第6話 激戦の果てに

《ゼラン視点》


 「こっちだ!アスレイっ!」


 あえて声を張り上げて、俺はアスレイに向かい突進する。

 目線だけこちらに寄こしたアスレイの頭上から右拳を振り下ろす。


「『氷結剛拳撃フローズンインパクト』!」


 さっきより威力は落ちているが、牽制には十分だ。

 難なくかわされたが、貫通力の高い拳が大地を砕き、周辺の地面が隆起する。

 衝撃の余波を避けたアスレイは大きく後退した。


 よし。汗を拭ってベロニカの方へと振り向く。

 すると、なぜか彼女の顔が目の前に迫っていた。


「ゼ、ゼランっ!ふぐぅっ、もうダメかと思ったよぉ……」


 ベロニカは今にも泣き出しそうなほどに顔をくしゃくしゃにして俺に縋りついてきた。

 え、どうしたんだ?っていうか、痛てぇっ!!


「おい、くっつくなって!傷が痛むだろうがっ!」


 思わず大声を出してしまう。

 ベロニカはハッとして、俺の体から手を離した。


 「あっ、ゴ、ゴメン。そういえば、傷!動いて大丈夫なの?」


 ベロニカはオロオロしながらも、俺の体を心配してくれている。

 俺は胸の切傷を見せてその問いに答える。

 傷口を冷気で凍らせ、出血は一時的に止めることができたのだ。


 「一応止血したから動けはするが、この状態で奴と戦うのは無理だ。逃げるぞ!」


 そう。もう勝敗は火を見るよりも明らかだった。

 いくらなんでも、この勇者強すぎる。

 ベロニカが苦戦している今、このまま粘っても待っているのは全滅だけだ。


 「『治癒魔法ヒーリング』!」


 後ろから追い付いて来ていたメイジーがアスレイの傷を癒し始めた。

 いよいよもってマズイ。

 2人がかりでやっと与えたダメージまで回復されては、もう勝ち目はない。


 「逃げるって、あんなに速い勇者を振り切るなんてできるの?」


 ベロニカは不安げな表情を浮かべて尋ねてきた。なんだか彼女らしくないな。

 というか、ツッコミどころはそれだけじゃない。


 「いや。お前、赤竜なんだから飛べるだろ」

 

 この雪山は天候が変わりやすい。

 吹雪くと視界が悪くなり、空を飛んで移動できないからここには徒歩で来た。だが、今はちょうど雪もあまり降っていない。

 少し飛んで離脱するくらいはできるはずだ。


 ベロニカは一瞬キョトンとしていたが、俺の言葉の意味を理解したのかすぐさま顔を真っ赤にした。


 「ア、アハハ!ちょっと苦戦したせいでうっかり忘れていたわ!ま、待ってなさい。今変身するから!」


 忘れてたって、うっかりにもほどがあるだろ……。

 さっきの戦いもベロニカの動きは明らかに精彩を欠いていたし、ここのところ妙な言動が目立つ気がする。寒さがよほどこたえたのだろうか?


 それはともかく、ベロニカが変身するまでなんとか時間を稼がなければ。


 俺はアスレイの方に向き直る。

 メイジーの治癒魔法の光が収まり、アスレイは左肩を回して体の感覚を確かめていた。ここが正念場だ。

 

「いくわよ。はあああぁあっ!!」


 ベロニカの身体から紅蓮のオーラが立ち上り、眩く輝きだす。


「させんっ!」


 それを見て、こちらの意図を察したか。

 アスレイは眼を見張る速度でベロニカ目掛けて駆け出した


 今の身体ではあいつと近接戦闘でやり合うのは厳しい。

 必殺技を連発するのは傷に堪えるが、足止めするにはこれしかない。


「『氷結剛拳撃フローズンインパクト衝波氷嵐クラッシュブリザード』!」


 右腕を引き絞ったところで身体が軋み、傷口が開きかけるのを感じる。


「ぐっ、このぉ!食らいやがれっ!!」


 俺は地面をなめるように氷の鉄拳を繰り出す。そのまま降り積もった雪をすくい上げるようにして拳を振り抜いた。


 回転する拳が巻き込んだ積雪が渦を為し、嵐のような衝撃波が発生。


 「むっ!」


 こちらへと一直線に突っ込んできたアスレイに向かって猛然と吹雪が押し寄せる。


「くっ、時間稼ぎとは小賢しいな」


 殺傷力はほとんどないが、吹きすさぶ風雪が視界を遮り、バランスを崩させる。

 アスレイはたまらず足を止めた。

 しかし、それと同時に眩暈が襲ってくる。


「うっ……」


 体から力が抜け、思わず膝をつく。

 胸の傷を見やると、血がじわりと染み出てきていた。

 これではさすがにもう同じ手は使えない。

 

 ベロニカの変身はまだか?

