第7話 帰還と新情報

 勇者との激闘から3日後。

 無事に魔王城へと帰還した俺たちはそれぞれ治療班の処置を受けた。


 特に俺の方は胴体をバッサリやられたからな。

 少々回復に時間がかかってしまった。


 とはいえ、数日の休息を貰えたし、今はもう万全の状態にまで復活できた。


 そして、今日はなにをしているかと言うと……。


「ねぇ、まだなの?もう待ちくたびれちゃったわよ」


 ベロニカが頬杖をついたまま、眠たげな眼差しでこちらを見ている。


「そう腐るなって。まだ開始時間には早いんだしよ」


 俺とベロニカは今、魔王城の会議室にいる。

 俺たちは円卓の隣同士の席に腰かけて、他の四天王の到着を待っていた。

 そう。今日は勇者戦の報告を兼ねた作戦会議が控えているのだ。


「そんなこと言ったって暇なんだもの。自室にいたってやることないんだから、退屈もするわよ」


 ベロニカはリスの頬袋のようにプクッと頬を膨らませて不貞腐れている。


 ゲームの時の印象とはだいぶかけ離れた態度だ。

 まあ、この世界で共に勇者と戦い死線をくぐり抜けた分、心を開いてくれたということかもしれない。


 そんなことを考えながら子供のように文句を言う彼女を見ていると、ふと軽くいたずらを仕掛けてみたくなった。


「あ!」


 俺は彼女の後ろの壁に向けて、露骨に視線を動かして声を出した。


「え、なに?」


 不思議そうに首を傾げる彼女。俺はベロニカの背後を指差す。


「後ろ、後ろ」


 それにつられてベロニカは困惑しながらも、ゆっくりと振り返る。


 そこで俺は自分の席から身を乗り出し、冷気を纏わせた人差し指で彼女の首筋をつついてみた。


「ひゃんっ!」


 ベロニカは冷たさに驚いて素っ頓狂な声を上げ、飛び上がった。


「ビ、ビックリしたぁ!なにするのよ、ゼランッ!!」


 ベロニカはすごい勢いでこっちを向いて、俺の胸倉を掴んできた。

 俺は諸手を上げて無害であることをアピールし、彼女に種明かしする。


「悪い悪い。ちょっとしたドッキリだよ。少しは暇つぶしになっただろ?」

 

 俺の意図を理解したのか、彼女はそのまま暴力に訴えることはしなかった。

 しかし、ベロニカは行き場をなくした怒りに打ち震えている。

 まるで沸騰したやかんのように頭から湯気が立ち上る。


「――っ!次やったら、燃やすからっ!!」

 

 ちょっとからかい過ぎてしまっただろうか。

 マジで燃やされたら洒落にならないので、しっかり謝罪しておこう。

 とりあえずひたすら平謝りしていると、どこからか奇妙な音がした。


「じゅるり……」


 ん?なんだ?今の音。


「……ベロニカ、今なにか言ったか?」


「はぁ?なにも言ってないわよ!言いたいことは山ほどあるけどね!!」


 ベロニカはガクガクと俺の体を揺すって、いまだ怒りを主張している。

 ベロニカじゃないとしたら、さっきのはなんだったんだ?


 湿っぽさのある舌なめずりのような音。

 正確な発生源は分からなかった。

 それでもこの部屋の中からしたのは間違いない。


「まさか、誰かいるのか?」


 俺はそう呟きながら会議室の中を見回す。

 入って来た時、室内は確かに無人だった。

 当然俺たち以外に誰もいない。


「そんなこと言って、また私をおどかす気でしょ!もうその手には乗らないんだからっ!」


 ベロニカは怒り心頭といった感じで、グイっと顔を近づけてきた。


「うおっ、違うって!今度はホントになにか聞こえたんだよ」


 ベロニカはむすっとした表情のまま、疑わし気に俺を見つめる。

 顔が近い。

 ついでに胸元の立派なものも近い。

 なんだかいたたまれない気持ちになっていると……。


「グフフッ……」


 まただ。今回はさっきよりハッキリと、笑い声が聞こえた。

 ベロニカもその声に気が付いたらしい。

 ビクッと身を縮こまらせて俺から離れた。


「えっ?だ、誰っ?」


 2人して室内に目を配る。

 だが、そこにはガランとした空間があるだけだ。

 すると、ベロニカの顔がみるみる青ざめていく。


「も、もしかして、お、おばけ……?」


 まるで内気な少女のような怖がりっぷり。これでは赤竜の貫禄も形無しだ。


 そんな彼女の言う通り、これはおばけの仕業なのだろうか?

