第9話 勇者討伐会議

《ゼラン視点》


「ふむ。みな揃っているな」


 扉を片手で押し開いて会議室に入って来たのはエルガノフだった。

 鎧の金属音を響かせて、エルガノフが奥の席に移動する。


 俺たち3人は一様に黙って自分の席に着き、エルガノフの言葉を待つ。


「では。会議を始める。まずは報告からだ」


 そう言って、エルガノフは俺とベロニカの方を見やった。


 俺はベロニカの顔をチラリと伺う。

 彼女も同じことを考えていたようで、横目でこちらを見ている。


 まあ、自信家であるベロニカの口からは負けたとは言いにくいよな。

 なんとなく、彼女が喋りたがっていないことを察して俺から報告することにした。


「あー、結果から言うとだな。俺たち2人では、勇者には勝てなかった」


 エルガノフはこちらを向いて、さらに追及するように言葉を続ける。


「敗北の理由を聞こう」


 そう、問題はここからだ。

 俺はまず自分が感じたことをゼランっぽく言おうと試みる。


「勇者の強さが本物だったからだよ。認めたくねーけど、俺じゃ相手にならなかった」


 エルガノフは腕を組んだまま、口を開いた。


「ほう。相手にならなかった、か。まさかオマエがそこまで言うとはな」


 うっ。


 ベロニカに負けないくらい、ゼランも勝ち気なキャラだからな。

 敗北報告だけでいちいち突っ込まれるのは困ったものだ。


「俺のことをなんだと思ってんだ?さすがに、完敗してうだうだ言い訳するほど往生際は悪くねえよ」


 呆れたような演技をしつつ、ここは開き直って見せる。

 エルガノフは少し考えるように口元に手を当てた。


「……そうか。話を遮って悪かったな。続けてくれ」


 ふう。なんとか誤魔化せたか。

 この際だ。一応、ベロニカに対するフォローも入れておくか。


「それと、ベロニカが寒さのせいで弱っちまったのも良くなかった。俺がやられてタイマンになったら、さすがにベロニカでも危ないと思った。だから、致命傷を貰う前に退却することにしたのさ。あんたの指示通りな」


 俺の報告を聞いて、エルガノフはホッとしたように頷いた。


「なるほど。それは英断だったな」


 ん?負けて逃げ帰って来ただけなのに、なんか普通に褒められてないか?

 最初の会議の時の違和感がふと蘇る。

 

 やはりエルガノフにしては、甘すぎるよな。

 なんか不思議と優しさが滲み出てる感じがするというか。


「では。勇者の戦力について、他に思う事があれば聞こう」


 いかんいかん。今は余計なことを考えてる場合じゃない。

 まだソウマが部下に勇者を襲わせた話を交えて、言いたいこともある。

 俺が引き続き話そうとしたところで、不意にベロニカが手を上げた。


「いいかしら」


 見ると思いのほか真剣な表情をしている。

 どうやら勇者の強さについては言いたいことがあるらしい。


「ベロニカか。構わない。言ってみるがいい」


 エルガノフの許可を得て、ベロニカが口を開いた。


「あの勇者、アスレイは危険よ。ワタクシが仮に全力を出せたとしても、勝てていたかどうかは分からないわ」


 意外だった。

 負けん気の強いベロニカが、自分と比較して敵の力を評価するとは。

 

「へえ、面白いことを言うね。それはつまり、勇者はキミよりも強かったということなのかな?」


 ソウマも驚いたのか、興味深そうに大きく目を見開く。

 ベロニカは一瞬慌てたように、目を泳がせた。

 やはり、自分のキャラに合わないことを言っている自覚はあるようだ。


「そ、そんなことはないわ!だけれど、ワタクシの身体に傷をつけるだけの力は持っていたの。スピードに関してはまあ、互角と言ってもいいかしら?要は、このワタクシが認めざるをえない実力だったということよ」


 できるだけ自分を下げずに勇者の強さを表現しようとしているのは伝わってきた。

 ベロニカもまた、勇者の力をかなり警戒しているらしい。

 俺と一緒にボコられてるわけだから、そうなるのは自然ではある。


 一方で彼女の性格的に、赤竜としてのプライドが邪魔しそうだとも思っていた。

 それだけに、こうして正直に話してくれるのはありがたい。


「そうだったか。すでにベロニカに匹敵する力を持っているとは。侮れんな」


 エルガノフもこれには危機意識を抱いているようだ。

 厳しい表情で居住まいを正している。


「ええ。勇者にこれ以上力をつけさせてはいけないわ。早く手を打つべきよ」


 よし。この流れに乗らない手はない。ここですかさず手を上げた。


 「俺もベロニカと同じ意見だ。それと、もう一つ伝えたいことがある」


 俺はそう前置きして、ソウマの話をかいつまんで説明した。


「ふむ。独断とは言え、それも一つの勇者を倒す手段だ。しかし、返り討ちに会うとは失策だったな。ソウマよ。勇者を倒しに行った部下とやらの強さはどの程度だったのだ?」


 その点は俺も気になっていた。

 ソウマは聞かれたことに淡々と答える。


「魔界に住むアンデッドたちだよ。少なくとも、人間界にいる魔物とは格が違う。勇者の不意を打つ分には十分な戦力だと思ってたんだけどね」


 魔界の魔物。それは俺の想定を遥かに超えていた。

 魔界と言えば、原作ではラスボス戦に向けて準備が整ってから足を踏み入れる場所だ。そんな終盤の魔物に最序盤の勇者が勝てるはずがない。


 だが、この世界の勇者は負けなかった。

 どういうことだ?


 理由は分からないが、なにかイレギュラーなことが起きている。

 それだけは確かだった。

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