第29話 港町での一幕

 アタシたちは転移魔法陣で人間界に向かった。

 港町に一番近い魔法陣は、森の中に打ち捨てられていた小屋にあった。

 森を抜けて、街へと続く道に出るまではすんなりと移動完了。


 街の入り口まで来ると、さすがに人通りが多くなってくる。

 冒険者パーティに扮しているとはいっても、やっぱり緊張する。

 アタシはいつもの服装をして、『魔神器』の双短剣を腰に帯びていた。


 人とすれ違っても、特に奇異の目で見られてる感じはなし。

 うん。問題なさそう。


「ねえ、ソウマ。ワタクシ……、じゃない。私たち、ちゃんと溶け込めてる?」


 心配そうに訊ねてきたベロニカの姿を改めてよく見る。

 『魔神器』のブーツ以外は軽装でまとめた戦士風の装い。

 カモフラージュ用に片手剣を腰に差している。

 目を奪われる美貌と鮮やかな赤髪を除けば、ただの冒険者にしか見えない。


「大丈夫だよ。騒ぎを起こして目立ったりしなければ、怪しまれることはないんじゃないかな」


「よ、良かったぁ」


 両手を胸に当ててホッと息を吐くベロニカ。

 うっ。仕草がいちいち可愛いっ!


 気を紛らわすために前を見る。

 もう港町は目の前まで迫ってきていた。


 街に到着すると、まずレンガで整備された道が目に入った。

 手入れの行き届いた幅の広い道が真っすぐ海に向かって伸びている。

 この道が大通りみたい。

 通りの両側には様々な店が立ち並び、多くの人が行き交っていた。

 

「しかし、すごい人の数だな。ここってただの港町じゃないのか?」


 格闘家風の恰好をして、『魔神器』のガントレットを装備したゼランが疑問を口にした。

 人間態になったゼランも結構な男前ね。

 元々雪男の姿はかなり人間に近かったけど、皮膚の質感や筋肉のつき方が変わってシュッとした感じ。

 ツンツンした青髪も服装とマッチしていて違和感は全然ない。


 ゼランはあまりの人の多さに驚いたのか、キョロキョロしてる。

 でも、街の人たちは外から来た人間を見慣れているみたいで、若干挙動不審なゼランを気にする人はいなかった。


「元々海産物などの名産品が多いからか、賑わっているようだ。大きな冒険者ギルドの施設があるのも一因かもしれぬな」


 漆黒の鎧を身に纏ったエルガノフがゼランの疑問に答える。

 4人の中でもずば抜けてガタイがいいからやっぱり多少は通行人の目を引いてるけど、怪しまれてはいないみたい。


 むしろ巨大な槍を軽々背負っているエルガノフを見て、感心している一般人が多い。手練れの冒険者だと思われてるのかも。


「へぇ~。言われてみたら、色んなお店があるわね」


 ベロニカが大通りに面したお店の方を見ながら呟く。

 衣料品を売っている店や食事処など、こっちの世界に来てから見たことのなかったものがたくさんある。

 むむ。ちょっと興味を惹かれるし、寄り道したくなっちゃうな。


「せっかくだし、船に乗る前にどこかで腹ごしらえしておくのもありなんじゃないか?」


 ゼランの提案に心の中でガッツポーズが出てしまう。

 ナイス!さすがゼラン。気が利くじゃん!

 アタシは持って来たお金が入った袋を確認しながら、ゼランの言葉に返事する。


「いいね。通貨は多めに用意してあるから、食事くらいならできるよ」


「ホントに!?じゃあ、美味しそうなお店探さなきゃ!」


 ベロニカが目を輝かせて、ほくほく顔で声を上げた。

 あぁっ、眩しいっ。

 

 ベロニカは食事できる場所を探そうと足取り軽く、先へと進んで行ってしまう。


「あんまり浮かれて走るなよ!はぐれちまうぞ!」


 ゼランがまるで保護者みたいに小走りでベロニカを追いかける。

 アタシとエルガノフも2人を見失わないようについて行った。


 大通りを真っすぐ進むと、途端に視界が開ける。

 海沿いに街並みが広がっていて、ベロニカは人が集まっている建物の前に立っていた。


「このお店、いいんじゃない?」


「海で取れた新鮮な魚介を出してるのか、確かに気になるがちょっと人が多くないか?」


「えぇ……、お魚食べたいのにぃ」


 ベロニカとゼランが店の前で揉めている。

 駄々をこねるベロニカの幼げな素振りにキュンとしてしまう。

 ダメって言いにくいし、ここは全力でアシストしよう。そうしよう。


「今は朝食時だから混んでるみたいだね。近場で少し時間を潰してから来れば入れるんじゃないかな?」


「ソウマ、頭いいわね!なら、しばらく近くのお店を見て回りましょ!」


 テンション高く声を弾ませるベロニカを見て、こっちまで嬉しくなっちゃう。

 アタシも釣られて表情が緩み始めたその時。


「む!あ、あれはっ!!」


「エルガノフ?どうかした?」


 突然大声を上げたエルガノフ。

 ビックリして問いかけてみたけど、彼はアタシの言葉に返事することもなく駆け出してしまった。


「おわあっ!おいおい、どこ行くんだよ!」


 ゼランが慌ててエルガノフを追いかける。

 アタシも急いでついて行くと、エルガノフは近くにあった雑貨屋の前で立ち止まっていた。


「かっ、かわいい!!」


「エ、エルガノフ!?」


 えっと、アタシはなにを見ているのかな?

 エルガノフは店頭に並べられていた貝殻の首飾りを手に取って、目をキラキラさせてる。


 前に医務室で見た光景が蘇る。

 彼、意外と少女趣味ってことなの?


 でも、試練の洞窟で『魔神器』を見つけた時は「カッコいい」って言って浮かれてたし、なにがエルガノフの琴線に触れるのかよく分からない。


 ただ、エルガノフがこういった嗜好を隠したがってる事だけは痛いほど分かる。

 分かるから、できればあまり触れたくないんだけど……。


「わあっ!可愛いアクセサリーがいっぱいあるじゃない。いいなぁ」


「ええっ、ベロニカも!?」


 あーもう、触れたくないって言ってるのにっ!

 鎧を着た巨漢と見目麗しい美女が雑貨を見てはしゃいでいるという、不可思議な光景ができあがっちゃった。

 どうすんのよコレ!


「ソウマ。なんかマズくないか。だいぶ目立ってるよな?」


 ゼランが辺りを見回して、アタシに耳打ちする。

 店員はもちろん通行人からの視線まで集まっていた。


「し、仕方ないなぁ……」


 とにかくなんとかして、この場を収めないと!


 パッと思いついたのは、アタシの外見を活かした解決法。

 ちょっと恥ずかしいけど、今はそんなこと言ってらんない!

 アタシは、2人の元に駆け寄って大きく息を吸い込んだ。

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