#07 ハーレムな世界に行きたい転生希望者
§ § § §
とある現実世界と虚実の世界のはざまで、二人のこの世のならざる存在がいた。
一人はだらしない格好をしたサラリーマンのような男性、一人は若い事務員の姿をしている女性のように見えた。
二人は手元にある書類を見ながら次々と部屋に入ってくる迷える魂を様々な異世界へと送り届けていた。
新人プランナーは片手を額に添えて困った表情をしていた。
「ハーレムのある世界に行きたい……と言う事ですが……」
「はい! そりゃもう! 美しい女性に囲まれながらちやほやされて生きたいんです!」
「……先輩、どうすれば……」
新人プランナーの困惑した表情を見て、だらしない格好をした先輩プランナーは手慣れた感じで資料を見ながら質問をする。
「あーっと、それはなんだ、この世界でいうと一夫多妻制的なモノ……じゃないよな?」
「はい、違います! リストアップされていた転生先を見たら産業革命前の中世ヨーロッパ的な世界があるじゃないですか!? 折角知識チートできる状態なので、産業を生み出してそのお金でかわいい子たちと楽しく暮らしたいんです!」
新人プランナーと先輩プランナーはH助の頭の中の妄想が見えていたので、ただみだらな行為をしたいだけと見抜いていた。
(先輩……どうしましょう? その、性欲が強いだけのタイプに見えるんですが……)
(ああ……魂になっても……素人童貞ってやつ? だな……困ったな……最近多いが……カルマもそこまで高くない平均的な人間か……よし、あの手を使おう)
先輩プランナーは机に両肘を立てて口の前に手を組み、前のめりになる。
「H助さん。ハーレムのある世界はどうしても文明が低い傾向にあるんだよね。だからあなたが言う「知識チート」を使っても簡単にお金が設けられない。たとえるなら……江戸時代に行って、ネットが使えない場合を考えてくれ。あなたの現在持っている知識だけで金儲けをする感じだ。それだけの知識があなたの頭の中にあるかい?」
「……え? 江戸時代くらいですか……そうか、ネットが無いと厳しいですよね……野菜を食べてもらって脚気を治せるくらいですね……うーん。あ、それならスキルモリモリでチートさせてもらえればいいんですよ。ほら流行のラノベの展開みたいな」
「……そう来たか……」
新人プランナーがH助の言葉を理解しきれずにしばらく固まって、しばらくすると調べ物を始める。
「らのべ展開……らのべ展開っと……あった、これですね……なるほど……少々お待ちを……」
先輩プランナーは腕を後ろに頭の後ろに組んでどうするか迷っていた。
「……空想小説系だよな……俺も男だったから理解はできるが……」
「……出来ない感じですか?」
「スキルアシストの世界で……一夫多妻制……無くは無いんだが……」
新人プランナーが検索結果を表示して険しい顔をする。
「人類モジュールではないですね……何方かというと猿とか、半獣人ならあるんですが……」
「えっ!! 知識引継ぎで猿とか獣人でやっていけるんですか??」
「無理だな。生活環境が違いすぎて大体は魂が壊れかける。魂の洗浄が必要だ」
「魂の洗浄をしない場合は、我々はなるべく近い文明レベルか、近い種族への転生をお勧めしています」
「無理ですかぁ……そうですか……」
(納得してくれた様だな)
(良かったです……)
「あ! それなら一夫多妻制の世界で! そこなら頑張り次第ではハーレム作れますよね!?」
「え?!」
「なっ!?」
それからはH助の目は真剣そのものになった。新人プランナーが頑張って条件や世界環境などを詳しく設定し、ようやく彼が納得する転生先を見つける事が出来た。
「……スキルアシスト無し、中世、魔術あり……戦国時代的な乱れた世情ですが……大丈夫ですか?」
「はい! これだったら知識チートで魔術を極めればハーレムが作れそうです!」
「一応念のためですが……出来るならば現代的な一夫一婦制の普通の世界をお勧めするのですが……」
「それはもう嫌です。頑張った分モテる世界に行きたいんです!!」
「……なるほど……わかる」
「先輩……理解しないでください……」
新人プランナーはH助が選んだ世界の状況を見て一つ変わった点を発見して忠告を促す。
「一応確認ですが、あなたの選択した世界は、「一夫多妻」制を容認していますが、「一婦多夫」制もあり、現代の価値観とはかなり違う世界です。行く前に魂の洗浄をお勧めしますが……」
