第27話 魔神器の力

《ベロニカ視点》


 守護者が守っていた部屋を抜けて、私たちは洞窟の最深部に向かっていた。

 あとは目的の武器を見つけて持ち帰るだけ。


 でも、私の気分は最悪だった。

 さっきの戦いで敵を倒した時の感触、無理すぎぃ。


 生き物の中にある、壊してはいけない部分に腕を突っ込んだ感覚がどうしても消えてくれない。


 影から出てきた私そっくりの幻影が相手なのもきつかった。

 まるで私自身の命をこの手で奪ったような後味の悪さ。

 うぅ、吐き気がする。


「ベロニカ。なんか顔色が良くないな。まだ休憩が足りなかったか?」


「あっ!だ、大丈夫よ。なんでもないわ!」


「そうか?それならいいんだが」


 気分の落ち込みが顔に出ていたみたい。

 ゼランが私の体調を気にして言葉をかけてくれた。


 彼の心遣いのおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。

 そうだ。いつまでも引きずってるわけにはいかない。

 私は両の頬を手で軽く叩いて気を引き締めた。


 ちょうどその時、エルガノフがこちらを向いた。


「ふむ。そろそろ廊下も終わりが見えてきたようだな」


「まだ罠があるかもしれないよ。気をつけて行こう」


 ソウマが油断なく注意を促した。

 エルガノフが「そうだな」と返して、慎重に歩を進めていく。


 4人で警戒しながら廊下を抜けると、そこは倉庫のようなこじんまりとした部屋だった。

 でも、入った瞬間私たちの目は室内に置かれている物品に釘付けになった。


「これが全部『魔神器』ってやつなのか。壮観だな」


 ゼランが感嘆の声を上げる。

 私も納得して頷きそうになってしまう。


 壁一面に煌びやかな輝きを放つ様々な武具が飾られていた。

 そのどれもが強力な魔力を帯びているのを肌で感じる。


「長剣、斧、槍、大槌まであるのか。こんなにあるなら、手に馴染むものを選べそうだね」


 ソウマが室内を歩き回り、武器を眺めながら呟いた。


「おおっ……!カ、カッコいい……!」


 すると、突然エルガノフの口から意外な言葉が聞こえてきた。


「え?カッコいい?」


 ソウマがパッと振り返って、困惑気味に問いかける。


「ゴ、ゴホンッ!じ、実に恰好がよく、強力そうだな!オマエたち、自分に合った武器を取るのだ。ワ、ワシはこの槍を貰おう」


 エルガノフは慌てふためきながら、白銀の槍を手にした。

 へぇ。見た目に寄らず、カッコいい武器とか好きなのかな?

 エルガノフも意外とお茶目なところがあるのね。


 ここまでの道中でも、頼りがいあったし、優しいし。

 見た目は凶悪な悪魔だけど、なんか普通に良い人っぽいよね。

 初対面の時は怖かったけど、かなり印象変わったかも。


「……、わ、分かったよ!さて、どれにしようか」


 ソウマはすぐさまエルガノフから眼を逸らして、武器を物色し始めた。

 なんだろう。彼もなんだかぎこちない表情をしていた。

 エルガノフの言葉を無理やり聞き流そうとしてる?

 どうしたのかな。


「じゃあ、俺はこのガントレットにするか」


「ボクはあまり大きな武器は使いこなせないし、この短剣にしておこうかな」


 エルガノフの言葉に従って、ゼランとソウマがささっと武器を選んでいく。


「えっ、もうみんな決まっちゃったの?」


 仲間たちの様子に気を取られて、全然武器を見てなかった。

 ど、どうしようっ!どれがいいのかなぁ?


「別に急がねぇから、落ち着いて考えていいと思うぜ?」


「そ、そう?ならゆっくり見させてもらうけど……」


 私が焦るのを見てゼランがフォローしてくれた。

 色々気にかけてくれて本当に助かるよぉ。

 私は気を取り直して、武器を見て回ることにした。


「でも、あまりいいのがないわね」


 ベロニカには元々鋭い爪という武器がある。

 爪の扱いにもやっと慣れて来たところだから、両手が塞がる装備は選びたくないんだよね。

 しかも、剣や大槌みたいなゴツイ武器ばかりでなんだかピンとこない。

 と、部屋の隅の方に気になるものがあった。


「あっ、なにこれ。綺麗な靴ね」


「へえ。珍しいね。武器というより防具みたいだけど、これも『魔神器』なのかな?」


 ソウマが言うように、それは武器じゃなかった。

 繊細な模様が刻まれた白銀のブーツ。

 膝の辺りまでを守る作りなのに、見た目は全然重苦しくない。

 お洒落だし、普通に履いてみたいかも。


「他の武器と同じように強い魔力を感じるな。それも『魔神器』なのだろう」


 エルガノフがそう補足してくれた。

 これなら両手はフリーになるし、良さげな気がする。


「気に入ったならそれでいいんじゃないのか?」


 ゼランが私の隣に立って、ブーツを見ながらオススメしてくれた。

 その時、部屋の隅だったせいで肩が触れるくらいに私とゼランとの距離が詰まってしまった。

 あわわっ、顔が近いよぉっ!


