲーム感覚が抜けてなかったからなんとなく戦えてたけど。

 前みたいに戦えるか自信がなくなっちゃった。

 勇者を殺さないと生き残れないなんてヒドイ2択だよ。マジ憂鬱。

 

 今回の修行でアタシたち全員めっちゃ強くなったし、力を出せさえすればたぶん勝てると思う。

 だからこそ、アタシが止めを刺すことになった時のために心構えはちゃんとしておかなきゃ。


「よし。全員集まったな」


 エルガノフがアタシたちを見回して言った。

 彼の言葉でハッと我に返る。

 今は目の前のことに集中しないと。

 

「じゃあ。これから出発するわけだけど、準備はできてる?」


 アタシは四天王たちを前にして質問した。


「うむ。問題ない」


「ああ。戦闘準備は万全だぜ」


「え、ええ。大丈夫よ」


 3人がそれぞれ返事をした。

 でも、ベロニカがちょっと自信なさげにソワソワしてる。

 この前訓練場で説明はしたけど、おさらいはしておいた方がいいかも。


「一応、最終確認しよう。これからボクたちはどこへ向かうんだったかな?」


 アタシはベロニカに目を向けて訊ねた。


「えっと。大陸から離れた東の孤島でしょ。そこにある聖魔神殿で勇者を迎え撃つのよね」


「うん、その通り。でも、神殿の前に行く場所がある」


 すると、ベロニカはあからさまに動揺し始めた。


「あっ。そ、そうよね。ええっとぉ……」


 こういうちょっと抜けた所のギャップがやっぱ可愛い!

 けど今は真面目な話だから、顔がにやけないようグッと堪える。


「今回は目的地が孤島で見晴らしがいいから、ベロニカに乗って行くと神殿の警備兵に見つかっちまうって話だったよな」


「うむ。だから孤島行きの船に乗るため、大陸の東にある港町に潜り込まねばならぬ」


 ベロニカが答えに辿り着く前に、ゼランとエルガノフが満点の回答をしてくれた。


「そう。つまり人里に行く必要があるんだ。というわけで、これから潜入のためにとっておきの魔術を使うよ」


 アタシはローブから古ぼけた杖を取り出す。


「まずは、エルガノフからいこうか」


「分かった。頼む」


 魔力を込めて杖に刻み込まれた術式を起動。

 杖から放たれた光がエルガノフの身体を包み込む。

 光が収まると、エルガノフの顔が変化していた。


「ほう。これが変化へんげの魔術か」


「体格までは誤魔化せないけどね。エルガノフの長身と全身鎧は目立つだろうけど、こうして人の顔に変えてあげれば怪しまれないはずさ」


 健康的な肌色の皮膚に暗めの茶髪。

 エルガノフの面影が残る厳めしい顔つき。


 どこからどう見ても人間としか思えない。

 ゼランが感心したように目を見開いて、エルガノフの顔をガン見した。


「おぉ。大したもんだ。これなら街に入っても魔族だとはバレないな」


「すごいわね。本当に人間みたいだわ」


 ベロニカが口に手を当てて飛び跳ねながら驚いてる。

 あっ。カワイイ。

 見惚れそうになるけど、顔を横に振ってなんとか正気を保つ。


 今のでときめいてるようじゃあ、この先心臓がいくつあっても足りない。

 アタシは覚悟を決める。


 さあ、いよいよメインイベント。


「じゃあ、次はベロニカとゼランの番だね。そこに並んで」


 不安そうなベロニカと、ワクワクしているゼラン。

 対照的な2人がアタシの目の前に整列する。


 アタシの推しが人間の姿になるなんて、幸せ過ぎて卒倒しちゃうかも。

 マジで倒れてしまわないように、気を張る。

 生唾を飲み込んで、アタシは変化の魔術を使った。


 2人の姿が光に包まれる。

 光のもやが消え始め、浮かび上がるベロニカの姿。

 あれ?なんか肌色成分が多いような……。 

 

 その理由に気がついて、アタシは理性が飛びそうになる。

 ベロニカはちゃんと人間態に変身していた。

 ただし、彼女は衣服を何も着てない。


 え?なんで?

