第8話 英パイ話

     英パイ話


 英語の授業――。

 ここでは小中が一緒で、同じ授業をうけるのだけれど、基本は問題集を解くだけ。でも英語だけは特別で、みんなで同じことを学ぶ。

 つまり英会話は、誰もが同じように参加して授業するのだ。それは小中関係なく、日常の英会話を学ぶから。難しい単語なんて必要ない。英語で会話できることを目指した授業だ。

 そして、そこは惣子先生ではなく木之元家の母親、リネアが授業をする。

 リネアは十九歳でこの国を旅行し、気に入ってしばらく滞在していたところ、木之元家の父親と出会って恋に落ち、そのまま結婚した。

 美しい女性なのはメイプル、マロン、ポロニアをみるまでもない。ネイティブは英語でないけれど、欧州系の5つの言語をつかいこなすそうで、その中には当然、英語もふくまれる。

 そんな能力的なこと以外に、リネアがみんなをひれ伏させ、この人には敵わないと思わせるもの――。それは巨乳だ。

 細身なのに、ブラウスがはち切れそう……。一応、教師なのでラフな私服でなく、かしこまっているから余計に……


 授業は日本語禁止。それは日本語で考えることも禁止、という意味だ。

「頭の中で一々訳そうとするから、会話が遅れるのよ。フライデイは『金曜日』じゃなく、土曜日の前の一日、とすぐにぱっとイメージしないと、会話が成り立たないんだから」

 メイプルがそう説明してくれる。いつもボクに勉強を教わる立場だけれど、英会話だけはマウントがとれる。

 木之元家では、子供が母親と話すときは英語、父親と話すときは日本語。夫婦の会話は、基本は日本語だけれど、夫婦喧嘩をするとき、リネアは英語と母国語が入り混じるそうで、母親の母国語も学んでいるはずの子供たちでさえ、理解不能となるそうだ。

 激すると怖い母親だけれど、ふだんはとても優しい。

「ママ!」

 授業が終わると、メイプルがその胸に飛びこんでいった。

 でも、その衝撃でぎりぎり頑張っていた胸のところのボタンが、耐えきれずに弾けとび、下着ごと二つの膨らみが飛びだしてきた。

「日本の服って頑丈だけど、私に合うサイズがなくて……」

 そういってリネアは笑う。隠そうともしないのは、どうせ子供しかいないのと、ボクの存在が希薄だから……。

「マロンは行かなくていいの?」

 母親と距離をおくマロンにそう声をかけると、彼女は「もう子供じゃないから」と応えた。

 うちのお風呂に入って少しはしゃいでいたけれど、どちらかといえば彼女はクール系だ。ブラウスのボタンがはじけ飛び、胸が露わなのに動じない、そんな母親の血を継ぐようだ。


 ポロニアも母親にとびこんでいくタイプではない。

 木之元家では、数分早く生まれたぐらいで、姉となってしまったメイプルは、ふだんからしっかりしよう、という意識が強い分、母親には甘えるところがあり、そんなメイプルと、妹のポロニアにはさまれ、状況をより冷静にみるようになったのが、中間子のマロンである。

 その一方、一人でこの国を旅行し、滞在を決め、結婚までしてしまった変人の部分を受け継ぐのが、ポロニアといってよい。

 ただ、その大きな胸を引き継ぐのはメイプルだけで、末恐ろしい……否、胸怖ろしい限りだ。

 そして、遺伝子はちがえど、リネアと対抗できる唯一のものをもつ神乙女が、ボクに近づいてきた。

「やっぱり英会話って難しいね……」

 ボクは英会話が苦手だけれど、神乙女もどちらかといえば、劣等生だ。

「お姉さんが教えてあげようか?」

 そういってマウントをとってくるのが、向日葵である。勉強は苦手なのに、英会話は得意なのだ。


 そしてもう一人、英会話が苦手で、そっと教室を抜けだしていた人がいる。

「あぁ、終わりましたか? ……って、何て恰好をしているんですか⁈」

 それは惣子先生――。英語を耳にしないよう、教室からいなくなっていたのだが、もどってみれば、リネアが胸を丸出しにしているのでおどろいている。

「大丈夫ですよ、惣子先生」

「男の子もいるんですから……」

「大丈夫よ。ねぇ、翼君」

 そういうと、リネアはボクを招きよせ、その胸に書き抱くように、ぎゅ~っと胸を押しあててきた。

 木之元家が初めてこの村にきたとき、移住組である天空家と、草薙家が色々とお手伝いをしようと集まった。ボクはまだ七歳の子供だったので、手伝いというより、子供がいると聞いて、興味本位で一目見ようとついていったに過ぎない。

 そこで、リネアが何を思ったのか? ボクのことをたいそう気に入り、抱きあげて頬ずりするぐらいの愛情を示したのだ。

 まだ小さかった身体は、リネアの大きな胸にはさまれ、固定され、ボクはにげだせなくなった。

 今ならその状態を表現する言葉を知っている。そう、〝パイ摺り〟だ。

 勿論、それを気持ちいいと思ったり、下半身が反応したりはしなかったけれど、大人の女性を強く意識させ、大人の女性≠女の子 の公式をボクに定着させた。それは当時のボクにとってある意味、衝撃を与えたのである。

 そのときから、ボクは英会話が苦手となった。今では好きになりたいのに……。

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