第6話 風呂上りは突然に

     風呂上りは突然に


 向日葵とて、本気で神乙女をお風呂に誘ったわけではないし、ボクとだって一緒に入る、とは思っていないだろう。

 むしろ神乙女が名前にあるる通りに乙女な反応をするから、それをからかっているだけ……と考えている。

「もう! 勉強がすすまない!」

 ただそんな状況を厭い、メイプルが向日葵にむかって怒る。このメンバーの中で、しっかり者と評価されるのが彼女だ。

 まだ中学一年だけど、向日葵やボクにだってきちんと意見をいえる。

「向日葵ちゃんは、そんなお風呂に入りたかったら、早く入ってきて!」

 メイプルにそういわれ、向日葵も横をむいて舌をだす。年上だけれど、口喧嘩では敵わないと知っているから、反論を諦めてすねてみせたのだ。

 メイプルが仕切ってくれたので、勉強をする組はボクを中心として、ダイニングでまとまった。

 神乙女ももどってきて勉強に加わる。ここでは自主的に勉強を頑張ろうと思わないと、都市部にいる同年代の子供たちより遅れてしまう。そんな危機感をもつのかどうかで違いがある。神乙女、メイプルがそうで、奎や菫は何となくこちらに加わり、津紅実も神乙女に随う形でこっちだ。

 向日葵とマロン、それにポロニアは勉強をする気もなく、お風呂に向かった。


 しばらく大人しく勉強をしていたら、マロンがダイニングに飛びこんできた。

「凄い、凄い! メイプルもお風呂に入ってみろよ!」

 木之元家がボクの家で、これまでお風呂に入ることはなかったので、旅館のようなお風呂に感動したらしい。

「もう……、マロンってば……って、何て恰好をしているの⁉」

 メイプルが目を丸くしたのも当然だ。だって、マロンはボクのTシャツ一枚で脱衣所からとびだしてきたのだから。といって、体のサイズがボクより小さいため、ロング丈である

 お人形さんのように可愛らしい、ハーフの女の子が男もののTシャツ一枚で、髪も濡れたままのお風呂上り……。そんな色気も、口を尖らす様は子供っぽい。

「向日葵が、これを着ておけって……」

 学校帰りに制服で来たので、そのまま制服を着る……ということを厭い、向日葵が勝手に貸したのだ。でも、ぎりぎり下着が隠れるぐらいで、そこから生足がすっと伸びる様は、どうにも目のやり場に困る。

 向日葵はボクと背格好が似ており、ボクの服をよく勝手に着ている。そこで、まるでお前のものはオレのもの、オレのものもオレのもの、というガキ大将的発想で、ボクの服をほいほい貸してしまう。

 奎が無言で立ち上がると、いきなりマロンのTシャツの裾をつかんで「えい!」ともち上げた。

 すると、マロンの下着が丸見えになった。

 といっても、上はスポーツブラで体育の後もみているし、下は見せショーツだ。それでも、マロンもびっくりして「きゃ~ッ‼」と長い悲鳴を上げ、脱衣所にもどっていった。


「奎……、いきなりTシャツをめくるって……」

 ボクが諫めると、奎はぷりぷりと懲りつつ「お兄ぃのシャツ!」

 どうやらお兄ちゃん子の奎は、ボクのTシャツをマロンが着ることを、良しとしなかったようだ。

 そのとき、ふと外をみると、向日葵と一緒にお風呂に行ったはずのポロニアが、そこで屈んでいるのに気づく。

 ポロニアもボクのTシャツを着ており、お風呂上りみたいだけれど、何をしているのか? ボクも外にでた。

「何をしているの?」

 ポロニアはじっとすわって、何かをみつめている。

「蜘蛛。私が手をだすと動く」

 コガネグモが、ポロニアの手が近づくと激しく巣を揺らすので、それがおもしろいらしい。

 女の子は苦手なはずの蜘蛛をじっと見つめ、観察できる。田舎暮らしでは大切だけれど、ポロニアは感性が独特というか、変わっていて、マイペースだ。ボクのTシャツはだぶだぶで、それで屈むので、首元や下から下着が丸見えだけれど、気にする風もない。

「湯冷めするから、家の中にもどろうか?」

 ボクがそういうと、素直にうなずく。彼女の手をひいて玄関へと向かった。


 ポロニアと家に入ろうとしたとき、軽自動車が敷地に入ってきた。

「兄に、ただいま!」

 車から飛び降りてきた、末っ子の張がボクに飛びついてくる。保育園まで迎えに行った母親が、帰ってきたのだ。

「あら、ポロニアちゃんも来ているのね」

「今日は子供たちがそろっているよ」

「あらあら。おやつを準備しないと……」

 母親はそういうと、すぐ家に入ってしまう。ボクはポロニアと、張の手をひいて家へと入る。

 母親がホットケーキを焼き始めたので、勉強どころでなくなり、みんなで食べることになった。

 三人がボクのTシャツのまま、ダイニングに集まっている。

 姉の昴と、鳥山家の末娘、伊洲香がいないけれど、十人がいて男がボク一人。

 これがボクたちの日常。ボクの家に集まってきて、みんな好き勝手なことをするけれど、その中で男がボク一人――。

 でもその近さ、親密さが逆に、ボクが男であることをみとめてもらえない、そんな事情ともなっている。ラッキースケベではなく、エッチなことが日常茶飯事で起こるのも、そういう事情だった。

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