第8話 ソウマの内心
《ソウマ視点》
ふぅ。アタシの顔、おかしくないよね。
ローブから手鏡を取り出して自分の顔をもう一度よく見る。
うん、準備は完璧。
アタシは今、魔王城の会議室の前にいた。
これから四天王全員が集まる作戦会議が始まる。
マジ緊張するんだけど。
こんなことになってるのには、もちろん理由がある。
大学二回生の秋。
ハタチになったことに浮かれてサークルの飲み会で調子に乗りすぎたアタシは、酔った勢いで交通事故に遭って死んじゃったらしい。
そして、起きたらビックリ。
なんか知らんけど、アタシのお気に入りゲームにソックリの世界に転生してたっぽい。
しかも、四天王のソウマってキャラの姿になってて、ますますビックリ!
グロファンの中でも好きなキャラの1人だから、正直テンション上がったよね。
だけど四天王ってことは勇者にやられちゃうわけで。
また死ぬのは御免だから、勇者をさっさとやっつけようとしたのはいいんだけど。
横着しようと部下に任せたからか、どうやら倒せなかったみたい。
それで勇者退治の会議にこれから参加しなきゃって感じ。
ところが、ここでメンドーなことが1つ。
アタシが転生者だってことは、他の四天王には絶対秘密なんだ。
もしバレたらどうなるのか、想像つかないもんね。
ひょっとしたら、勇者に殺されるより惨い扱いを受けるかも。
ただでさえドキドキしてるのに、命がかかった演技もしなきゃいけないとか。
不安過ぎて心臓が飛び出そう。
深呼吸して、とりあえずリラックス。よし。
覚悟を決めて扉に近づくと、中から声が聞こえてきた。
「ねぇ、まだなの?もう待ちくたびれちゃったわよ」
女性の声ってことは、ベロニカだよね。ヤバ。
早速推しと対面だなんてドキドキする!
「そう腐るなって。まだ開始時間には早いんだしよ」
え?この口調、もしかしなくてもゼランだよね。
ウソ。
ベロニカとゼランが会話してる!
も、もしかして2人きりだったりする!?
いや。落ち着け、アタシ。
幾度となくカップリング妄想してる最推しキャラの2人。
ベロニカとゼランが会議に参加するのは分かり切ってたことじゃん。
それに、もう他の四天王が勢揃いしてるだけかもしれないし。
ベロニカとゼランが密室に2人きりでいるとか、高望みするもんじゃないって。
高鳴る胸を抑えて、アタシは会議室の中の気配を探ってみる。
魔力は2人分しか感じない。ってことは、この中にエルガノフはいない。
ならやっぱ、2人きりなんじゃん!
衝撃で意識が飛びそうになる。
2人がコンビを組んで勇者を倒しに行ったって聞いて、昇天しそうになったばかりなのに。
こんな夢みたいなシチュエーションに遭遇できるなんて、どんなご褒美!?
ベロニカとゼランは公式設定でめちゃめちゃ仲が悪い。
そんな2人の絡みは、原作でも供給少なすぎて超貴重なんだよね。
これは、じっくり鑑賞しなきゃダメなヤツでしょ。
アタシは擬態を解いて、スライム形態に変形。
扉の隙間から、慎重に中へと忍び込んだ。
実は、ソウマは変身能力を生かした潜入や工作が得意なキャラなんだよね。
魔力の漏出を抑えて気配を消せるから、四天王が相手でも気づかれずに近づけちゃう。
いやー、この身体便利すぎ。
ベロニカやゼラン本人じゃなくて、ソウマに転生できたことに感謝だよ。
アタシは2人の横をすり抜けて空いてる席の近くに陣取った。
椅子の影に隠れながらこっそり円卓の下から2人の様子を覗き込む。
聞き耳を立てていると、ベロニカが口を開いた。
「そんなこと言ったって暇なんだもの。自室にいたってやることないんだから、退屈もするわよ」
って、ナニコレ。
ベロニカがなんか子供みたいに駄々こねてるんだけど。
高飛車で高圧的な女王様みたいなキャラの、あのベロニカが。
しかも、そんな姿を不仲なはずのゼランに見せてる!
一体どういう状況なん!?
「あ!」
すると、ゼランが不意にベロニカから視線を外した。
えっ、まさかアタシがここにいるのバレちゃった?
と思ったら、なぜかゼランは壁の方を見つめ出した。
「え、なに?」
ベロニカは不審そうにゼランの顔を見てる。
「後ろ、後ろ」
すると、ゼランはさらに壁を指さした。
どうやらアタシに気づいたわけじゃないみたい。
でも、それならなにがしたいんかな?
ゼランの次の動きを見逃さないようにしっかり注目。
すると、彼は身を乗り出してベロニカの首筋を人差し指でつついた。
え?どういうこと?
「ひゃんっ!」
ベロニカは激カワな声を出して飛び上がると、そのままゼランに急接近。
顔を真っ赤にして、ゼランの胸倉を掴み上げた。
「ビ、ビックリしたぁ!なにするのよ、ゼランッ!!」
……待って待って。理解が追い付かない。
ベロニカは生まれ持った力に絶対の自信を持つ冷酷無比なドラゴン。
ゼランのことは雑魚としか見てなくて、いつも傲岸不遜な態度を崩さない。
それが、不意打ちに仰天したり、恥ずかしそうにしながら反撃なんて。
なにこのギャップ!?可愛すぎなんだが?あ、ヤバイ、鼻血出そう。
推しの新しい魅力を浴びてもうすでに限界なんですけど。
でも、まだゼランの行動の謎も気になる。
視線を2人に戻すと、ゼランが降参とばかりに両手を上げて口を開いた。
「悪い悪い。ちょっとしたドッキリだよ。少しは暇つぶしになっただろ?」
は?なにそのカップル同士みたいなセリフ。アタシを殺す気か?