 疑問と興奮で、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 直後、男どもの存在を思い出してアタシは叫んでいた。


「ベロニカ!身体を隠して!」


「え?」


 戸惑いながら自分の身体を見たベロニカの顔が真っ赤になる。

 彼女は隠し切れない豊満なバストを左手で押さえて、隣に立っていたゼランに視線を向けた。


「いやあああぁぁああ!こっち見ないで!!」


 鋭いビンタがゼランの頬に直撃。


「うごあっ!」


 凄まじい威力の平手打ちでゼランが吹っ飛んじゃった。

 その直前、ゼランは人間態に変身した自分の身体を見ていた。


 たぶんだけど、ベロニカの裸には気づいてなかったっぽい。

 理不尽な攻撃を受けたゼラン、不憫すぎ。


 ベロニカはそのまましゃがみこんで身体を隠そうとしてる。

 アタシは羽織っていたローブを脱いで、彼女の背にかけてあげた。


「あっ、ありがとう。ソウマ」


 でも、ローブが小さくて応急処置にしかなってない。


「ちゃんとした服が要るね。誰か!着替えを持って来てくれないか!」


 アタシの指示を聞くなり、そばに控えていた兵士たちが急いで駆け出した。


「ソウマよ。まだ目を開けない方が良いのか?」


 エルガノフが棒立ちで律儀に眼を固く閉じたまま言った。


「もう大丈夫だよ。でも、ベロニカが着替えるからゼランを連れて少し席を外してもらえるかな」


 エルガノフは目を開けると、ベロニカの様子を見て状況を察してくれた。

 速やかにゼランを担いで部屋を出て行く。


 アタシはまもなく戻って来た兵士から服を受け取ってベロニカに渡した。

 涙目のベロニカがアタシの方をじっと見てる。


 ごふっ。かわいそうだけど、可愛いなぁ。

 って、ダメダメ。そんなことを思っている場合じゃない。


 「出て行け」と無言の圧を放つベロニカに急き立てられるようにして、アタシはそそくさと部屋の外に出た。




 

「着替え、終わったわよ」


 しばらくたって、ベロニカがちょっぴり開けた扉の隙間からアタシたちを呼んだ。

 扉が開いて、ベロニカの姿が見えた。

 彼女は冒険者が着用する動きやすそうな服を身に着けてる。


 うぐっ。最高。

 めちゃくちゃ似合ってる。


 さっきはまともに見れなかったけど、元の姿をベースにした美女っぷりが解釈一致過ぎてヤバイ。

 普段は腕や足に鱗があったけど、服の間から絹のようにきめ細やかな肌が露出している。

 特にスラっとした美脚が眩しい。あぁ、眼福だぁ。


「ゼラン……。さっきは叩いちゃって悪かったわね」

 

 ベロニカは申し訳なさそうにしながらゼランに頭を下げた。


「まあ、謝ることじゃねえよ。不可抗力のトラブルだったんだ。お前は別に悪くないからな」


 ゼランの頬は若干赤くなってる。

 間違いなく痛かったはずなのに、ベロニカの気持ちを優先するなんて。

 ゼラン、優しいじゃん。


 ベロニカも素直に謝ってるし。

 2人のお互いを尊重し合う関係、尊すぎるんだが?


「しかし、盲点であったな。ベロニカが普段衣服を身に着けていないとは気づかなかった」


 エルガノフの言葉に、アタシは激しく同意する。

 待機中にゼランからその事実を聞いて、鼻血が出そうになっちゃった。

 これからベロニカの姿をよこしまな眼で見てしまいそうで、自分自身がコワイ。


「元の姿に戻るときも気をつけないといけないね」


 アタシがそう言うと、ゼランが大きく頷いた。


「ああ。絶対忘れないようにしないとな!」


 ゼランは普段から戦闘用の丈夫なころもを身につけてるから、本人は問題なかった。

 でも、かなり手痛いとばっちりを受けちゃったからか、彼の言葉には必死さが滲み出てる。


「ええ!ちゃんと覚えておくわ!」


 ベロニカも力強く首肯した。


「では、そろそろ出立するとしようか」


 エルガノフが槍を背負って魔法陣の方へと向かう。

 いやぁ、出発前からすごいハプニングに見舞われちゃった。


 でも、本当に大変なのはこの後なんだよね。

 アタシは気持ちを切り替えて、エルガノフの後に続いた。

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