「大丈夫です。要するに実力勝負の世界なんでしょう? その方が自分、やる気が出るんで!」
「……わかりました」
「まぁ……男ならやってみたいよな……」
「先輩……」
新人プランナーはもう一度次の世界のダイジェストをH助に見せた後に同意を得る。
H助の目の前の空中に最終確認ウィンドウが表示される。
「では、そちらの合意ボタンをおしてください。新たな人生が良い旅になりますように」
「はい。ワクワクしますね……行ってきます」
H助は空中に浮いたボタンをためらわずに押すと、一瞬にしてその場から消えていった。
§ § § §
新人プランナーは次の魂の情報を整理しながら先輩プランナーに疑問を投げかける。
「……一婦多夫制……あまり聞いたことのないシステムですが、経験があるのですか?」
「無いな」
「……何で勧めたんです?」
「面白そうだからに決まってるだろ?」
「……はぁ……」
「あんだけ魂に性欲をため込んでるんだ。それだけでどれだけやれるか見てみたいじゃないか? 最近ああいう魂が増えてきたし」
「想像の世界の物語と現実が入り混じった人たちですね、どうなるんでしょうか」
「性欲がモチベーションとなり英雄となるか……見物じゃないか?」
「そうなると良いんですけど……」
新人プランナーは興味本位でH助をウォッチリストに入れておいた。
§ § § §
H助は4歳になると前世の記憶を取り戻した。
彼の家庭環境から、この大家族がまさに「ハーレム」な状態なのを理解する。
強くて魅力的で絶対的な存在の父親、それと美しく魅力的な母親達。H助はその中の母親達の一人の子供だった。
(すごい、本当にこんな世界が……皆楽しそうだな)
H助の前で繰り広げられる日常生活から日本でいう「幸せな武士の大家族」の様だと思っていた。
いがみ合うことなく、家族全員で仕事や家事などを行っているのを見て、上手に共同生活を送っている感じだった。
(家族と言うより共同体なんだなぁ……サークル活動みたいだ)
H助は家庭環境を把握すると、早速、前世の知識から魔術の鍛錬を行っていく。それと十人もいる兄弟達に課されている武術の訓練に加わって修練を重ねていた。
H助は大人の思考で訓練をしていたので他の兄弟よりも頭二つも飛び抜けて成長を続けていた。
ある日、父親から目覚ましい上達ぶりを認めてH助に声をかけてくる。
「H助、お前凄いな。このままなら国の衛士にも魔術師にでも……あるいは上級探索者にもなれそうだ」
「はい! 父上! 父上の様に嫁さんをたくさんもらって幸せな家族を築きたいと思います!」
「おう、頑張れよ! 将来が楽しみだ!」
父親は嬉しそうにH助の頭をなでる。母親達も優しい目で彼を見つめていた。
10歳にもなるとこの世界の事を理解し始めると同時に、この世界の特殊性に気が付く。
(10歳になると男子は家から出され……独身男性だけの共同生活を送るのか……まるで兵役みたいだな。みんな当たり前みたいに考えてるし……)
H助は母親達とまるで今生の別れの様に泣かれて家を送り出される。まるで出兵する人間を送り出す様な異様な雰囲気だった。
彼の調べたこの世界の知識では、番を見つけ、家庭を持つまでは実家に帰ることは許されない世界だった。H助と同時期に家を共に出た兄に思わずこの世界の人間の感覚を聞いてみる。
「なぁ、兄さん。俺たちこの家にもう一度戻れるんだよな?」
「ん~お前は戻れるかもなぁ、優秀だから。俺は戻れる気がしないよ」
「なんでだ? 兄さんも父上から褒められていたじゃないか?」
「俺はおそらく兵士どまりだろうなぁ……魔術の才能もそこまでないし。お前は良いよなぁ……魔術も武術の才能もあるし……あと文官にもなれるって母上が言ってたな……」
H助は兄の言葉に良い気になり、俄然やる気を出していた。独身男子が集まる寮でも鍛錬を忘れずに「訓練バカ」と言われるほどになっていた。
12歳でこの国の「学校」に入る。そこには久々に見る「女性」がいた。学業をするのが目的だったが、男女ともに積極的に交流し、どう見ても結婚相手を見つける場も兼ねているようだった。
H助は女性に見向きもせずに「訓練」をし続ける。そんな彼を見て兄が心配そうに声をかける。
「おい、H助、訓練ばかりじゃなくて……たまには女性と話したらどうだ?」
「え、あ、いや、自分……もっと強くなりたいので……」
「ぶっちぎりで成績トップじゃないか……学校で相手を見つけておかないと世に出た時に大変になるぞ? あ、S嬢、どうした? え? ああ、H助、ちょうどよかった、お前と話したいって子が……」
