第12話 レコンキスタ
レコンキスタ
「ふははッ! 私に勝とう、など十年早いわ!」
向日葵はそういって、ラケットをふる。バドミントンなどをすれば、運動お化けとも呼ばれる向日葵に敵うはずもない。大会などをしても、勝敗は明らかなので、年齢の近い者同士で試合をする。こういうとき、惣子先生はバランスをとるため、マロンと試合することが多くなった。
惣子先生も運動には自信のあるタイプだけれど、向日葵とやると、やや不利を自覚するからだ。
「教師としての自尊心を満たしたいの!」
といって、ボクに向日葵の相手をさせる。ただ最近、そのマロンでさえ惣子先生のライバルに浮上しつつあった。
それは向日葵ほどではないとはいえ、彼女も運動自慢であり、中学一年になり、実力を発揮し始めたのだ。
「よし!」
珍しく興奮した様子で、ガッツポーズをとる。どうやら、マロンが勝ったようだ。
「くぅ~! マロンにも敵わなくなってきたか……」
今日の惣子先生は、お酒を呑んだら荒れそうだ……。
ボクは体育の後、積極的に後片付けをしている。少しでも、みんなと一緒に着替える時間を短くしよう……と思っているからだ。
そんなボクをお手伝いしてくれることが多いのが、マロンである。バドミントンのネットを、体育館の倉庫にしまうときも、一緒についてきてくれる。
「惣子先生に勝ったね」
そう声をかけると、マロンは「先生、腕のふりが分かりやすいから……」と、冷静に分析してみせる。
驚異的なレベルの運動神経をほこる向日葵とちがって、マロンは足りない分をこうした知性で補うタイプだ。元々、落ち着いた性格であって、この村にいる子供では珍しい大人びた雰囲気をもっている。
ボクが段ボールに入ったネットを、いつもの棚にどさっと置くと、それに驚いたのか、壁に走り出てきた黒い塊があった。
「きゃ~~~~ッ‼」
そう、マロンは生き物が苦手。カエルもだけど、一番嫌うのが……虫。特に黒光りするアイツが……。
木之元家は最新の設備をととのえた一軒家で、虫の入り込む余地もないから、家でみかけることはほとんどない。だからこそ、逆にこういう場所でみつけると、大騒ぎとなる。
そして、その大騒ぎが悲劇を巻き起こした。ドアにぶつかった拍子に、閂の鍵がかかってしまい、閉じこめられてしまったのである。
黒光りGと、一緒の空間にいることすら恐怖なのに、まして閉じこめられ、ボクと二人きり……。
マロンはずっとボクにしがみつく。双子のメイプルとちがって、マロンは中学一年生だけれど、それほど胸はない。でもやっぱり、押し付けられるとそれなりに感じるもので……。
「もう出てこないよ」
黒光りするアイツだって、人がいると隠れるのだ。ただ、どこへ隠れたかも不明なので、不安がつのる。そうして動けなくなり、膠着状態がつづく。
マロンは携帯電話をもっているし、学校にも携帯するけれど、体育のときは勿論教室においている。この体育倉庫は校舎と反対側にあるので、声をだしたところでみんなにとどく見込みはない。
「多分、もどってこないと心配して、誰か見に来るだろうから、それを待とう」
マロンは小さく頷く。大暴れしたせいで疲れ切っているようだ。女の子と二人きりの密室で、正面から抱き合うのだから、しゃべっていないとおかしな気分になりそうで、ボクも彼女を落ち着かせるように、ぽんぽんと背中を叩きながら、迎えを待つしかない。
静かになったことで、黒光りするアイツの動き、音が聞こえてくる。
カサカサ……。
「きゃ~~~~ッ‼」
ふたたびマロンが、ぎゅっとボクにしがみついてきた。腰に回した手を力いっぱい引き絞る。…………サバ折りである。さらに足までからませたので、彼女のふとももがボクのアイツを刺激して……。
「大丈夫か⁉」
そのとき、閂のかかったドアが開く。みんながいつまでももどってこないことで、心配して身に来たのだ。
最初にとびこんできた向日葵が、そこで抱き合うボクらをみて、しかも悲鳴を上げた方が、相手を絞め殺そうとする姿をみて「何をしているの?」と不思議顔だ。
「マロンがGに怯えて、こうなった……。助けてくれ……」
みんなでマロンを落ち着かせ、とにかく体育倉庫からでられたことで、ホッと息をつくことができた。
「翼に頼ったところで心許ないだろ? そういうときは私に頼れ!」
向日葵はそういうが、藁をもすがる思いで抱き着いていたことを想うと、笑いごとでもない。
ただ、もう体育の後片付けを手伝ってくれそうもないな……と、ボクも諦めた。こんな嫌な体験をしたのだから……。
落ち着いたマロンが、ボクに近づいてきて「ごめんなさい……。ありがとう」
あれ? 何か顔が紅いけど……。もしかして、ボクの刺激された股間が、反応していたことに気づかれた⁉
パニックになっていたので、気づかないかと思っていたのに……。
どうやら彼女に、二つのトラウマを植え付けたらしく、ボクのGのレコンキスタを解消するのは時間もかかりそうだった。
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