第9話 カエルの唄
カエルの唄
「翼君、手伝って」
神乙女からそう言われた。これは男……というより、年長として頼られているのであって、理科室まで機材をとりに行く仕事だ。
この恩納学園では、小中が一緒のクラスで授業をうけるので、実験の頻度は低い。ただ小学校、中学校の間にうけておくべき実験が決まっており、それをみんな一緒にうけることになる。つまり中学生も、小学生も同じ実験をうける、ということになるのだ。
「今日の授業は、何を実験するの?」
ボクがそう訊ねると、神乙女は首をかしげつつ「分からないけど、理科室においてあるからって」
惣子先生が面倒がって、神乙女にお願いしたらしい。
この学校の校舎は木造の二階建て。でも教室を一つしかつかわないので、理科室や音楽室もある。
理科室は二階の奥。準備室みたいなものはなくて、実験でつかう機材は、そのまま教室の後ろにおいてある。
人体模型図や、解剖した動物なんかも置いてあって、ある意味で雰囲気のあるところだ。
テーブルに準備してあるそれをみて、神乙女は「きゃッ!」とボクの腕にしがみついてきた。その胸の感触に、思わず鼻の下を伸ばしそうになるけれど、それどころではない。
「今日の授業は、解剖か……」
そこには生きたカエルが、ケースに入っておかれていた……。
田舎なので、生き物が苦手という子供は少ない。でも神乙女、菫、マロンは特定の生き物を苦手とする。
「神乙女は卒倒した?」
惣子先生にそう訊ねられ、ボクも「悪い趣味ですよ。わざわざ神乙女にとりに行かせるなんて」
「愛のムチだよ。神乙女だって、いつまでも爬虫類、両生類が苦手じゃ、この村で暮らすのは大変だろ?」
その通りだけれど、絶対に惣子先生はおもしろがっている。
ボクは神乙女が、両生類系嫌いになったときを知っているので、笑ってもいられなかった。
それはまだ奎や菫、津紅実を連れていくのをはばかるぐらいの歳、つまりボクたちもやっと小学校高学年になったときだ。
「洞窟探検に行こう!」と、昴がいいだした。
洞窟といっても、それは農家が川から田んぼの水をひく用水路で、土手をくぐる水路である。
ちょうど苗を植えてからしばらく経ち、田んぼを干すタイミングで、水門を締めることで、水の流れがなくなり、人が通れるようになるトンネルだ。
わざわざそんなタイミングで水路にもぐるのは、流れが止まったことで水たまりができ、そこに魚などがいるからだ。
子供たちだけで魚をたくさんとり、それを食べようというのである。
やっと小学四年生になったばかりの神乙女は、苦手ではあったけれど、そこまで嫌いではなかった。
でも、さすがに暗い洞窟に入って、探索をするほどの胆力はもち合わせていない。昴、向日葵、ボクと一緒についてきたのは、自分だけ参加しないことを躊躇ったからだろう。
三人は懐中電灯と、網をもって水たまりがあれば、網ですくって魚をさがす。神乙女だけは懐中電灯をもって、みんなの後ろから照らす役だ。
「お、ナマズじゃん!」
向日葵がそういって網に入った魚を、バケツに入れる。
「ナマズって食べられるの?」
ボクが訊ねると、昴が「食べられるさ。汚い川にいると、泥臭くて難しいらしいけれど……」
「鮎とか、ヤマメとか、ウナギがいるとラッキーだね」
向日葵もノリノリだ。小さいころから、ボクたちは川で釣りをしたり、銛で突いたり、色々と魚をゲットしようとしてきたけれど、これが一番、大量に魚をゲットできる方法だ。
出口はなく、水門がとじられているところまで行って、入り口にもどってくるのだけれど、往復して初めてホッと息をつく。神乙女も何ごともなく帰ってこられて安堵していたのだけれど、向日葵が「こんなのがいた」と放り投げたものが、立ち止まった神乙女にまっすぐ向かっていった。
「神乙女!」と声をかけたときにはもう遅い。ふり返った神乙女は顔面でうけとめ、ひっくり返って気を失ってしまった……。
神乙女は、解剖をする間、ずっとボクの背中にしがみつく。体格的に、後ろに隠れることができるのは、向日葵とボクしかいない。ボクも魚を捌いたりもするので、解剖はお手のものだけれど、嬉々として解剖する向日葵に任せておくことにする。
それより、背中に感じる二つの膨らみがやばい……。神乙女としては、少しでも間を開けたらカエルが見えるので、ボクにくっつこうとする。でも、そこには厳然と距離を開けようとはね返す二つの膨らみがあるのであって、それでも距離を詰めようとするので、自ずと力も強くなるわけで……
さらに右腕には菫が、左腕にはマロンがしがみつく。カエルは三人にとって、共通の苦手だ。
そう、ボクはそこにいるカエルと同じ……。
「ふとももに電気を通すと、筋肉が動くのよ」
ぴくぴくと、カエルの筋肉は動くけれど、ボクは電気も通さず、むしろ自家発電してぴくぴくと反応するものがあった。
だって、こんな刺激をうけたら……。
今、ボクを解剖したら、女の子に苦手意識を植え付けてしまいそうだった。
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