「じ、自分勉強があるので!!!」」
H助は持っていた剣や荷物を手早くまとめて、地面を見ながら急ぎ足でその場を去っていく。
S嬢は戸惑った表情をしながら兄を見る。
「ねぇ……H助さんって……もしかして男色なの?」
「いや……自分も俺たちの親みたいな幸せなハーレム築くんだ! って言ってたんだけどな……おっかしぃんだよなぁ……」
「……うーん。まぁ、いっか。ねぇ、これからご飯食べに行かない?」
「……いいねぇ……行こうか」
H助は鍛錬に鍛錬を重ね、14歳になるとこの世界では珍しい魔術戦士となる
この時には「孤高の魔術戦士」と呼ばれ、「学校」内外で人気があったが女性を寄せ付けないと評判になっていたため、女性から声をかけられる事は無くなっていた。
H助は勉強の合間に窓から何気なく外を眺める。そこには女性を複数連れだっている兄達を見つけ、思わずため息がでてしまう。
「はぁ……何でうまく行かないんだろ……まぁ、社会出てから頑張ればいいか……金と地位だ……それでなんとかなる……」
H助は女性に見向きもせずに勉学に励み「学校」を主席で卒業し、王国の衛士となる。
ここでもH助は裏ではモテていたのだが、女性が話そうとすると逃げ出す様を見ていた同僚達からは「男色の魔術戦士」「タマなし英雄」等呼ばれるようになっていた。
それでも衛士の中でも順調に実力で出世をし、若くして一つの部隊をまとめる程になっていた。
H助はある任務を終えて街に戻り、へとへとになりながら自分が住む独身者用の住居へと向かう。その道中で懐かしい兄の姿を見かける。彼の周りには4人の女性が楽しそうに買い物をしていた。何人かは「学校」で見覚えのある女性だった。
「お、おお! H助! 久々だな! 凄い評判じゃないか!」
「ああ、久しぶり……結婚してたんだな」
「ああ、もちろんだ。学校の時の付き合いのままうまく行ってな……ここだけの話、俺よりみんな優秀なんだ……皆結構いいところで働いてるんだ」
「え?」
「俺の兵士長としての稼ぎだけじゃ子供たちは養えないからな……」
兄は優しそうな目で彼の妻たちを見た後、H助に近づき、彼だけに聞こえる様に話し出す。
「そういや、お前……どうなってんだ? 母上達も早く会いたいから家庭持てって言ってたぞ? 手紙もしっかりと返せよ……返事あまりくれないって悲しそうだったぞ?」
「ああ……そうだな」
「それで、なんだ……良い相手はみつかったのか?」
「……えっと……」
H助が困ったような顔をしていると、彼に気が付いた兄の妻たちが彼を取り囲んでくる。
「あれ? 誰? かっこいい人ね!」
「H助さんじゃないの? 「孤高の王国魔術戦士」の?」
「そ、そ、それじゃ!!」
H助は女性たちに恥ずかしさを感じ、慌てて兄達から足早に遠ざかっていく。
H助は帰り道に絶望をしていた。
(……わかってるさ……前世から女性と話そうとすると恥ずかしくなりすぎてどうしようもないんだよ……)
H助は帰りにふらりと酒場に入り、会えない母親達、家族や兄の嫁達の事などを思い出しながら一人で深酒をし始める。
酔いがかなり回ったところで、気が付くと隣の席に勇ましい感じの女性が座っていた。彼女は気さくな感じで「日本語」で話しかけてくる。
「なぁ、アンタもしかして……転生者かい?」
「え? あ、あ……夢でも見てるのか?」
「あ、やっぱり、独り言をブツブツと日本語で言ってるからさぁ……って「孤高の王国魔術戦士」のH助が……まさか転生者だったなんてね」
よく見ると「学校」で見覚えのある快活な女性だった。H助には、彼女は付き合っている男性がいたような記憶があったが……
「……あ、ああ……そうだ……君も記憶を……」
「もちろん。折角……この倫理観が違う世界に来たんだからさ……」
「そうだな……違いすぎて訳が分からなくなるな」
H助は酔いのおかげでその女性と、前世の接待飲み屋以来の女性の会話を楽しんでいた。
日本語でしゃべるのが久々すぎて気が緩んだのかそこからの記憶が曖昧になり、最後には無くなっていた。
彼が気が付くと、酒場に併設された部屋のベッドの上で寝ていた。気持ちが悪くなったので急いで洗面所へと向かう。盛大に吐いていると、トイレから先ほどの女性が全裸で出てくる。
「う、うお!!??」
「おはよう、あ、これのんでおきなよ。二日酔い留め。こっちの世界の薬はよく効くよねぇ」