 そう思った時、背後から激しい咆哮が響いて来た。


 振り返るとそこにあったのは、巨大な影。

 深紅の鱗に覆われたドラゴンが大きな翼を広げていた。


 「ゼラン、準備オッケーよ。はやく掴まって!」


 赤竜の口から聞き覚えのある声が発せられる。

 ベロニカは俺よりも何倍も大きい左前脚をこちらへそっと差し出した。


 俺は言われるがまま、傷口を押さえながらベロニカの元へと駆け寄る。


「正体を現したか。だとしても、討ち滅ぼすだけだ」


 その時ちょうど突風が止み、視界が晴れてしまった。

 チラリと振り返ると、アスレイは姿勢を低くし剣を水平に構えていた。


 次の瞬間、雪原に衝撃が走り、アスレイが疾駆する。

 凄まじい速度で彼我の距離が詰まる。


「げっ、なんつー速さだよ!」


 俺は飛び込むようにしてベロニカの脚にしがみついた。


「よし!いいぞ、ベロニカ!」


 言うが早いか、ベロニカはバサリと両翼を羽ばたかせ離陸を試みる。

 しかし、今まさに地上を離れようとしているベロニカに向かってアスレイが飛翔した。


「『旋転突せんてんとつ』」


 逆巻く疾風を纏った鋭い一突きがベロニカの喉元に迫る。


「ひっ!」


 ベロニカは右前脚を盾にしながら急いで飛び立つ。


 急上昇により狙いを外され、アスレイの渾身の一撃はベロニカの前脚に直撃した。その突きは赤竜の頑丈な鱗を貫き、肉にまで食い込んだ。


「いやぁ!痛いっ!」


 痛みに耐えかねてベロニカはがむしゃらに脚をブンブンと振り回す。


 その遠心力でベロニカの脚から剣が抜けた。

 剣にぶら下がる形になっていたアスレイはそのまま振り落とされ、地面に向かって落ちていく。


 しかし、空中で難なく態勢を立て直したアスレイはしっかりと着地し、今度は右手をこちらに向けた。


「逃げられると思うな」


 アスレイの掌に魔力が収束していく。


「『雷撃魔弾サンダーボルト』」


 雷光が迸り、生成されたエネルギーが球体となって放出される。


「ひいぃっ!まだ攻撃してくるのぉ!?」


 ベロニカは情けない声を上げて宝石のような竜の瞳を潤ませながら、急旋回。

 撃ち出された雷撃をヒラリと回避する。


 2発、3発と続けて狙い撃たれるも、徐々に地上との距離が開いて攻撃が届かなくなっていく。


 アスレイの姿が豆粒みたいに小さくなったところで、ようやく追撃の手が止まった。俺は安堵の溜息をつく。


「ふぅ、ようやく諦めたか。ベロニカ、助かったよ。お前がいなかったらやられてたところだ」


「ハアハア……、そ、そう?だったら……、もっと感謝してもいいのよ!あんなおっかない奴から助けてあげたんだからっ!」


 ベロニカは息を切らせて必死そうに飛行していたが、俺の言葉に気づくと威張る様に厳つい下顎をそらした。

 頑張って強がっているようだが、若干声が震えている。


 ふと、洞窟の中で見た弱々しい彼女の姿が蘇った。

 普段の態度もそうだが、もしかして威厳を保つためにわざと高飛車な物言いをしているのか?

 だとしたら、なんだか微笑ましいな。


「はいはい、ありがとな」


 とりあえず、感謝の意は伝えておこう。


「っと、それよりいったん下に降りたほうがいい。吹雪いてきそうだ」


 見ると辺り一面に暗雲が垂れ込めてきている。雪も数刻ごとに勢いを増し始めた。このままでは、すぐに視界が閉ざされてしまう。


 アスレイたちがいた神殿のある雪原からは崖を隔ててそこそこ距離を取れた。

 ここまでくれば地上に降りても、さすがに追い付いては来れないだろう。


「えぇ……?もうこのまま飛んで帰りたいのにぃ」


 ベロニカはぶつくさ文句を言いながら、ゆっくりと着陸態勢に入った。

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