ゼランは極寒の地で過酷な修行をして力をつけ、四天王の座を勝ち取った野心家。
常に下克上を狙ってて、特にベロニカには強いライバル心を燃やすキャラだ。
それが、あんな優し気な笑みを浮かべながらお茶目なイタズラを仕掛けるとか。
アタシの妄想内のゼランだってこんな甘々ないちゃつき方しないわよ!?
でもそれが逆にいいっ!
こんな一面があるなんて、ますます好きになっちゃうじゃん!
さて、これに対してベロニカはどうするの?
期待を込めてアタシは彼女に熱視線を送った。
「――っ!」
ベロニカはワナワナと腕を振るわせて、恥ずかしそうに顔を紅潮させる。
「次やったら、燃やすからっ!!」
そこからさらに、精一杯怒りの表情を作って威嚇するように声を荒げた。
……照れ隠しかわいすぎか?
しかも、このイタズラ自体は普通に許しちゃってるし。
2人の心の距離、近くなり過ぎでは?
ダメだ。この一連の絡み、良すぎでしょ。
「じゅるり……」
あっ。興奮してついよだれが。
スライム姿なのによだれとはどういうことって感じだけど。
とにかく、音が漏れ出てしまった。あぶないあぶない。
とりあえず、すぐに机の下に避難。
ゼランが音に気付いたみたい。2人でなにやら揉めてる。
「まさか、誰かいるのか?」
ゼランが本格的にアタシの存在に勘付きだした。
ちょっとマズいかな。このままじゃ見つかっちゃうかも。
ん?いや、でも待って?
そういえば、別に見つかってもいいのか。
ちゃんと理由を正直に話せば、それで問題ないよね。
これ以上不安にさせる前に、姿を現しちゃった方がいいかも?
アタシは円卓の周りをまわって、2人の方に近づく。
「そんなこと言って、また私をおどかす気でしょ!もうその手には乗らないんだからっ!」
すると、ベロニカが押し倒さんばかりの勢いでゼランに体を密着させた。
そのまま、顔と顔を突き合わせるようにしてゼランを睨みつけてる。
ひょえぇえ、近い近い!そのまま行ったらキスしちゃう距離だってそれ!
「うおっ、違うって!今度はホントになにか聞こえたんだよ」
ゼランは狼狽えながら、一気に体を引いた。
それでもにじり寄ろうとするベロニカを両の手のひらで制しながら、ベロニカの顔と身体を見て所在なさげにしてる。
その顔には明らかな照れが見えた。
ぐはっ!これ、ゼランはベロニカのこと意識しちゃってるじゃん。完全に!
なのに、ベロニカ自身は無自覚にゼランに迫ってて……。
どうしよう。妄想が広がる。
ゼランの気持ちに気づいた時、ベロニカは一体どんな反応を見せるのか……。
くっ、捗るっ!
「グフフッ……」
あまりの供給過多に舞い上がり過ぎて、今度は声が出てしまった。
あー、これはもう誤魔化せないよね。
観念して隠れずにいたら、ベロニカが後ずさりしてこっちに寄って来た。
「えっ?だ、誰っ?」
2人は部屋の中をキョロキョロ見回してる。
あ、ベロニカの影に入っちゃったせいで逆に見つけられないのか。
と、ベロニカの顔が急に真っ青になった。
「も、もしかして、お、おばけ……?」
え?まさかのおばけ嫌い!?
怖いものなしな強気キャラなのに、怖がり要素まで隠してたなんて。
お、恐ろしい子……。
ここで突然姿を見せたら、もっとビックリさせちゃうかも。
アタシは一旦さっきの席の近くまで戻り、距離を取ってから2人に呼び掛けた。
「あぁ、失礼。驚かせちゃったね」
その後、適当にソウマを演じながらワケを話したら案の定許してもらえた。
そこからは、なんとか普通に会話することもできた。
まあ、2人の意外過ぎる素顔を見ちゃったせいで、気持ちが昂るのを抑えるのが大変だったけどね。
特にベロニカがおばけを怖がってたことを誤魔化そうと強がり始めた時とか。
また声が出そうになったけど、ギリギリ理性で堪えた。よく我慢したな、アタシ。
そうして話している途中で、会議室の扉が開く音が室内に響いた。
姿を現したのは四天王最後の1人、エルガノフだ。
ここからは、4人での作戦会議が始まる。
今のところは上手く演技できてるはず。でも、油断は禁物。
ソウマはあまり他の四天王とは慣れ合わない個人主義者。
そのキャラ通り、できるだけ単独行動を貫かないと。
一緒にいる時も、不必要に他のメンツと関わらない方がいい。
でも、まさかベロニカとゼランがこんな関係だったなんて。
本音を言うと、2人の絡みをもっといっぱい観察したい。
でも、それはソウマのキャラじゃないからなぁ。
即アタシの正体がバレるだろうから、とにかく自重しなきゃ。
アタシは己の欲望と戦う決意を固めつつ、自分の席に腰かけた。
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