H助は手元の薬じゃなく女性の裸を凝視した後、薬を受け取り視線を思わずそらし地面へとむける。
「あ、ありがとう……」
女性はH助の裸の下半身を見てニヤリとする。
「……朝から元気だね、チェックアウトまで時間あるし、またやっとく?」
「な、なにを……」
「なにをって……覚えてないのかい? 男女が同じ部屋に入ればやることはひとつだろ?」
H助は彼女と、乱れたベッドと脱ぎ散らかした服を見て理解をする。
「……責任はとる……」
「ああ、そうしてもらうさ。っていいのかい? あんたならより取り見取りだろうに……え、ちょ、ちょっとまってがっつくな!」
H助はそれから興奮のたけりを気さくな女性にぶつけた。
H助は至福の時を迎えていた。女性との会話も恥ずかしくて苦だったはずだが、彼女とは普通に会話ができていた。彼は事を終えると満足げに部屋を出て一階の酒場に行く。
そこのテーブルには3人の男性と3人の幼児と赤子が座り、女性とH助を呆然と見ていた。
「あ、紹介するね、私の旦那達。みんな「転生者」だよ」
「「孤高の王国魔術戦士」じゃないか!」
「転生者だったのか!?」
「B子……また増やすのか!?」
「増やす気は無かったけど、お前たちの稼ぎじゃ子供たちをしっかりと養えないじゃないか。さ、自己紹介しな」
それから三人の旦那は順に自己紹介をたどたどしくしていく。確かに稼ぎが悪い職についているようだった。自己紹介を聞きながら呆然としていたH助は、しばらくの間をおいてやっと現実的な思考を取り戻していく。
「……どう言う事だ?」
「どういう事って、折角、好きに結婚できる世界なんだから楽しまなくちゃ……って思ってたんだけど、ハーレムなんてまっぴらでね。良い男と沢山付き合いたかったんだよね。んでもさぁ……こいつら優しくてかっこいいんだけど……あいにく稼ぎが悪くてね……すまないけどアンタが大黒柱になって」
B子は目の前で手のひらを合わせてすがるような、悪戯っ子の目をしてH助を上目遣いで見る。
「必ず一人以上はあんたの子を生むからさぁ、いいだろ? もしかしたらもう当たってるかもしれないし?」
「な……」
B子は自分の腹をさすり、照れたふりをしていた。話を聞いていた旦那達は目をそらし各々が恥ずかしがったり、天を仰いでいた。
「すんません……甲斐性なくて」
「耳に痛いよ……」
「俺は子供の面倒見てるからいいだろ?!」
「それいったら俺ちゃんと家事やってるし!」
「一人増えたらバイト増やせるだろっ?」
「ちがいない!」
「うわー--ん!!」
「でけぇ声出すなよ! 子供がびっくりするじゃないか!?」
「ごめん!!」
「ママ! パパが増えるの!!?」
「騎士様!!!」
「そう言う事でよろしくな!」
「……あ、ああ……」
H助は仲の良さそうな三人の旦那と楽しそうにしている子供たちを見た後、興味深そうに妖艶な笑みでH助を見ているB子をみる。
H助は次に生まれ変わる時は魂の洗浄を行う事を誓った。
§ § § §
新人プランナーはウオッチリストを見て不思議に思っていた。隣で一緒に動画を見ていた先輩プランナーに思わず聞いてしまう。
「かなりモテていたように見えたんですが……女性恐怖症だったのでしょうか?」
「只の恥ずかしがり……プライド高かったんだろうなぁ……ま、本人が相手の恋心に気が付かなかったり、積極的じゃなかったら……折角の努力も意味なかったなぁ。彼の兄の様に自分から声をかければ変わっていたように見えたけどねぇ」
「そうですねぇ……ちょっとした異性に対する勇気を持ち合わせてなかったんですね」
「まぁ、いいんじゃねぇか? あの後はなんだかんだで子だくさんで家族との縁も復活したみいだしな」
「最初の希望とは違いますが、まぁ貢献はしてくれた……と」
「貢献ポイントも高いって報告きてるし、俺らとしては大成功だな」
「……たまには面白がって転生先を選んであげた方がいいのでしょうか?」
「まぁ、たまに大当たりで新規路線を開拓することになるからなぁ、まぁ、ほどほどにやろうぜ」
「わかりました」
「って、報告書には書かないでくれ!」
「……わかりました」
新人プランナーは報告書に今の会話を記述するのをやめた。
彼女は魂の経歴を見て、明らかに女性に奥手な人間には「ハーレム」的な一夫多妻制の世界を紹介しないことにし、奥手な男性には性別転換と女性が強い社会を勧めることにした。
§ § § §
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