 いや、さすがにこの世界で心霊現象というのも変な話である。


 原因を確かめるべく、俺が席を立とうとしたその時。


「あぁ、失礼。驚かせちゃったね」


 室内に子供の声が響いた。


「ひいぃっ!」


 ベロニカはすっかり怯え、頭を抱えて丸くなってしまった。

 声のした方を見ると、無人だった席の影に小柄な少年が立っていた。


 宝石類の装飾が施された黒いローブを羽織っており、深い紺色の髪をしている。

 眼の下には薄い隈があり、不健康そうな印象だが瞳は怪しげに爛々と光っていた。


 顔は幼いが、口元に浮かべている笑みはなんだか大人びて見える。

 そして、その顔に俺は見覚えがあった。


 そいつの名前を思い出して、俺は拍子抜けしてしまう。


「ソウマ、お前かよ!」


「ふふ、珍しい組み合わせだったからね。つい気になって観察してたんだ。ゴメンよ」


 『無限伯』ソウマ。

 

 四天王最後の1人。種族は鮮血ブラッディ粘塊スライム。一般的に雑魚扱いされるスライム種でありながら、四天王の一角をになう実力者だ。


 普段は少年の形を取っているが、変幻自在に姿を変える力を有する。

 性格面も捕らえどころがなく、基本なにを考えているか分からない。

 不気味な底知れなさを持ったキャラである。


「ちっ、趣味悪いことしやがって。まあ、見てただけなら別に困らないから構わねーけど」


 俺は申し訳程度にゼランの演技を再開する。

 こいつとは一応初対面だからあまり素は見せるべきじゃない。


 さっきのやり取りを見られてたならもう意味ないかもしれんが、一応な。


「あ、あら。ソウマだったの?ワ、ワタクシは全然驚いてないわよ!スライムのおままごとに付き合ってあげただけなんだから!」


 隠れていたのがソウマだと分かった途端、ベロニカはすばやく高飛車モードに入った。


 得体が知れないソウマとは違って、こっちはビックリするほど分かりやすいな。

 もう普段の態度が虚勢であることは疑いないと思ってよさそうだ。


 よく考えてみると、ゲームでは四天王同士のやり取りはかなり少なかった。

 四天王のキャラ自体、あまり深掘りされてないんだよな。


 現実として存在するこの世界なら、原作で描写のない裏の顔があったとしても、別に不思議ではないのかもしれない。


 それにしたって、キャラ崩壊しすぎだろとは思うが。


「そんなことより、ソウマはなぜ前の会議を欠席したの?アナタがいたら勇者を倒せてたかもしれないのよ。納得できる理由を聞かせて欲しいものだわ!」


 2人がかりで負けた事を棚に上げるのはいいのか。

 と突っ込みたくなったが、確かにソウマの欠席理由は気になるところだった。


 この世界と原作との違いについて知見を深めるのは大事だ。

 ゲームプレイ時の知識がどの程度役に立つかの指標になるだろうからな。


「たぶん、納得できないんじゃないかな。キミたちが勇者と戦った時点で、ボクの計画は失敗したことになるからね」


 随分回りくどい言い方だ。計画とはなんのことだろう。

 俺は改めてソウマに問いかけた。


「どういうことだ?」


「手下に勇者を襲わせたんだよ。でも結局、勇者は死ななかった。会議を欠席してまで手を回したのも全部無駄骨だったってことさ」


 ソウマは自嘲気味に口の端を歪めた。


「勇者を襲わせた?ひょっとして、俺たちが勇者と戦う前にか」


「ああ、タイミング的にはそうなるかな。みな強くて優秀な部下たちだったんだけど、まさか碌に装備も整ってないはずの勇者が彼らを倒してしまうなんてね……」


 ソウマは飄々とした態度を崩そうとしないが、部下が返り討ちに会った事実に対しては本当に驚いているように見えた。


 そして、俺はと言うと出し抜けに合点がいって、目が覚める思いだった。

 勇者と戦った時から漠然と感じていた疑問の答えを得たのだ。


「なるほどな。あの勇者、やけに強いと思ったらそういうことか」


 最弱四天王とは言え、ゼランの肉体にただの通常攻撃で瀕死級の深手を負わせるパワー。そして、格上のはずのベロニカが追い詰められるほどの機動力。


 俺たちが戦ったアスレイは、ゲームで雪山に来た時点の勇者ではあり得ない戦闘力を持っていた。


 ソウマが送り込んだ刺客を倒すことで、ゲームで言うところのレベルアップを果たしていたのだろう。


 勇者が原作以上の速度で力をつけているなら、もうなりふり構っていられない。

 この世界の勇者を倒すのは生半可な戦力では無理だ。

 なんとか四天王全員で挑む方向に持っていかなければ。


 そう思った時、会議室の扉がゆっくりと開いた。

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