第5話 バス・メモリー

     バス・メモリー


 天空家のお風呂は二段式というばかりでなく、子供なら四、五人が一緒に入ってもまったく狭さを感じさせない。

 シャワーなんて備えていないけれど、洗い場も二人並んでつかえ、釜からお湯を汲んでかけ流す。子供たちがみんな一緒にお風呂に入るのは、大きい子が小さい子の入浴のお手伝いをする、そんなルールがあるからで、五右衛門風呂は小さい子供にとって温度調整が難しく、大きい子が代わってそれをするのも決まりだ。

 その日、向日葵と、それに鳥山家の神乙女と津紅実もいた……というより泊まりに来ていた。

 それは鳥山家の末っ子、まだ小さい伊洲香の具合が悪くなり、病院に行くので子供たちを預かったのだ。

 鳥山家には祖父母もいるので、家でお留守番でもよかったが、偶には……となったのである。

 当時、ボクはまだ子供だったし、単純に幼馴染がお泊りする、ぐらいにしか考えていなかった。

 子供たちだけで、うちにお泊りすることはよくあったけれど、鳥山家は久しぶりのお泊り会――。

 ただ神乙女は少し憂鬱そうで、それはお世話になるのが申し訳ない? ボクはそう単純に思っていた。

 

「お風呂に入ろうぜ!」

 向日葵の一声で、子供たちは脱衣所へと走りだす。ちょっと鈍いところもある菫が最後尾……と思ったら、神乙女が最後だった。しかも憂いをふくんだ表情で……。

「大丈夫?」

 ボクが声をかけると、無理してつくったような笑顔で、神乙女も「うん……、大丈夫」と応じる。

 脱衣所に入ると、もう気の早いメンバーはお風呂場へと入ったので、かなり空いていた。

「さ、先に入っていて」

 神乙女がそういって、中々服を脱ごうとしない。ボクは不思議に思いながら、言われた通りにした。

 小学六年生の昴を筆頭に、向日葵、ボク、菫、奎、津紅実がいて、お風呂場はにぎやかだ。昴は津紅実の、向日葵は菫の体を洗ってあげている。

 かけ湯をして、湯船につかったボクに、奎がにじり寄ってきた。

「奎は、お兄ぃが洗って♥」

 奎は昔からお兄ちゃん子で、ボクに甘えてくることが多い。

 今も、そのまますわるとお湯に顔が沈んでしまうので、ボクの足の上にすわり、背中をもたれかけてきて、鼻歌まじりでくつろいでいる。

 後から入ってきた神乙女は、タオルで前を隠し、さらにボクに背中をみせながら、広い湯船へとつかった。

 いくら広いといったって、離れていては話しづらいし、背中をむけられるとさらにそうだ。

「どうしたの? おかしいよ、今日」


 ボクはそのとき、いつもの神乙女でないことに、少々イラだちを覚えていたのかもしれない。声が鋭くなった。

「う、うん……」

 赤い顔で、ちらっと振り返るものの、やっぱり背中を向けたまま。

 そのとき、菫の体を洗う手伝いを終えて、湯船に入ってきた向日葵が、神乙女の肩をつかんで「おりゃ!」と、強引に振り向かせた。

 そこでボクは知った。小学二年生のとき、一緒にお風呂に入って以来、久しぶりにみた神乙女の、その身体が変化していることに……。

 昴も、向日葵も年上だけれど、女性としての発育は遅い方だ。むしろ二人とも少しぐらい胸がふくらんでいても、運動や力の強さもあって、それを胸筋と思ったかもしれない。

 でも、神乙女のそれはちがった。体の中からお椀がとびでてきたような、きれいな丸みを帯びて、先端のピンク色のそれが軽く揺れてみせる。

 ボクはそのときまで女性と女の子はちがう、女性≠女の子だった。

 それは大人の女性のそれをみても、女の子が成長してそうなる……といことを頭では理解しても、心のどこかでそれを否定していた。

 でも、神乙女の胸についているそれは、もう大人といってもよいレベルで、思わず目が釘付けとなり、自然と目に焼き付けていた。


 神乙女はすぐに手で隠し、お湯に身体をしずめたけれど、ボクの目に、脳裏にそれは焼き付いた。

 そう、それはボクが初めて女の子を、女性と感じた瞬間でもあったのだ。

「お兄ぃ、お尻に何か当たっているよ」

 奎にそういわれ、ボクも慌てたけれど、神乙女をしばらくみれなくなった。

 それが、小学四年生のときの話――。

 幸いというか、昴も向日葵も、それからも女性らしいというにはほど遠い、発育の遅さであり、ボクが彼女たちとお風呂に入っても、女性を感じることはなかった。

 でも、昴は中学一年生で、ボクと一緒にお風呂に入るのを止めたし、向日葵もそれに倣ったのか、中学になってお風呂に入らなくなった。

 逆にいえば、小学六年生までは向日葵はうちで、みんなで一緒にお風呂に入っていた。ボクも中学生になってやめようと思ったが、偶に末っ子の張はお風呂に入れてあげている。

 ただ、神乙女にとって小学四年生のときの、その思い出はトラウマレベルだったのかもしれない。

 だって同い年の男とお風呂に入って、胸をみられたのだ。

 神乙女は「みんなでお風呂に入ろう」と向日葵にいわれ、真っ赤な顔をしてトイレにかけこんでしまったのだった。


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