「べ、別に気に入ったとかじゃないわ!でもまあ、他に使いやすそうなのもないしこれにしておこうかしら!」


 つい恥ずかしくなって、つんけんした態度を取っちゃった。

 なんだかベロニカの演技に引っ張られて、否定的な言葉を使うのが癖になって来てるみたい。


 ちょっと良くないよね。

 あまりキツイことを言ってゼランに嫌われたくないし、気をつけないと。

 そんなことを考えていると、エルガノフが口を開いた。


「よし。目的は達成した。急ぎ魔王城に戻るとしよう」


 こうして、私たちは『魔神器』を持って出口へと向かった。





 戦利品を手に魔王城へと帰って来た私たちは、早速訓練を始めた。

 勇者が次の神殿に着くまでに『魔神器』を使いこなせるようにならないといけない。


 でも、私にはそれとは別に1つ重大なイベントが控えていた。

 それは、ゼランとの約束。


 魔王城を出発する時にゼランは言った。

 なんでも1つ言うことを聞く。


 なんでもって言ったんだから、ホントになにを頼んでもいいってことで。

 魔王城に帰って来てから私はゼランへのお願いのことばかり考えていた。


 一体なにをしてもらおうか。

 わがまま過ぎる要求は良くないけど、こんな機会滅多にないもの。

 もっと仲良くなれるように、ちょっぴり大胆な指示もしてみたい。

 でも、無茶を言って嫌われたら意味ないし。

 ああっ!迷っちゃう!


「ベロニカ。なんか上の空みたいだけど、大丈夫か?」


「えっ?あっ。だ、大丈夫!」


 ゼランに話しかけられて、我に返る。

 そうだ。今は『魔神器』を使った模擬戦の最中だった。


「じゃあ、もう一本いくぞ!」


 そう言って、ゼランは蒼く輝くガントレットを構えなおした。


「わ、分かったわ。はあっ!」


 私もブーツに魔力を流し込む。

 私の魔力に呼応して、ブーツが鮮やかな深紅に色を変えた。

 魔力を込めただけで、身体に力が漲るのを感じる。

 使用者に合わせて変形するみたいで、サイズもピッタリだしまるで魔法の靴みたい。


 私はしばらくゼランと互角の戦闘を繰り広げた。

 もうかなりブーツが身体に馴染んでていい感じ。


 戦闘訓練がひと段落したところで、ゼランが両手のガントレットを見ながら呟く。


「『魔神器』の使い方は大体マスターできたな。それにしても、魔力を増幅して使い手に還元する力があるなんて。大した代物だぜ」


「うむ。『魔神器』によって基礎能力が大幅に底上げされているようだな。ゼランよ。次はワシと手合わせを頼む」


 エルガノフが私たちの方に近寄りながら、ゼランに声をかけた。


「じゃあ、ワタクシは休憩させてもらうわね」


 私は2人にそう告げて訓練場の隅に向かった。

 腰を下ろして、ゼランたちの戦いをボーっと眺める。


「おらあっ!」


 ゼランの拳はエルガノフの槍による防御を軽々と押し返した。


「ぬうぅっ」


 ゼランはあのエルガノフが相手でもしっかり戦えてる。

 すごいなぁ。


「ワシと張り合えるほどのパワー。見違えたな。これが『魔神器』によって引き出されたオマエの力か」


「いや。まだまだこんなもんじゃないぜ!」


 ゼランたちの激しい戦いを眼で追ってると、不意に左手の方から声をかけられた。


「いい感じに仕上がっているみたいだね」


「ソウマ?アナタもトレーニングに来たの?」


 顔を上げるとそこにはソウマがいた。

 彼は私の横に座ってこちらを見た。


「いや、今日は違うよ。勇者の動向が分かったから、報告に来ただけさ」


「……なんだ、そうなの。なら、そろそろ全員で勇者を倒しに行かなきゃならないのね」


 って、あれ。もう次の戦いなの?

 は、早くない?


「ああ。でも、10日ほど修行の時間が取れたのは大きい。今のボクたちならあの勇者が相手でも十分勝機があるはずだよ」


 ええっ!?

 ゼランになにをお願いするか悩んでる間にもう10日もたってたなんて!


 なんだかんだ修行とかもしてたから全然実感なかったよぉ。

 ゼランとした約束がまだなのにぃ!


 ついつい気が動転しかけたけど、ソウマの言葉を反芻はんすうしてある事を思い出した。


「そ、そう。まあ、『魔神器』もあるし、エルガノフがくれたのおかげでかなり戦力は上がったものね」


 エルガノフが魔王城で見つけた奥義書で、新しいスキルまで覚えることができたんだった。

 ゲームでも見たことのないすごく強い必殺技。

 これなら、アスレイを倒せる。

 そう自信が持てるくらい私たちは強くなることができた。


 でも心残りはやっぱりゼランからのお返しを貰いそびれちゃったことだなぁ。

 今からその話をするのはさすがにタイミング悪いし。


 ちゃんと生きて帰って来てから、ゼランに約束を守ってもらおう。

 うん、そうしよう。


「どちらかと言うと、次の移動手段の方が少し手間かもしれない」


 ソウマが気になることを言って、私は正直に疑問を口にした。


「移動手段?またワタクシが全員背負って飛べばいいんじゃないの?」


 あ。つい今までの癖で自分が乗り物になる気満々になっちゃってた。

 今のはベロニカっぽくなかったかも。

 横目でソウマの様子をチラリと確認する。


「はは。自分から名乗りを上げてくれるのは嬉しいけどね」


 彼はクスリと笑って立ち上がった。


「今回はキミの力に頼れない事情があるんだ。エルガノフたちも呼んで説明するよ」


 ソウマはそう言って、訓練中のゼランたちの方へと歩いて行った。

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